里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

10. 金碗大輔、姫の苦難を知って助けに向かう

前:9. 八房の手柄と、それが要求した見返り

金碗(かなまり)大輔(だいすけ)、姫の苦難を知って助けに向かう

娘の伏姫(ふせひめ)が犬の八房(やつふさ)の嫁になって家を出ていくと知って、五十子(いさらこ)夫人は大ショックです。

五十子「おねがいだから考えなおして。こんな話ってないでしょう」
伏姫「親不孝でごめんなさい。でもこれは宿命だからしかたないの。この数珠(じゅず)… これにも予兆が出ていたのよ」

数珠は、伏姫が幼いころ、謎の老人(たぶん役行者(えんのぎょうじゃ))にもらったものです。これを手に入れて以来、伏姫は感情がおちつき、口もきけるようになったという宝物です。中の玉に「仁義礼智、忠信孝悌」という文字が浮き出ているのが特徴でした。

伏姫「八房が安西をやっつけたころから、『仁義礼智、忠信孝悌』って浮き出ていたところが、違う文字に変わっていたの。きっとこれから何かが起こるんだと思ったわ。本当はすごく怖くて、できればそれが何かなのかわかる前に、いっそ死んでしまいたかったくらい。」
伏姫「でも、思いなおしたの。何が起こるのかをはっきり知って、そしてその上ではっきり勘当(かんどう)をいただいて、親に迷惑がかからないようにしてからじゃないと死ねないと思ったの」

五十子「…文字が、どう変わっていたの」

伏姫「見て」

 『 (にょ) () (ちく) (しょう)   (はつ) () (だい) (しん) 』

伏姫「畜生に導かれて、菩提の道に入りなさい、ってことだと思う」

義実「五十子、あきらめてくれ…」

伏姫は、その日の夜のうちに出発することにしました。生きて帰ってこようとは考えていませんので、持ち物は最小限、白い小袖(ローブ)と数珠と文房具、あとは法華経を一部だけです。

伏姫「それではさようなら。私は八房についていきます。決して、だれも追ってこないでください」

母も侍女たちも、気が遠くなるほど泣きました。家を出ると、縁側に八房がじっと待っていました。

伏姫「私はあなたにどこまでもついていきます。行きましょう。ですが、最初に一つだけ言っておきます。わたしはあなたに体を許すのではありません。『作者が描写に困るようなこと』をしようとしたら、私はこの懐剣であなたを殺し、私も自殺しますよ」
八房「オォーン(…いいッス)」

さて、伏姫は「誰もついてくるな」と言いましたが、どうしても放ってはおけず、義実はこっそり臣下の蜑岬十郎輝武(あまさきじゅうろうてるたけ)を尾行につけました。(義実が定包(さだかね)の城攻めをしていたときに、東条の戦況を報告したやつですね。)八房は伏姫を背中に乗せてものすごいスピードで走りましたが、輝武(てるたけ)も必死で馬を走らせ、なんとかついていきました。

やがて八房たちは、富山(とやま)という、安房でいちばん険しい山の中に入りました。(こけ)むした岩の断崖を軽々と登っていくのを、輝武(てるたけ)と数人の部下も死にものぐるいで追います。最後に八房は、谷川をおどり越えて霧の中に消えました。

輝武(てるたけ)は海育ちで、泳ぐのは得意です。この谷川も渡ろうとしましたが、流れが思ったよりずっと早く、足をとられてしまいます。そして近くの岩に頭をぶつけて死んでしまいました。

手下「泳ぎがうまいはずの輝武(てるたけ)様がこんな目にあうとは… これはあやかしの仕業だ」

こうして、残された手下たちは逃げ帰り、この旨を義実に報告しました。義実は輝武(てるたけ)の死をひどくいたみ、再び誰かをそこに派遣することはありませんでした。そのかわり、富山のふもとをすべて立ち入り禁止とし、入ったものは死罪とするむねを、厳しく領内に命令しました。


さて、場面をかえ、金碗(かなまり)大輔(だいすけ)の消息の話をしましょう。安西への使いに出たときに敵に襲われ、自分以外の味方をうしなって絶体絶命になった大輔ですが、なんとか逃げ延びて、義実のいる滝田の城まで帰り着くことができたのでした。ですがそのときは安西軍による包囲戦の最中で、とても城内に入り込むことはできません。何かの役にたたねばと、今度は東条の城にも行ってみたのですが、こちらは蕪戸(かぶと)訥平(とっぺい)による同様の包囲網が敷かれており、これを抜けて城内に入ることもできません。

大輔は焦ります。この包囲網をやぶるためにたった一人でヤケクソになって飛び込んでも結局は無駄死にすることになり、忠義を果たすうちには入りません。

大輔「そうだ、足方成氏(なりうじ)さまに助けを求めるというのはどうか」

こう思って鎌倉へ急ぎ、なんとか成氏(なりうじ)朝臣(あそん)に会おうとしましたが、自分の身分を証明できないのでは、結局どうしようもありませんでした。こういうのはふつう、里見義実(よしさね)の手紙くらいもらってから行くものです。

失意のうちに安房にもどってみると、(いくさ)は終わっていました。里見側の勝利で、安房全体に平和がもどっています。

大輔「結局何もできなかった… なんというマヌケさだ。今さら、どの面さげて城に戻れよう。腹を切るわけにもいかない」

大輔は悩み、「まあ、いつか名誉を挽回するチャンスもあるだろう。そのときまでは戻れない」ということで、自分の育ての親である一作老人の親族の村に身をよせることにしました。

それから一年ちかく。大輔は、伏姫が八房に連れられて富山に入ったというウワサを耳にします。また、伏姫の母親である五十子(いさらこ)夫人は心労で病気になってしまった、とも。

大輔「これがオレのチャンスだ。伏姫を救い出して城に帰るのだ。たとえ犬に何かバケモノがとりついているとしても、おれは倒してやる」

そうして、猟銃を手に入れると、富山にこっそり入り、奥地に乗り込んでいきました。山に入って五、六日は経ったでしょうか。霧の深い谷川のほとりに出ると、向こう岸にぼんやりと人の影がみえました。そして、女性が経を読む、とてもかすかな声が聞こえてきます…



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