里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

95. あと始末いろいろ

前:94. 八つの徳の歌

■あと始末いろいろ

扇谷(おうぎがやつ)定正(さだまさ)を討つ作戦は、半分は成功、半分は失敗という結末でした。しかし犬山道節は、犬士たちの力を結集して定正(さだまさ)を十分に痛めつけられたので、今回はこれで満足することにしました。

道節「では退却しようか」
信乃「ちょっと待ってください。この城を攻めるのに、敵側の兵である外道二(げどうじ)という男に協力させたのです。彼には褒美をあげていきたい」
道節「ふーん。では探さなくてはな」

しかし、外道二(げどうじ)は、倉の中で、煙で窒息して死んでいるところを発見されました。どうやら、勝手に品物を盗みにいって、つい深入りしてしまったようです。

信乃「(ため息)浅はかな… しかしこれは、敵に寝返ったことの天罰とも言えるのかもしれない。まあ、自分が寝返らせておいてアレだけど」


このようなちょっとしたハプニングもありましたが、一同はおおむね無事に城をあとにし、高畷(たかなわて)まで戻ってきました。途中、圧制から解放された百姓たちが、道に並んで口々に犬士たちを称えました。

この場には、捕らえておいた仁田山(にたやま)晋五(しんご)も連れてきました。捕まったときのケガのせいもあり、また恐怖もあり、すっかり青ざめています。

道節「じゃあここに、今回討った敵の首級を並べてさらそう。お前ももちろん打ち首な」

仁田山(にたやま)「お、お許しを」

道節「いや、許せんな。お前はかつて、庚申(こうしん)塚から逃げた荘助(当時は額蔵(がくぞう))と信乃を追って、捕まえられなかったのをごまかすために、別の男たちの首を持って帰って、信乃たちだとウソをいってさらしものにしただろう。その手柄をキッカケに、お前は偉くなった。ちがうか」

仁田山(にたやま)「そのとおりです…」

道節「その首はな、オレの大事な子分、力二(りきじ)尺八(しゃくはち)のものだったのだ!」

仁田山(にたやま)「!」

道節が刀をブンと振る音にあわせて、仁田山(にたやま)の首がポンと飛びました。

小文吾「懐かしい名前だな、力二(りきじ)尺八(しゃくはち)か… そういえば、彼らの嫁である、曳手(ひくて)さんと単節(ひとよ)さんの行方も分からないままだ。それに、荒芽山で死んだ矠平(やすへい)さんと音音(おとね)さん。思い出せば辛いことばかりだ…」

みんな、当時のことを思い出して、若干シンミリしました。大角だけはこのときの事件を直接経験していませんが、いろいろと聞いているのでよく分かります。

道節「さあ、こいつの首もさらそう。しかし何より、この定正(さだまさ)のカブトを、一番目立つところにディスプレイしなくてはな。敵の大将の首級の代わりなのだから」

20個ほどの首と、ヒビわれたカブトが梟首台(きょうしゅだい)に並びました。道節は、近くの村人を呼んで、このカブトを盗まれないようにガードしておくよう命じました。しかし、明日の早朝にひとりの男がカブトを取りにくるはずだから、そいつにだけは渡してやるようにも指示しました。もちろん、河鯉(かわこい)孝嗣(たかつぐ)のことです。

道節「よし、みんな、船にのって帰るぞ。落鮎(おちあゆ)には、ここらの岸で待つように言ったはずだが… どこだ」
大角「向こうの柴浦(しばうら)の沖に船団が見えますね」
道節「うん、きっとあれだな」

一行は浦曲(うらわ)沿いに走って、船のよく見えるところまで走りました。それを見つけた落鮎(おちあゆ)たちが船を岸に着けて、みなが乗り終わると急いで再び沖に離れました。

雑兵「こちらの戦死者はゼロです。負傷者は8人。すでに穂北に返しています」
道節「それは何よりだ。みんなよくやってくれた。ところで…落鮎(おちあゆ)ッ」
落鮎(おちあゆ)「はっ」
道節「船の待ち合わせは、高畷(たかなわて)の岸と言っておいたはずだが!」

落鮎はまた怒られるかとビクビクしていますが、毛野がそこに割って入りました。

毛野「私が指示したんですよ」
道節「ほう。なんでだ」
毛野「落鮎(おちあゆ)さんたちの正体を知られないためですよ。この船が穂北に帰っていくところをツケられたら、あとで復讐がそこに迫るかもしれません。穂北の人たちに、大変な迷惑をかけてしまいかねません。だから、ずっと沖で待っていて、一時だけ岸につけることにしたんです」
道節「あ、なるほど…」
毛野「ついでながら、この船は現在、穂北と反対の方向に向かっています。これもカモフラージュのためで、じゅうぶん暗くなったら、正しい方向に向きを変える予定です」
道節「すごいな、抜かりがないな。これで落鮎(おちあゆ)の正体も知られずに済んだか… いや待てよ。おい落鮎、お前、定正(さだまさ)と戦うときに、正体を名乗っちゃったんじゃないか?」
落鮎(おちあゆ)「いいえ。私はただ、、と言っただけです」
道節「よし、よし… 落鮎(おちあゆ)よ、お前も気が利くじゃないか」
落鮎(おちあゆ)「えへへ(偶然ですけど)」

船の中では、その後も、さっきの戦いを振り返ったり、だれが今回のMVPだったかの議論が行なわれたりしました。(当然ながら、みんなが偉い、という結論になりました。)船の上でメシが炊かれて、皆、空腹もいやすことができました。

小文吾「そうだ、ひとつ心配がある」
毛野「なんです」
小文吾「毛野が、河鯉どの(父)と蟹目上(かなめのうえ)に頼んで、次団太さんの放免をお願いしてくれたんだよな。どちらも、今回亡くなってしまったじゃないか…」
毛野「それは、たぶん問題ないと思いますよ。使者はもう出ているんですし。(えびら)大刀自(おおとじ)がもし扇谷(おうぎがやつ)襲撃の話を耳にしたとしても、次団太さんの話とは何も関係がないです。きっと速やかに釈放されるでしょう」
小文吾「毛野がそう言うのなら、きっと間違いないな!」

こんなことを話しながら、一行はやがて、無事に穂北(ほきた)に帰りつくことができたのでした。


さて、扇谷(おうぎがやつ)定正(さだまさ)は、あのあとどうしたのでしょうか。

河鯉(かわこい)孝嗣(たかつぐ)の働きのおかげで逃げ延びることができた定正(さだまさ)は、やっとのことで忍岡(しのぶのおか)の城にたどりつくことができました。すぐに城の門は閉められ、厳戒態勢になりました。しかし、犬士たちに反撃しに行こうとは思えません。

道節が放って後頭部に当たった矢は、カブトによって防がれたはずだったのですが、それでもかなり腫れていました。また、城について安心したとたんに突然痛みが激しくなって、定正は寝込んでしまいました。

その日の昼下がりには、定正を追って、孝嗣(たかつぐ)も忍岡に到着しました。父・守如(もりゆき)の死体は寺に託し、自分は主君と対面しようとしたのですが、とてもこの日は無理そうでした。

孝嗣(たかつぐ)「それなら明日また会いにこよう。ちょうど、犬山道節がカブトを返してくれるって言っていたし、それを持って定正(さだまさ)さまに会おう」

翌日の早朝、孝嗣(たかつぐ)高畷(たかなわて)を訪ね、約束どおりにそこに置いてあったカブトを回収しました。ついでに、見張りに立っていた村人にいろいろとウワサを聞いて、また自らも見に行って、五十子(いさらこ)城がどうなったかが分かりました。犬山たちは、倉を開放して、不正にため込まれていた財産を付近の村々に分配してしまったそうです。

孝嗣(たかつぐ)「敵にこんなことを言うのを主君には聞かせられないが… あの人たちは実にすぐれた英雄だ」

それはともかく、無事にカブトをゲットしましたので、孝嗣(たかつぐ)はこれを手土産にあらためて定正(さだまさ)に会いに行きました。定正(さだまさ)は誰にも会わずに引きこもっていたい気分でしたが、自分の命を救った部下だからと、イヤイヤながら対面しました。

孝嗣(たかつぐ)「お体の調子はよろしくなりましたか」
定正「おう、まあな。今回は大儀だったな」

まず、孝嗣(たかつぐ)五十子(いさらこ)城の様子について伝聞したことを伝え、次に、父・守如(もりゆき)蟹目上(かなめのうえ)の最期の様子を語りました。ほとんど不可抗力のようなものではありましたが、今回のような事態を招いてしまったことを悔い、主君に誠意を示すためそれぞれ自殺したということをです。父たちが計画したのは、あくまで、主君をたぶらかす佞臣(ねいしん)竜山(たつやま)を除くことのみであって、主君の目を覚まさせようという気持ちだけからだったのです。道節たちに襲われたのは、全然別の話だったのです。

定正「…そうか。俺が愚かだったばかりに、すまないことをした。竜山(たつやま)を重用したのも、北条と同盟しようとしたのも、間違っていた」
孝嗣(たかつぐ)「私が命を永らえてここまで見参したのは、これだけをお伝えしたかったからです。また、ついでながら、定正さまのカブトを取り返して参りました」

孝嗣(たかつぐ)は、包みをひらいて、後頭部にヒビの入ったカブトを主君に返しました。

定正「おお、このカブトを取り返し、私を屈辱から救ってくれたのか。これは『矢返し』と呼ばれる銘品でな。今回は危機一髪、こいつに守られた。実に重宝であった… おお、それにしても、私は、命をかけてまで自分を(いさ)めてくれた忠臣を、そしてわが妻を、いちどに失ってしまった! 私がバカだった。すまなかった…」

孝嗣(たかつぐ)「定正さま…」

定正「…しかし私のもとにお前が残ってくれたのは幸いだ、孝嗣(たかつぐ)よ。お前の忠義は忘れはしない。必ずよくしてやる。…今日はもう休め。さがるがよい」

孝嗣(たかつぐ)「ははっ!」

定正は、残ったほかの部下たちを呼び寄せて、敵が去ったあとの五十子(いさらこ)城をすぐに修復し、乱れたものを片付けるように命じました。


このようなわけで、定正の部下たちはその翌日に五十子(いさらこ)のあたりに来たのですが、そのときになってはじめて、高畷(たかなわて)に味方の首がたくさんさらされているのを発見しました。

家臣A「いかん、もう二日もさらされっぱなしだ。ずいぶんな恥じゃないか」
家臣B「バレたら定正さまにメチャクチャ怒られる。だからといって、今さらノコノコ行って回収するのも、それはそれで周辺の村人の笑いものだ」

猯田(みたの)馭蘭二(ぎょらんじ)という男が、これを解決する方法を得意顔で提案しました。

馭蘭二(ぎょらんじ)「いい方法がある。夜のうちに、これらを別のやつの首に取り換えてしまうのだ」
家臣A「どういうことだ」
馭蘭二(ぎょらんじ)「ちょうど先日、柴浦(しばうら)で、閻魔(えんま)事件というナゾの事件があった。悪人の男女が、閻魔堂の前で、牛に突かれて死んでいたのだそうだ」
家臣A「へえ」
馭蘭二(ぎょらんじ)「あれを実際に誰が行ったのかはナゾなのだが、閻魔大王自身がやったのだというウワサがもっともらしく流れている」
家臣A「はあ、それで」
馭蘭二(ぎょらんじ)「その死体はまだ手がつけられていない状態なのだが、ちょうどいい。そいつらの首をとって、高畷(たかなわて)にさらされた首級と取り換えてしまうんだ。そしたら、これも閻魔大王が行ったことの一つ、ってことになる」
家臣A「名案だ!」

馭蘭二(ぎょらんじ)は得意げに部下に命じて、さっそく計画を実行しました。夜のうちに、柴浦(しばうら)に行って船虫(ふなむし)媼内(おばない)の死体から首を回収し、これを高畷(たかなわて)のほかの首級と取り換えました。死体の背中に書かれていた罪状は、新たに札に書き直して、ちゃんと陳列しました。

馭蘭二(ぎょらんじ)「よしよし、これでカンペキだ。今までさらされていた首は、全部勘違いだったってことで。全部閻魔(えんま)大王のしわざってことで」

雑兵「(…なんか、この人がなにをしたいのかよく分からない)」

まとめ筆者もよく分かりません。


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