3. 義実、安西景連に邪魔がられる
■義実、安西景連に邪魔がられる
里見義実が安西景連を訪ねてきたとき、ちょうど、山下定包をどうしようか、というミーティングを麻呂信時と行っているところでした。
麻呂「なんか面倒そうな奴が来たなあ。結城合戦で全滅したっていう、里見の生き残りだろ? 幕府を敵にまわしてる立場なんだろ? おめおめと逃亡して挙句にこんなところに流れ着くとかさ、正直、迷惑なんだよな」
安西「まあ、それはそうだけど、それなりには戦慣れしてる奴だろうからさあ、ことと次第によっては、定包と戦するときの鉄砲玉に使うとか、どうだろう」
麻呂「それもアリだね。一応、会ってみるか」
さて、義実一行は、一時間くらい待たされたあげく、もったいぶって安西の客間に案内されました。通路の途中は、捕縛用の縄をもった奴や、弓をひきしぼった奴や、槍をかまえた奴がうようよと並んで、義実たちを威嚇しています。
義実「平和なところだと思っていたけど、ずいぶん物々しいね」
杉倉・堀内「我々三人ぽっちを相手に、たいそうなごちそうでのおもてなしですな」
やがて安西と麻呂の待つ幕の中に入り、義実は物怖じすることなく挨拶します。「結城の敗将、里見義実、父の遺言でここまで来ました。なにかお手伝いできることはないッスか」
麻呂「(思ったよりずっと若造だな、上手に出てやろう)おいこら、安房は室町の幕府から独立して平和にやっているのだぞ。なんで幕府と管領にたてついた罪人がこんなところに迷い込んできた。迷惑だから出て行ってくれ」
義実にっこり。「あなた様が麻呂どのですね。ここらでも旧家のひとつですな。足利持氏様がいたころはここら全体にも大きなご恩があったはずですが、今はそれほどでもないようッスね。我らは結城でがんばってきましたよ。あなたがたは、何スか、怖いんスか? 大体、俺ら三人相手に、何この武装?」
麻呂、顔真っ赤。
安西「いやー私は知らなかったよ、君たちを脅すつもりはなかったんだけどな。みんな、何大げさなことしてんの。大したことじゃないんだからほら散った散った」
麻呂「(うわ、ずるい…)おい、おれはまだ納得してないぞ。わざわざ縁もゆかりもない安房の国に来たのはなんでだよ。お前は源氏なんだから、ほかにも行くとこあるだろう」
杉倉・堀内「お前らなめんなよ、源頼朝だって、敗けたあとに安房から再スタートしたんじゃねえか。なんとなく逃げ回ってここに来たんじゃねえんだよ、知っててやってんだよ」
義実「ふたりとも無礼はやめろ、源頼朝とか、オレはそんなんじゃないから」
安西「あっはっは、いくらなんでも源頼朝はないでしょう。この人、ただの落ち武者じゃないですか。家来のお二方、威張るのはやめて、ふつうにしおらしくしていれば、ウチに仕えさせてあげるのに」
義実「(にやり)いやー、杉倉も堀内も、あなたたちみたいなダメな主君には仕えたくないと思いますよ。巷のウワサを耳にしてもなんとも思わないような主君ではねえ」
安西「なんだとキサマ。なんのウワサだ」
義実「山下定包とかいう悪いやつが神余を暗殺し、まんまと後釜におさまって国主ヅラしているっていうじゃないですか。そんな奴にナメられて、それでお二人とも平気っていうんですからねえ、民にも悪いウワサが立ちますよ。我々は定包を倒すのを手伝おうと思って来たんですけど、あなた達みたいなフヌケな人では仕方がなかったですね。さようならー」スタスタ
麻呂「ちょっとまて、フヌケかどうか、確かめてみるか!」刀に手をやる。
安西「やめろやめろ! 義実くん、すまなかったな、ちょっと君を試してみただけなんだよ。キミは合格だ、我らの陣に加わってくれ。君に授ける軍令はこれだ。『君たちだけの力で定包を討ってこい』。そむいたら軍令違反となるわけだが、どうする、受けるかい。定包をやっつけたら、彼の領地はキミのものにすればいいよ」
義実「やりますよ」
安西「よしよし、それではまず鯉を釣ってくるのだ」
義実「?」
安西「わが家では、出陣の門出に鯉を供えることになっている。これは絶対に省略してはいけない。だから鯉を釣ってここに持ってくるように。締め切りは三日間な」
義実「わかりました」
杉倉・堀内「うちの大将に魚釣りをさせるだと!! 無礼にもほどがあるぞ!!」
安西「文句あんのか、やらなきゃ軍令違反だぞ」
義実「お前ら謝れ、俺がやるって言ってるんだから」
義実たちが退去してから…
麻呂「なんのつもりだ安西、あの場で殺せばよかったじゃないか」
安西「あそこで殺し合いをしたら被害が大きかっただろ。それよりも、軍令違反で処刑するほうが、恨みっこなしだし、理に適っているじゃないか。知ってるか、安房の国には鯉はいないんだよ。あいつらは絶対に鯉を釣れない。だから死刑は免れない」
麻呂「なるへそ… 変にヤケになって、かえって定包の味方なんかになられるより、ずっといい。お前は策士だな」
一方、義実たち
義実「さあ鯉を釣るぞー」
杉倉・堀内「どう見たって、あいつらあてにできない奴らですよ。逃げましょうよ」
義実「それは俺も分かってるんだけど、どこに逃げたって同じようなものかもしれないだろ。まあ、やってみるさ。鯉ってのは竜の化ける前の姿だっていうし、これも結構ラッキーアイテムだと思うんだよ」