里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

124. 結城の大法要

前:123. 七犬士ふたたび

結城(ゆうき)大法要(だいほうよう)

かつて、嘉吉(かきつ)元年の4月16日に結城合戦が終結したとき、里見義実(よしさね)の父である季基(すえもと)、犬塚信乃の祖父である大塚(おおつか)匠作(しょうさく)(いの)丹三(たんぞう)直秀(なおひで)らが武運つたなく戦死しました。また、城主の結城(ゆうき)氏朝(うじとも)や、足利(あしかが)持氏(もちうじ)の子にあたる春王(しゅんおう)安王(やすおう)の両公達をはじめとする多くのプレシャスな命が失われました。

それから43年たった、文明15年同月同日。

丶大(ちゅだい)法師は100日の念仏をともなう大法要をここ嘉吉(かきつ)の古戦場で行い、諸霊魂の菩提を供養するという長年の悲願をついに達成しようとしています。

現地在住の法師たちが奇跡的に一晩でつくりあげた、すばらしい作りの石塔婆(せきとうば)を前に、それら手伝いの法師たち、蜑崎(あまさき)照文(てるふみ)姥雪(おばゆき)代四郎(よしろう)、七人の犬士(けんし)、そして丶大(ちゅだい)法師その人が整然と並びます。

丶大(ちゅだい)が毎日昼夜を徹して続けてきた読経は、今日でいよいよ最終日です。丶大(ちゅだい)とその他の法師たちが朗々と唱える経の響きは、天から花びらが降るかのような神々しさでした。

会場外には、米と銭の(ほどこ)しを受けるための列が長々と続きます。これを、照文の伴人の直塚(ひたつか)紀二六(きじろく)が仕切ります。

イベントのおしまいに、丶大(ちゅだい)が法要を締めくくるための願文(がんもん)を声爽やかに唱えました。「百万の敵を相手に力をつくして奮闘するも、運命にあらがえず、ここに敗れて無念の死をとげた義士たちよ。この典礼をうけ、三悪(さんあく)火坑(かこう)を脱し、無量寿の楽土にいたりたまえ。里見義実、里見義成、その他一同、うやまってもうす」


「いやー、おつかれさまでした」

法要を終えた一同は、丶大(ちゅだい)(いおり)の中にあつまって法要の成功を祝いました。庵は狭いので、七犬士は縁側に座っています。数十年の宿願を果たし終わった丶大(ちゅだい)を囲んで、だれもが嬉しくてたまらぬといった表情です。もっとも、ついに犬江親兵衛だけはこの法要に間に合わなかったようで、それだけがちょっと残念ですが。

照文「本当に、本当にようございました。義実さまたちに報告するのが楽しみです。 …ところで、あの法要の場に、遺骨のような壺が置いてありましたね。今さらなのですが、あれはどなたのもので」

丶大(ちゅだい)「うん、言い忘れていたね。あれは、里見季基(すえもと)さまの遺骨なのだよ」

照文「! いったいいつ、そんなものが手に入ったのですか!?」

丶大(ちゅだい)星額(せいがく)和尚。我々を手伝ってくださった法師たちの長老の法名だ。聞くところでは、彼の師匠であった宝珠(ほうじゅ)和尚は、季基(すえもと)さまとお親しかったのだそうだ。だから、結城の合戦のときに死んだ季基(すえもと)さまの遺体をこっそり回収してくださっていた。それで、遺骨が寺に伝わっていたんだって」

照文・七犬士「へえー!」

丶大(ちゅだい)「その寺の人たちは、今回のような法要が行なわれるのを本当に待ちわびていたんですね… そうそう、宝珠(ほうじゅ)どのは、この遺骨の素性を証明するために、季基(すえもと)さまの腰の刀も同時に回収して寺に隠していた。その名も、名刀・狙公(さるひき)。これも持ってきてくださったのだぞ」

照文「名刀・狙公(さるひき)!」
現八「狙公(さるひき)って、猿回しって意味だよな。変わった名前だな」
照文「私は義実さまから聞いてて、これの由来をよく知っています。ちょっと話をさせていただきましょうか。でもまず、刀を(あらた)めさせていただいても?」
丶大(ちゅだい)「もちろん。ほら、これだよ(手渡す)」

刀の(さや)(つば)はすっかりボロボロですが、これを引き抜いてみると、刃は今なお寒々として鋭く、刀身には「依弓馬之力不料所得狙公之刀源季基」と彫りつけてありました。

照文「弓馬(きゅうば)の力に依りて、(はか)らず得るところの狙公(さるひき)の刀。(みなもとの)季基(すえもと)… まさしく本物です」

そして再び鞘におさめると、照文は語り出しました。

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底不知(そこしらず)という池のほとりで、一人の猿回しが切り株に腰掛けて居眠りをしていました。この池は、怪物がでるというので村人が普段近づかない所なのですが、この猿回しは旅の芸人だからよく知らなかったのです。季基(すえもと)さまは狩りをしていてたまたまそこを通りがかったのですが、ちょうど、大木のように巨大な蛇が現れて、この猿回しに襲いかかろうとしているところでした」

「大蛇は、まずはじめに、猿回しがつれていた猿を一呑みにし、そうして引き続き、猿回しにも食らいつこうとしました。しかしそのとき、猿回しが腰につけていた小刀が勝手に(さや)を離れ、大蛇と戦いはじめました」

「季基さまはこれを目撃し、不思議さに感嘆しましたが、ともあれ猿回しを救おうと、二本の矢を取り出して、大蛇の右目、つぎに喉を射て、見事に退治してしまいました」

「猿回しは、なんとこの間、酒に酔って、ずっと眠っていたそうです。大蛇が死んでからやっと目を覚まして、ここで起こっていることを目にして仰天しました。それだけならよいのですが、すこしだけ蛇の牙に触れたらしく、毒がまわって死にそうになりました。幸い、季基さまは薬を持ち歩いていたので、結局猿回しは助かりました」

「季基さまが猿回しに刀の由来を尋ねると、単に職業用の装束として父親から受け継いだもので、実際には刀など抜きかたも知らないということでした。季基さまは、猿回しが礼としてこの刀を差しだそうとするのを、改めて100両の金で買い取ったということです」

「この刀には当時、『退蛇之神刀(じゃがえしのかんだち)』と銘が彫ってありましたが、季基さまはこれを家宝として、自分の好きな銘に彫り直させました。それがこの銘です。ですから見間違えようがないのですよ」

「重臣の堀内さまと杉倉さまが、この刀をなくしたのは惜しかった、惜しかったと時々こぼすのですよ。いやあ、ここに期せずしてこの名刀が里見に戻ったのは、丶大様の功徳のたまものですネ」

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さて、今回の法要には、米と銭の施しも行われたのですが、とてもたくさんの人が列に並んだので、法要そのものが終わってもなお、代四郎(よしろう)紀二六(きじろく)たちはこれらの世話をし続けました。それもやがてピークを過ぎ、ついに残り一人を残すだけになりました。杖をついたヨロヨロの法師です。

紀二六「やれやれ、やっと終わりだ。あんたが最後だよ。ちょうど、二人分の銭と米が残っている。これはオマケだ、あんたは二人分持って行くといい」

法師「南無阿弥陀仏、ありがたいことです」

紀二六「…」
法師「…」
紀二六「どうしたの、もうあげるものはないよ。ほらほら、去りなよ」

法師(ほうし)は、用が済んだはずなのに、何やらウロウロして立ち去りません。紀二六が帰るように改めてせかすと、法師(ほうし)はニコニコして、

法師「去るといえば、あなたがたこそ、早くここを去るのがよいと思いますぞよ」
紀二六「なにっ」
法師「今回の法要を、恨みに思っている人々がおりますじゃ。逸匹(いっぴき)寺の徳用(とくよう)和尚が、自分たち抜きで勝手に法要を開かれたといって怒っており、お主らを捕らえに来るようですぞ。数百の兵が押し寄せるでありましょう。この情報は、お米と銭のお礼です。それでは」

こう言い残して、法師はヨロヨロと去っていきました。紀二六たちはこの話を丶大(ちゅだい)たちに伝えます。

丶大(ちゅだい)「えー、心外だなあ。そりゃ、スポンサーをどこにも求めなかったのは本当だけど、それで恨まれるってのは考えられない」
照文「なんかの間違いじゃないでしょうかねえ」

星額(せいがく)和尚「いや… 徳用(とくよう)和尚なら、ありうることかもしれません。彼は、出家のくせに、かなり乱暴なので有名です。武芸もけっこういけるクチらしいですよ。結城の家臣たちにも彼の寺の檀家は多く、普段から威張っているんです。今回、頭越しに結城合戦の戦没者法要なんてことをしたせいで、メンツを潰されたと感じてもおかしくはありません。あなたがた、今のうちに逃げるのがベストだと思いますよ」

丶大(ちゅだい)「そうかー、領主にくらい、ヒトコト話を通しておけばよかったかなあ。あんまり秘密、秘密とこだわりすぎたのかも。困ったな…」


ここまでの話を聞いて、道節(どうせつ)がついに我慢ならなくなりました。

道節「我々がやりたくてやっただけの法要を、誰に遠慮する必要がある。そんなナンクセをつけて襲ってくるようなやつらは、片端からぶっとばしてやるまでだ。照文どの、丶大どのを連れてここから離れてくだされ。敵は我々に任せてくれ」

照文「私だって残りますよ」
信乃「いや、照文どのは、丶大さまを守ってください」
照文「だって、私の使命は犬士たちを連れて帰ることなんですよ」
信乃「うーん… (毛野のほうを向いて)犬阪どの。あなたの知恵に頼りたい。今回の件、仕切ってくださらないだろうか」

毛野は落ち着いてすこし考えを巡らせました。

毛野「私とて、皆とそれほど違いはないが… まず、敵が大軍で来るのなら、それらを分散させる方策をとるべきです。照文どのは、やはり丶大さまを連れて宿のほうに戻り、そこから結城を離れてください。代四郎どのと信乃どのも護衛についていけば、まず間違いはないでしょう」

毛野「犬川・犬田・犬飼の三人は、東の森を盾にして、旗などを立てて大勢に見えるように細工してください。敵の先鋒はそれを見てひるむでしょうから、そこを叩きます。犬山・犬村・そして私は、この庵に火をかけて敵を驚かし、勢力をさらに分かれさせます」

毛野は、その後のコマゴマとした戦略もくわしく決めました。そして、照文が連れていた兵のうち二人を、敵の偵察に放ちました。

代四郎「私は道節さまと一緒に戦いたいのですが…」
道節「こらっ、もうお前は俺の家来ではないぞ。軍議に従わなくてどうする!」
代四郎「わ、わかりました…」

丶大も、これらの作戦にやむなく賛成しました。「しかし、おぬしたち、敵をくじくために、一人たりとも殺してはいけないぞ」

道節「丶大さま、兵は凶器ですぞ。暴力装置ですぞ。殺すなとは、無理をいいなさる」
丶大「親兵衛は敵を一切殺さずに素藤たちに勝ったというでしょう」
道節「むうう…」
荘助「丶大さま、犬江どのは特別です。武士は武士の仕事をしなくてはいけません。やむなく教えに反することもいたしましょうが、どうかお許しを」
小文吾「そうですよ、戦いのことは、私たちに任せてもらうまでです」

いくら仏の教えでも、戦士はそれだけを守っていては使命を果たせないのです。

こういっている間に、偵察が帰ってきました。それによると、敵はすでに進軍中で、その総数は200から300人。狩装束を着た立派なのが二人で、ほかに武芸の心得がありそうなのはせいぜい30人。あとは寄せ集め的な人々だといいます。

現八「よし、作戦開始だな」
毛野「行きましょう」

丶大は、「あまりに武勇に頼ってはいけませんぞ。敵が引いたら、追ってはいけませんぞ…」などと唱えながら、照文、代四郎、信乃と一緒にこの場を離れました。


現八・小文吾・道節・毛野・大角・荘助「さあ、やったるで」


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