里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

7. 金碗八郎、忠節を守って自害する

前:6. 呪いの言葉とともに、玉梓死す

金碗(かなまり)八郎(はちろう)、忠節を守って自害する

さて、里見軍が定包(さだかね)の城攻めをしている最中、留守番中の東条のほうはどうなっていたかにも触れましょう。

鈍平(どんぺい)妻立(つまたて)玉梓(たまつさ)が処刑された翌日、蜑崎(あまさき)十郎(じゅうろう)輝武(てるたけ)という男が杉倉の使いとしてやってきて、義実(よしさね)に報告しました。その手には、驚いたことに、麻呂(まろ)小五郎(こごろう)信時(のぶとき)首級(くび)をもっています。

まず、義実たちに兵糧(ひょうろう)が届けられなかったのは、安西と麻呂に陸海の通路をふさいで邪魔されたからなのでした。定包(さだかね)の密使がそそのかしたのですね。

杉倉がどうしようもなくて困っていると、今度は、思いがけず、安西景連(かげつら)が単独でこっそり話を持ちかけてきました。安西は、協力して今から麻呂を倒さないか、といいます。

安西「麻呂に無理やりつきあわされてこんなことをしているが、実はしたくない。あいつは力はあるが頭が悪い。この際、挟み撃ちにして一気に倒しちゃおうぜ。その後、力をあわせて定包(さだかね)も倒しに行けばいい」

最初は杉倉もウサン臭い話だと思ったのですが、何度も使いがくるのでついに説得され、ある五月雨(さみだれ)の夜に麻呂の陣を奇襲しました。

麻呂の兵は混乱して逃げ回ります。やがて麻呂は、杉倉と一対一の戦いに追い込まれます。騎上での槍と長刀(なぎなた)の勝負は、長刀をもった杉倉の技量が上。麻呂は負けてクビをとられました。…ここらへんまでが蜑崎(あまさき)のレポートです。

義実「なるほど手柄だった。しかし安西が何したのか、話に出てこないね」

蜑崎(あまさき)「そのとおり、この晩の戦いでは、安西たちは一本の矢も放つことはなかったのです」

義実「((おうぎ)(ひざ)ポン!)やっぱりな。安西は定包(さだかね)が負けると読んでいた。もしそうなれば、我々と安西&麻呂の対立という構図ができあがり、自分たちは不利になると考えたんだ。安西は麻呂を、力があるだけのアホだと思っていたフシがある。これは予想だけど、安西は麻呂のいた平館(ひらたて)の城をとりに行ったんじゃないかな」

杉倉からの続報を伝えるもうひとりの使いが来て、義実の予想を裏付ける報告をしました。城主不在の平館(ひらたて)はあっけなく乗っ取られ、麻呂がおさめていた朝夷(あさひな)エリアはいまや安西のものということです。

金碗(かなまり)・堀内「まんまと出し抜かれた。こっちは大変な骨折り損だ。ちょっと許せないですよ、安西も攻めましょう」

義実「いや、これはこれでもうヨシとしよう。確かに安西はずるいやつだが、定包ほどの悪人じゃない。(いくさ)は民に迷惑をかけるから、よほどのとき以外はしないのだ。当面は安西とは和睦し、もし向こうが攻めてくるようなら反撃する、くらいの方針でいこう」

こういうわけで、義実が神余(じんよ)定包(さだかね)の領地であった長狭(ながさ)平郡(へぐり)、安西が朝夷(あさひな)安房(あわ)を押さえる形ができあがりました。

やがて、夏になりました。ある日、安西からの使いで、蕪戸(かぶと)訥平(とっぺい)という男が贈り物をもって訪ねてきました。

安西の手紙「キミがこうやってビッグになることは、最初に会ったときから私にはわかっていたよ。いろいろ厳しいことも言ったけど、あれはキミをハッスルさせるための演技だったのだ。安房の国を二分して治めるもの同士、今後も仲良くやっていこうね」

堀内・金碗(かなまり)「うわあ、白々しい。鯉の件でだまして殺そうとしたのも『演技』かよ。使者なんか追い返しましょうよ」

義実「でも、形の上では確かに友好のあいさつだよ。断るのは不義になるよ」

ということで、こちらからも手紙と贈り物を返し、友好が成立。国全体に、平和で(のど)かな日々が戻ってきました…


ある星空の夜。義実は、杉倉、堀内、金碗(かなまり)だけを茶会にさそい、みなの今までの功績をつぶさに数えあげて、あらためて深く感謝を示しました。そして、杉倉と堀内にはそれぞれ五千貫の領地を、金碗(かなまり)には長狭(ながさ)の郡を半分あたえ、東条の城主とすることを伝えました。

金碗(かなまり)はこのオファーを丁寧に断ります。「私は主君の敵討ちがしたかっただけで、カネも名誉もいらないのです。もうすっかり満足なのです」

義実「どうしても受け取ってもらいたいのだ。たのむ」

金碗「わかりました。ここまで言われて受け取らないのでは、恩知らずとなってしまう。しかしこれを受け取るのは故主である神余(じんよ)さまへの不忠でもある。この板ばさみを解決する方法は… これです!」

金碗(かなまり)はおもむろに刀を取り出すと、自分の腹に突き立てました。あっと驚く三人。

義実「いかん、この深手(ふかで)では助からない。金碗(かなまり)、言いたいことがあるのだな。はやく言い残せ」

金碗(かなまり)(きっ)と見上げて息をつき、「神余(じんよ)さまが死んだと聞いたとき、すぐにこの腹を切るべきだったのです。生きのびたのは、どうしても敵討ちがしたかっただけ。それを遂げて恩賞をもらうのでは、主君の死が自分の幸いとなったことになります。朴平(ぼくへい)無垢三(むくぞう)のおこした事件も、知らなかったこととはいえ、あれらに武芸を教えたのは私。責任をとる必要があるのです。この楽しいひとときを(けが)してしまい、どうぞお許しを」

義実「お前はそこまでの忠臣だったのか。それを見抜けなかったこの私は一生の間違いをした。ゆるせ。最期にどうしても会わせたいものがいる、まだ死ぬな、死なないでくれ。を連れてこい」

合図をうけて、ひとりの老人が飛び込んできました。

一作(いっさく)老人「金碗(かなまり)さま、この子をみよ。あなたの子ですぞ。あなたと濃萩(こはぎ)の子です。ようやく会わせたこの日に、なんで切腹してしまいなさる」

金碗(かなまり)「…一作か!」

杉倉「この前この老人が子をつれてウチを訪ね、金碗(かなまり)様の(やしき)はどこか、と聞くのだ。よく聞くと、金碗(かなまり)の隠し子だという。これはめでたいと思い、今夜、サプライズ対面させるつもりだったのだ。それが、とんでもないことになってしまった」

金碗(かなまり)「…その昔、神余(じんよ)様のもとを去ったとき、しばらくお世話になった百姓がこの一作(いっさく)です。これも、もとは父の家来だった男。娘の濃萩(こはぎ)とはつい恋仲になり、あまつさえ身重にしてしまった。千度悔いたがしかたがない。濃萩(こはぎ)には子をおろすよう言いのこし、わたしは五年にわたる放浪の旅に出たのです。ここに帰ってきてからも、あれからどうなったかと、ずっと気にかかっていた。すまなかった」

一作「わたしどもは、娘がわが主金碗(かなまり)様のお子を宿したことを心からよろこんだのでございます。ですのにあなた様は放浪の旅に出てしまわれた。やがて男の子が産まれましたが、濃萩(こはぎ)は物思いに弱っており、産後ほどなく死んでしまいました。やがて妻も死に、私とこの子だけの暮らしとなりました。このころの苦労は言い尽くせませんが、赤子はすこやかに育ちました。」
一作「さきの(いくさ)であなた様の武名は、隠れなく聞こえてきました。平和になるのを待ってから、やっと勇気を出してここまで来ましたのに、なんという宿命でしょう。さあ子どもよ、父の顔をよくおぼえておけ」

子供「おとうさま!」

金碗(かなまり)八郎孝吉(たかよし)はすこしだけ唇を動かしましたが、声にはなりませんでした。

義実「この子の名はまだないようだな。父はわたしをよく(たす)けてくれた。この子を、金碗(かなまり)大輔(だいすけ)孝徳(たかのり)と名づけて、父がうけた恩賞をすべてこの子に引き継がせる。一作よ、ここにとどまって大輔(だいすけ)の後見をしてくれ。八郎、これが私からの冥土へのみやげだ、聞こえたか」

金碗(かなまり)「…介錯をたのみますッ」

義実は金碗(かなまり)の介錯をしました。金碗(かなまり)の命が尽きたその瞬間、女のかたちをした影があらわれ、大輔のそばまでくると、フッとかき消えました。真夜中を告げる漏刻(とけい)の音が響きました。


次:8. 伏姫誕生、八房登場、スケベ安西
top