2. 山下定包が調子にのっている
■山下定包が調子にのっている
さて、里見義実たちが海峡をわたって安房の国にたどり着いたとき、ここら一帯をどういう勢力が治めていたのかを見ておきます。
安房の国は四つのエリアから成り立っています。平郡、長狭、安房、朝夷です。安西景連が安房をおさめ、麻呂信俊が朝夷を、神余光弘が残りのふたつのエリアを治める格好です。だからまあ、神余がここらへんのナンバーワンという感じでした。
(安房の国に安房があるのが紛らわしいね。まあ、千葉県に千葉市があるようなもんでしょう。)
ですが、神余は玉梓という悪女に引っかかって、酒びたりのダメダメな日々をすごしています。玉梓に賄賂をおくったものは出世し、罪があるものも賞せられるといったあんばいで、実に政治が乱れています。おかげで有能な家来はあきれて出ていき、ずるい奴ばっかりが残ってはびこりました。なかでも一番ずるくて悪い奴が、山下定包という男です。上っ面のハンサムさと口のうまさから定包はなかなか評価されており、玉梓にもドシドシ贈り物をしたので(それどころか実はもうデキてました)、ついに第一の家臣として神余に重用されるようになりました。もはや、権力のほとんどを定包と玉梓が握っているようなもんです。自分たちの遊ぶ金のために、税金をむちゃくちゃ取り立てたりもします。自分たちにたてつく人を、罪もないのに死刑にしたりもします。定包の乗る白い馬を見かけると、人々は白い人食い馬が来た、とヒソヒソささやいたといいます。
民の中には、定包の悪行を許しかねて義憤に燃える者が何人かおり、ついに暗殺の計画が立ち上がりました。杣木朴平と、須崎の無垢三というコンビが首謀者です。定包は時々お忍びで遊山することがあり、そのチャンスを狙ってやっつけようということになりました。ですが、壁に耳あり障子に目あり、この計画はいつの間にか定包にバレてしまいます。
定包はさっそくその二人をパクろうとしますが、ふと思いついたことがあって、そのままやらせようと思うのでした。ある日、神余光弘が玉梓にヒザまくらをさせてウトウトしているときに、
定包「神余さま、たまには外出などしないと健康に悪うございます。狩にでも出てみてはいかがでしょう」
玉梓「あらステキ」
神余「うーん、そうだね。ナイスアドバイスだね。やってみようか…」
定包「それと、変装して外出したほうがよいでしょう。殿様だとわかると、民がかしこまって仕事の邪魔になってしまいますからな。こういうところを気遣うのが仁君というものです」
神余「お前はかしこいなー」
まあ、つまり、定包は、自分を狙う輩に、自分ではなくなんと神余光弘その人を暗殺させてしまおうと目論んだのでした。これはひどいね。
不幸なことに、この計画はうまくいきました。それとなく村長たちに「どこそこに定包が外出する」という情報をリークしておいてから、白い馬に乗った神余をまんまとそこに送り込んだのでした。(神余の馬が調子が悪くなるようにしておき、定包はさりげなく自分の馬を神余に貸したというわけ。)
馬を取り替える羽目になったことに不吉なものを感じた者たちもいました。近臣の那古七郎と天津兵内が「今日の狩はほどほどでやめるほうがいいですよ」といさめたのですが、神余は聞き入れませんでした。ふたりの不吉な予感はあたってしまい、ついに、待ち伏せしていた朴平と無垢三は、定包と思い込んだその相手に矢を打ち込みました。ひとつは胸に、ひとつは喉に。神余はあえなく絶命します。
すぐさま二人は従者に追われはじめます。それらのうちの十数人(天津を含む)を弓矢で撃退しますが、ついに矢は尽き、無垢三は那古七郎に斬り殺されます。朴平はその七郎の腕を斬りおとして倒しましたが、その後別の雑兵に腿を射抜かれて、半死半生で捕らえられます。その前におごそかに立ちはだかったのは、他ならぬ山下定包です。
定包「殿を殺した逆賊め、覚悟せよ」
朴平「あ… あ… おのれ定包!」
かわいそうに朴平は、捕らえられてすぐに獄死してしまいました。また、朴平と無垢三の仲間とみなされた(つまり定包が普段から気に入らない)人々もまた捕まって死刑になりました。
定包は今回の件で、一番の手柄です。ほかの家臣たちはビビってろくに声もあげません。定包は皆を会議室にあつめ、
定包「さて、急ぎ、世継ぎを立てなければいけないよね。神余様にはお子もいないよね。安西や麻呂にも、養子にくれるような余分な男子はいないよね。どうすればいいと思うかね?」
みんな「山下さまがやるのがいいとおもいます…」
定包「うーん、そこまで言われては仕方ないから、ほかにふさわしい世継ぎが見つかるまで、僕が仮に領地を治めることにするよ。野心はないんだよ。それでもみんなが頼むんじゃ仕方がないよね。野心はないんだよ、ほんとだよ(ニヤニヤ)」
みんな「ば、ばんざーい…」
もちろん「仮に」なんてのは方便で、いよいよそれから玉梓といっしょに政治を私物化して贅沢放題のやりたい放題、ここら一帯は定包の思うがままになってしまったのでした。
定包は、となりの領地の安西と麻呂にも使いをよこします。「思いがけず平郡と長狭の領主になった山下です。挨拶したいのですが、こちらからうかがいましょうか、そちらから来ていただきましょうか。ここらへんは、お互いの身分を考えて決めることかと思いますが…」
なめくさった使いに、安西、麻呂ともムカつきます。攻め込んでやろうかとも思いますが、なかなか調子の上がっている相手のようで、正直ちょっと怖い。どうしてやろうか…
といった感じのときに、里見義実が安西の領地である安房の白浜に流れ着いたという知らせが入ってきたのです。