里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

111. 甕襲(みかそ)の玉

前:110. 親兵衛、追い出される

甕襲(みかそ)の玉

犬江親兵衛は、名馬青海波(せいかいは)にまたがり、三人ほどのお供とともに滝田の城を出ました。その直後、親兵衛は、みなに帰るよう命じました。

親兵衛「お主たちは知らないだろうが、今回の旅はある密命のためのものなのだ。行くのは私一人である必要がある」
お供「そ、そうなんですか」
親兵衛「この馬もな、稲村に引いて帰ってくれ。(青海波(せいかいは)から降りる)寄り道せずにまっすぐ帰るのだぞ。殿によろしくな」
お供「承知しました… どうぞご無事で!」

密命ってのは、実はひとりになるためのウソです。お供たちがいなくなると、親兵衛はやや気楽になって、近くの浦曲(うらわ)の港まで歩いて行きました。そこで船着場の主人に、市川までの船は出ているか尋ねました。定期便はないようでしたが、特別料金を払えばそこまでの船を出してくれるそうです。

親兵衛は、船の準備ができるまでの間、川岸を眺めてひとり考えました。

親兵衛「昨日まで城主だった身分が、あっという間に流浪の身になってしまった。世の中ってのは無常だな。まあそれは別にいいんだけど、あの『玉』がないのだけはちょっと心細い。これからやっていけるのかなあ…」

こう考えていると、キラリと光る何かが飛んできて親兵衛の懐に飛び込みました。服の中をモゾモゾと進んで、背中のあたりまで到達しました。

親兵衛「うわっ、何だ。カナブンでも飛んできたのかな。ひゃあ、気色わるい」

あわててそれを取り出してみると、なんと、それはあの「仁」の玉です。浜路(はまじ)姫の寝床の下に、二重の封印をして埋めたはずの玉でした。

親兵衛「おおっ。玉が、私を慕って飛んできてくれたのか? 不思議なことだが、神の助けならばこんなこともありうるかも知れん。もう浜路姫は治ったから、向こうには不要ってことでいいのかな… 何にしろ、私にとっては心強いことだ」

この件を里見義成にもちゃんと報告しないと、騙して玉を持ってきたようで後ろめたい気がしますが…

親兵衛「でも、あんな別れ方をしてきたんだから、なんだか間が悪いなあ… まあいいか。いつか説明する機会もあるだろう。何があっても、姫神様のお導きさ。成り行きに任せてレッツゴー!」

船は、夕暮れの中、市川を目指して大海原に出ていきました。


さて、こちらは義成のいる稲村城です。「犬江親兵衛は、犬士捜索の旅に出た」という義成からのお触れを聞いて、家臣たちは動揺し、重役の四家老でさえも驚きました。

堀内たち「何があったんだろう。ちょっと変だよね。殿には直接聞けないけど…」

この次の日には、浜路(はまじ)姫の全快祝いがありました。この機会に、城に滞在させていた諏訪(すわ)神社と両八幡神社の三人の神主たちは上総(かずさ)に帰ることが許されました。また、先日里見義実(よしさね)を襲った5人の罪人たちも、特別の計らいで放免されました。また、神余の子である上甘理(かんあまり)墨之介(すみのすけ)には、楽に生活していける程度の領地を与えることになりました。

役人「お前ら、あとは故郷に帰るなり、ここに残るなり好きにしなさい。ここに残るなら、月給をあてて雇ってあげるよ」

天津「私はずっと上甘理(かんあまり)様に仕えてお世話をします」
墜八「私は里に帰って、あとは母親を支えて暮らします」

こうして、5人のうち2人が稲村の土地を離れました。残った3人(安西(あんざい)出来介(できすけ)麻呂(まろの)復五郎(またごろう)荒磯(ありその)南弥六(なみろく))が稲村に残り、今回の恩を仕事で返す、と誓いました。

これらのことは、すべて滝田の大殿(義実)のもとに報告されました。

義実「うん、あいつら、釈放されてよかったなあ。しかし、気になるのは、親兵衛が突然旅に出されたことだ。照文、なんか知ってる?」
照文「いいえ」
義実「まあ、何か理由があるのだろうが。義成が決めたことだ、口出しはするまい…」


場面は、蟇田(ひきた)素藤(もとふじ)が留守番している、山奥の庵に移ります。

フラッと妙椿が出て行った日から二週間ほど経って、ある朝、妙椿は同じようにフラッと帰ってきました。

素藤(もとふじ)「おおっ、妙椿。どうだった」
妙椿「うまくいったわよ。まんまと犬江親兵衛を館山から追い出してやったわ」

前回の話で稲村の城内で起こったことは、ほとんどが妙椿の妖術のしわざだったのでした。すなわち、下のようなことです。

○ 浜路姫のもとに幽霊となって現れた
○ 洲崎(すさき)に来た使者に、謎の老人になってウソの神託を告げた
○ その神託によって、親兵衛の「玉」を地中に埋めさせた
○ 親兵衛と浜路がイチャコラしているかのような幻を義成に見せた

妙椿「あの恋文を発見したときの義成の慌てぶりは傑作だったわね。もうちょっとで、親兵衛を斬り殺してくれるところだったのに。まあ、なかなかそこまではうまくいかないわね」

もちろん例の恋文も、妙椿の仕業です。いつか、堀内と杉倉をだますときに使ったニセ手紙の術です。

妙椿「義成があれを焼き捨ててくれたおかげで、タネがばれずにすんでいるのも面白いわ。一晩たてば白紙に戻っちゃうところだったのに」

素藤「面白いくらいにうまくいったようだな」

妙椿「義成は、適当な理由をつけて親兵衛を旅に出してしまったわ。玉はいまだに浜路姫の寝床に埋められているはずだから、親兵衛(あいつ)が戻ってきたってもう怖くないわね。あんなの、態度がでかいだけの、ただの凡人よ」

素藤「それで… これからどうやって館山城を取り戻せばいいんだ。オレには今、家臣もいないし兵もないぞ」

妙椿「オホホホ。抜かりはないわよ。夕方くらいになったらはずだから、それまで酒でも飲んで待っていましょ。今晩のうちに、城を攻め落とさせてあげる。奥の冷蔵庫に、ビールとパック寿司が入っているわよ。出してきてよ」
素藤「本当か?…」

妙椿の言うとおり、留守番の間に乏しくなっていた冷蔵庫の中は、いつの間にかゴチソウで満たされていました。二人は楽しく飲み食いしました。

やがて、本当に家臣と兵がゾロゾロと集まってきて、庭に集合しました。別々の場所に流刑になっていたはずの、願八(がんはち)盆作(ぼんさく)奥利(おくり)浅木(あさき)をはじめとした三、四百人。みんな館山にいたときと同じです。服はボロボロで、ちょっとやつれていますが、一応みんな健康そうです。

素藤「お前ら! 今までどうしていたんだ」
願八「はい、我々はみんな、そこの比丘尼(びくに)様にここの山に(寝て、起きたら)連れてこられていて、呼ぶときまで待っていなさいと言いつけられていたんです。今日まで、そこらへんのカエルを捕まえて食って生きてました。なぜかカエルばっかりいるんスよね、この山」

妙椿「ほら、私が言ったとおり、みんな集まったでしょ。今夜、この全員で館山を取り戻すのよ。この山は、実は館山の近くなのよ。城の裏手まで出られるわ」

素藤「城が近くなのは分かったが… 俺たちには武器と防具がないぞ。どうすんだ」
妙椿「もちろん準備してあげるわよ。待ってなさい」

妙椿は懐の守り袋から玉をひとつ取り出しました。ただし、犬士たちが持っている玉とはちょっと様子が違います。

妙椿「甕襲(みかそ)の玉っていうの。風を起こす力があるのよ。館山の兵器庫には、あんたたちから取り上げた防具と刀が一カ所にしまってあるわ。それをここまで運ばせる」

妙椿は玉をひたいにあて、ブツブツと何かを念じました。とつぜん、激しい突風があたりに発生すると、空気のカタマリになってビュウと麓に降りていきました。しばらく待っていると… 再び上空に突風が通り過ぎる音がして、その後、庭の真ん中に、防具と刀がガラガラと降ってきました。

素藤・家臣・兵士たち「(歓喜)うおおっ!」

妙椿「ほら、みんな、適当に自分のを探して身につけなさい。人数分あるはずだから。一番立派なやつが、蟇田どののものよ」

やがて全員が立派に武装しました。これで館山の連中と渡り合えそうです。みんな上機嫌になり、出陣前のパーティーがはじまりました。まあ、食べるのは焼いたカエルですが。

素藤「蟇田(ひきた)だけに、カエルパーティか。なんか複雑な気分だが、まあこれは仕方がない…」

妙椿は、白い小袖にの帯と黒い袈裟を身につけて、頭巾をかぶったちょっとカッコイイ姿になって、改めて皆の前に現れました。

妙椿「さあ、もうすぐ出陣だわ。今日は新月、真っ暗闇よ。でも、みんなは夜目が利くようにしてあげる。あそこの手水鉢で、全員眼を洗いなさい」

言われたとおりに眼を洗うと、暗闇でもハッキリと物が見えるようになりました。これもまた妙椿の妖術です。

素藤「よし、準備はすべて整った。いくぞ、お前ら!」
全員「おお!」

こうして全員は山を下り、館山城の裏手に出ることができました。今回は妙椿も、カゴで運ばれて同行します。


館山城は、犬江親兵衛が急に旅立ったので、代わりに義成の家臣である田税(たぢから)逸時(はやとき)登桐(のぼきり)良干(よしゆき)苫屋(とまやの)景能(かげよし)がここを守っていました。日が沈んだころ、急に突風が吹いて兵器庫に被害があったのですが、今晩は新月で真っ暗闇なので、調査を翌日にのばしたところでした。今は、数人の見張りを除いてほとんどの人間が寝静まっています。

まず、城の後門の近くで騒ぎがはじまりました。当然門は堅く閉ざされており、残りは堀に囲まれていますから、誰も侵入はできないはずですが…

妙椿がまたもや妖術を使い、一本の麻縄をドロンと変化させ、堀に太い橋を架けたのです。兵たちはここから城内になだれ込み、あたりの明かりをかたっぱしから消して回りました。

館山の兵たちには、素藤の軍勢が1000人を超えるように見えました。これもまた妙椿の妖術です。兵はパニックに陥り、暗闇の中で次々と討ちたおされて行きました。

願八・盆作「我々は、館山城の本来の(あるじ)、蟇田素藤の軍だ! お前ら、抵抗は無駄だぞ、すみやかに降参しろ! 責任者、出てこいや! おらおら!」

城を任されていた三人の家臣は、兵たちをはげましながら善戦しましたが、敵だけが眼が見えるという圧倒的不利では仕方ありません。まず登桐(のぼきり)が、転んだところを雑兵に押し囲まれて生け捕りになってしまいました。

苫屋・田税「くそっ、このままでは不利だ。死ぬのは怖くないが、無駄死には意味がない。後日を期して、今回は逃げよう」

苫屋と田税は雑兵に混じって後門から逃げました。城の中には5、600人の兵がいましたが、半分以上がこの夜襲で命を落としました。


翌日… 大庭の床几(こしかけ)に座った素藤と家臣たちの前に、縄で縛った登桐(のぼきり)が連れてこられました。

素藤「苫屋(とまや)田税(たぢから)は逃亡したようで、今回捕らえた重要人物はお前だけのようだ。まあそれはいい。このとおり、本来の城主である蟇田素藤が、ここを取り返したぞ。オレを不当に扱った里見めに、思い知らせてやったわ。どうだ、恐れ入ったか。お前、俺の家臣になれよ。そうすれば命を助けてやろう」

登桐(のぼきり)「ふざけんな。そもそも悪だくみで乗っ取ったくせに、何がお前の城だ。犬江親兵衛と里見殿に命を許された恩を忘れたお前には、すぐに報いが下るであろう。覚悟をしていろよ、カエル野郎」

素藤は怒って登桐(のぼきり)を殺そうとしましたが、妙椿になだめられて、殺さずに牢に閉じ込めるにとどめました。一応、人材は大事にしなければいけないのです。

今までせっかく親兵衛が善政を敷いていた周辺の村々から、再び重税がしぼり取られはじめました。また、顔の美しい女性は、片っ端からさらわれて兵士たちへの褒美として与えられました。さらに、先日の戦で居場所を失っていた、千代丸と武田の残党たちも、素藤のもとに集まってきて戦力に加えられましたので、以前よりもかえって強力な武力が館山城には備わってしまいました。

妙椿は、軍師・天助(てんじょ)尼公(にこう)と呼ばれて、城中の人たちから称えられました。


さて、これらのニュースは、もちろんすぐに稲村の里見義成のもとに伝えられました。しかし、義成はそのころ、脚気(かっけ)に悩まされていました。

義成「おのれ恩知らずの素藤め、今度こそ成敗してやる… いてててて」

つづきは次回。


次:112. 里見軍、翻弄される
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