里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

87. 悪いモンスターじゃないよ

前:86. 丶大法師のサブクエスト

■悪いモンスターじゃないよ

丶大(ちゅだい)法師は、知風(ちふう)道人(どうじん)という適当な偽名を名乗って、自分がかつて村のトラブルを解決した知雨(ちう)老師(ろうし)の関係者だと村長に信じさせることに成功しました。そして、供え物を盗む「泥棒」を一緒に退治することを約束させました。鉄砲が得意な村人ということで、種平(たねへい)嶋平(しまへい)が呼び出されました。

丶大(ちゅだい)「今晩が、定例の供え物の日なんだよね。種平(たねへい)くんと嶋平(しまへい)くんは、私と一緒に沼のほとりに隠れて、合図をしたら私が示す敵を撃ってくれ」

やがて深夜になりました。村人たちは供物に使う大量の(ぜに)と衣装を準備して、あらかじめ用意しておいた小舟に荷物を満載しました。長老がおごそかに祝詞(のりと)を読み上げ、やがてゆっくりと小舟は沼の中央方向に押し出されました。老師(ろうし)のアドバイスによれば、ここから先は荷物がどこに流れていくのかを見守ってはいけません。村人たちはタイマツを水の中に投げ捨て、決して沼の方向を見返らないようにしながら、逃げるようにそれぞれの家に走って帰っていきました。ただし、今回は少し様子が違う人もいます。

村長「よし、私がさっき声をかけた者たちは、ここに残れ。そして、鉄砲の合図を待つのだ」

村長とともに、10人ほどの村人が、息をつめて暗い沼を眺め、何かが起こるのを待ちました。

風が強くて寒く、月の明るい夜でした。丶大(ちゅだい)と二人の狩人は、村人たちが荷物を(はな)ったところのほぼ反対側に陣取って、物陰から目を凝らしました。やがて、五人の男たちが土手の向こうから現れて、岸に流れ着いた供物の小舟にカギ縄を引っかけてたぐり寄せ始めました。そのうちの一人は、深く頭巾をかぶり、刀を下げていました。おそらくこれが盗賊の首領です。

丶大(ちゅだい)「よし、あの首領っぽいのと、今(ぜに)を手に取ったあの男を撃って」

二人の鉄砲の腕は確かでした。(どう)ッと撃った弾丸は、あやまたずに二人の盗賊の急所に当たり、たちまち命を絶ちました。残った三人は慌てて、首領を抱き起そうとしてみたり、舟のそばに倒れた男に呼びかけたりしています。その間に第二弾が放たれ、それによってさらに一人の男が倒れました。残った二人はもはやなす(すべ)もなく、何も持たずに逃げていきました。

村長「鉄砲の音がしたぞ! みんな、私につづけ! 知風(ちふう)道人(どうじん)どのが、向こうの岸にいるはずだ」

こうして、沼に残った全員が、やっつけた三人の盗賊のもとに集まりました。二人は死んでいましたが、一人だけは、足を負傷して倒れているだけです。種平(たねへい)嶋平(しまへい)が、この一人を縛り上げ、背中を鉄砲の銃身でバンバン叩いて悪事を白状させました。

種平(たねへい)嶋平(しまへい)「おら、おら! お前らのことをすべて話せ!」
盗賊「ひいい、助けてください、全部話します!」

この男の白状によると…

〇 自分たちは長坂山の洞穴(ほらあな)にすむ五人組の盗賊グループ
〇 ボスは鵞鱓坊(がぜんぼう)といって、元は修験者だった
〇 鵞鱓坊(がぜんぼう)は雨を降らす術を知っており、これで村人を騙した(雨を降らすにはイモリを使うんだそうです)
〇 村人がなかなか信じようとしないので、娘たちをさらって驚かせたのも自分たち

盗賊「ボスはあのとおり、眉間を撃たれて死にました。さすがに鉄砲玉には勝てないらしい」

村人「今まで我々が苦労して準備した供え物はどうした!」
盗賊「もちろん、俺たちが手に入れていたんだよ。しかし、何もかも、ボスに言われてやっていただけだったんだ。許してくれよ。俺はもう一生足が立たねえ。コジキになっておとなしく暮らすから」

村人「そもそもお前らはどこのモンだ。名前は!」
盗賊「ボス以外の四人は、破吹革(やれふいご)風九郎(かざくろう)(自分)、四畳半(よじょうはん)獏七(ばくしち)(まがい)保輔(やすすけ)金山(かなやま)魔夫田(まぶた)。みんなただの流れモンだよ」

丶大(ちゅだい)法師は落ち着いた顔をしています。

丶大(ちゅだい)「まあ、大体は私が想像したとおりだったな。みなさん、知雨(ちう)老師(ろうし)とやらの正体はこれで明らかですね。ごめんね。私はただの旅の坊主で、この人たちとはは関係なかったんです」

村長「みんな分かっていたんですか。なぜ最初から教えてくれなかったんです」

丶大(ちゅだい)「みんな、悪者たちのウソを完全に信じ込んでいましたからね。みんなの迷いを覚ますには、この方法が一番効果的なんじゃないかと思ったんですよ。自分一人で盗賊を退治してもよかったんですが、まあ、出家の身ですから、殺生は避けたいですし」

村人たちは全員、たちまち丶大(ちゅだい)に向かってひざまづき、「なんと賢く、尊いお坊さまだ。またたく間に悪者たちを退治して、我々を救ってくださった。このご恩は忘れません。ナムアミダブツ、ナムアミダブツ!」と、涙を流しながらその徳を称えました。

丶大(ちゅだい)「まあまあ、みなさん立ってくださいよ。ここの荷物を村に運びなおしたり、悪者のアジトを調べたり、まだやることはありますからね」

その後、人を呼びに村に帰る人、荷物を見張る人、丶大(ちゅだい)と一緒にアジトを目指すもの、にそれぞれ別れて行動を始めました。アジトへの道は、さっきの風九郎(かざくろう)に案内させました。月の光は明るく、半里ほどの道を迷わず進み、まもなく一行はアジトの洞穴(ほらあな)の入口に着くことができました。種平(たねへい)嶋平(しまへい)が、銃を構えながら穴の中に入ろうとすると、

「ちょっと待って。撃たないでくだされ」

という声とともに、一組のお爺さんとお婆さんがヒョコヒョコと歩いて出てきました。海藻のようにボロボロの服を着ています。

種平(たねへい)嶋平(しまへい)「誰だ!?」

老夫婦「私どもは、ここの洞穴にもともと住んでいた者じゃ。鵞鱓坊(がぜんぼう)とかいう厄介者にここを横取りされて今まで困っていたんじゃが、今夜、その敵をやっつけてくれたのはあんた達か。まことにありがとうござった」

種平(たねへい)嶋平(しまへい)「ここにさっき、盗賊の残党が二人入っていかなかったか?」

老夫婦「あの鵞鱓坊(がぜんぼう)さえいなくなれば、ほかのやつらなど敵ではない。その二人なら、私たちがさっき殺したよ」
種平(たねへい)嶋平(しまへい)「殺した!?」
老夫婦「さよう。鵞鱓坊(がぜんぼう)だけは、どうも色んな術を使うのでニガテだったのじゃがな… そうそう、この中に、賊が奪った品物もあるし、さらわれていた娘たちもおるぞい。確かめるがよかろう」

村人たちはうれしそうな歓声をあげましたが、丶大(ちゅだい)はまだ厳しく老夫婦を睨みつけています。

丶大(ちゅだい)「それだけでは説明が足りん。お前らは人間ではなかろう。キツネか、タヌキか。それとも精霊の類か。私を相手には隠しておけんぞ」

老夫婦はひるみました。

老夫婦「うっ… お坊様の目はごまかせぬ。許してください。我々はここに古くから住んでいる真猯(まみ)でございます。ほかの真猯(まみ)は知りませんが、我々は人間に害になるようなことをしたことはありません。ホントです!」

真猯(まみ)ってのは、タヌキみたいな動物だったと言われています)

丶大(ちゅだい)「なるほど、そなたたちは老いた真猯(まみ)であったか。悪いことはしていないようだが、しかしこんな洞穴を作って住んでいたのはよくないな。賊のアジトになってしまったではないか。今から私たちはこの穴を埋めてしまうことにするが、よいな」

老夫婦「この洞穴は、古墳だったのですよ。我々が作ったんじゃありません。ともあれ、どうするのもご自由に…」

そう言い残すと、老夫婦は消えてしまいました。これを見ていた村人たちは、妖怪と対等に渡り合うこのお坊さんをいよいよ尊敬しました。その後、皆はあらためて洞穴を調べ、その中に蓄えられていた銭や宝物、さらにはさらわれて側女(そばめ)にされていた娘たちも見つけました。娘たちは自由になったことを泣いて喜びました。村人たちも同様です。また、もうひとつ奥の穴には、ノドを食い破られた(まがい)保輔(やすすけ)金山(かなやま)魔夫田(まぶた)の死体が転がっていました。

丶大(ちゅだい)「うわ、けっこう凶暴だったんだな、あいつら…」

気づくと、このアジトまで案内させた風九郎(かざくろう)もまた、いつの間にやらノドを食い破られて死んでいました。真猯(まみ)たちは相当にこの盗賊たちを恨んでいたんですね。


さて、丶大(ちゅだい)の指示により、この洞穴からは米と銭だけが運び出され、あとの家財はすべて火をつけて焼かれました。また、洞穴も埋めてしまうことにしました。これですべての事件が解決したことになります。やがて全員が村に帰り、村人たちは今回の話を知らされました。丶大(ちゅだい)は村を救った偉大な人物として、限りない尊敬を受けました。そして、いつまでも村に留まってくれるよう、村人全員から懇願されました。

丶大(ちゅだい)「いや、私は旅を急ぐ身ですので。ごめんね」

村長「それではせめて我々の礼を受け取ってくだされ!」

丶大(ちゅだい)「いやいや、そのお金は、貧しい人たちの施しにしてあげてくださいよ。坊主にお金あげたって、役には立たないですからね。それじゃ!」

こう言い残すと、葵岡(あおいのおか)の村人の心に徳の香りを残して、丶大(ちゅだい)は颯爽と旅立っていきました。


さて、当初の予定に従うなら、ここから信乃と道節のいる穂北へ向かうはずなのですが、丶大(ちゅだい)はそこに着く直前にこんなことを考えました。

丶大(ちゅだい)「まてよ、あそこには、氷垣(ひがき)夏行(なつゆき)という方がいるのだっけ。確か、彼も結城(ゆうき)で戦ったのだった。たぶん、私が結城で大法要をやるといったら、絶対にスポンサーになりたいと言ってくれるだろうな。嬉しいことではあるが… 今回の法要は、あくまで里見殿のためにやるのであって、ほかの要素が混じってしまうのはは避けたいな。よし、穂北に寄るのはやっぱりやめて、直接結城に行くことにしよう。私が何も伝えなくても、犬士たちなら、たぶん自然に結城に集まってくれるだろう」

丶大(ちゅだい)は、同様の理由で、大法要をやることを、結城の城に残っている旧主の末っ子(四郎(しろう)成朝(なりとも))にも知られないようにしようと決めました。結城氏も絶対に金を出したがることが予想されますが、それではやっぱり、里見のための法要という意図が薄れてしまいます。

そんなこんなで、錫杖(しゃくじょう)をチリチリ鳴らしながら、丶大(ちゅだい)は結城への道をテクテクと歩いていきました。


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