4. 義実、金碗を味方にして好スタート
■義実、金碗を味方にして好スタート
里見義実と二人の従者は、安西の「軍令」に従って、そこらへんの川や池を探し歩いては鯉を釣ろうとしています。でもこれは安西のワナで、安房の一帯にそもそも鯉はいないのでした。フナやらエビやらは釣れるのに、鯉だけはちっとも釣れません。約束の三日間はむなしく過ぎていこうとしています。さすがにちょっと焦ってきました。
さて、三人がこんなふうに釣りをしていると、乞食がひとり、歌いながら近づいてきました。服はぼろぼろ、体中はカサブタだらけのみずぼらしい格好です。膿のにおいがひどく、三人は顔をしかめます。
乞食「キミら、さっきから釣った魚をみんな逃がしてるよね。何を釣りたいの」
杉倉「鯉だよ。ほかのはいらないんだ」
乞食「鯉? キミら大丈夫? 安房の国に鯉はいないんだぜ」
腹をかかえて乞食は笑います。「ヒーヒー、こりゃおかしい」
義実「そうだったのか。ありがとう。釣れないわけだ。オレはまんまと安西にだまされるところだったよ。鯉はラッキーアイテムとかほざいていた自分が恥ずかしいなあ」
乞食「まあ落ち込むな。国によって鯉はいたりいなかったりするんだよ。鯉の居場所は国の大きさによらないんだ。たとえば、里見の御曹司がこの安房に居場所がないように…(キラーン)」
義実「むむっ、こいつ、ただの乞食じゃない」
乞食「ここは人目につきます、どうぞこちらへ…」
物陰に入ると、乞食はボロを脱いで義実に平伏します。「わたしは神余の家臣であった金碗八郎孝吉というもの。定包を重用して政治がみだれるのを見かね、必死で主君を諌めたものの受け入れられず、やむなく下野して放浪していたのです。」
「五年ほどたって帰ってきてみると、なんと神余様が死んでいる。それどころか話によれば、下手人が杣木朴平と無垢三だという。あれらはもともと父の家来で、正義感のあるいい奴らです。定包にハメられたことは間違いない。マジ悔しいです。わたしは正体を隠すために体に漆を塗って身をやつし、敵討ちのチャンスが来るのを待っていたのです。」
「里見の主従がここらに漂泊してきたというウワサを耳にし、ひたすらここでお待ちしていました。定包を攻めるなら、すぐに旗揚げし、短兵急に一気やるのが一番よろしい。私はまわりの地理に詳しい。どうか使ってください」
義実「なるほど、でも、どうやって兵を集めるのかな。自分はただの流れモンだよ」
金碗「民はしいたげられ尽くして、いまや激オコ状態です。きっかけさえあれば、ゾンビのように集まってきて、定包の肉を食らわんばかりに戦ってくれるでしょう。私に考えがあります。ヒソヒソ…」
杉倉「なるほど名案だ、よろしく頼む。しかし、全身かさぶただらけでは民にお前が金碗だとわかってもらえないぞ」
金碗「これは仕方ないですよ(ボリボリ)」
義実「漆でできたカサブタなら、蟹を潰して塗れば治るはずだよ」
金碗「えっ本当、じゃあやってみる」
やってみると本当に体中の皮膚病が完治しました。ピカピカボディに生まれ変わった金碗は、いよいよ勇んで作戦にかかりました。
作戦:「竹林に放火して、みんながびっくりして集まってきたときに演説をぶつ」
なかなか雑な作戦ですが、うまくいきました。里の人たちは慌てて集まりましたが、単に竹やぶが焼けただけだったので、安心してガヤガヤとしゃべっていました。そこに咳払いをしながら金碗が現れて、
「みんな、オレは神余の家来だった金碗孝吉だ。山下定包をやっつけるチャンスがついに来たぞ。源氏の子孫、里見義実というすごいお方が味方についてくれた」
集まった人「うおー」
義実「やあやあみなさん、こんにちは里見です。こんな落ち武者だけどよろしくお願いします。みんな、武器とか兵糧とかどうしたらいいと思う?」
どっかの村長「まず竹やりで近くの長狭の城を攻め落としましょう。あそこは定包の腹心萎毛酷六がいます。そこで必要な物資を補給すればいい」
義実「グッドアイデアだ」
さっそく実行です。竹やりを持たせて、里の人たちを数えると、150人くらいです。堀内、杉倉、義実の小隊にそれぞれ編成されました。
堀内隊は、金碗を縛ったフリして、東条のボスである酷六がいる城に連行します。「放火犯の金碗ってやつをつかまえたよ! 神余の家来だった男らしいよ! 城に入れて!」
門番「よしよし手柄だ、門をあけてやる」ガラガラ…
サッと飛び出した金碗が、門番の刀をサヤから引き抜いて奪い、それを使って首を切り落とします。堀内も、金碗とともに先鋒をきって斬り進みます。門からはどっと全隊が攻め入ります。おどろいた城兵に戦意はほとんどなく、全員が降参。たちまち東条の城は義実たちの手に落ちました。
義実「酷六は逃げたようだな。あんまり早く定包に知られるのは、準備する時間を与えるから厄介だ。堀内、杉倉、あとを追え」
金碗「それには及びません。わたしが、たった今酷六を討ってきました。これがその首級です」
金碗はこの城に詳しく、どの逃げ道を通るかすぐに見当がつきました。その推測どおり、ガケ沿いの逃げ道を、酷六とその女房子どもがいっしょに逃げていくところを発見しました。そこを追い詰めて酷六を討ち、雑兵はすべて捕らえたのでした。その途中、籠持ちが慌てて転んだときに、女子供を乗せた籠は酷六の目の前でガケに落ちて、全員死んだとのことでした。
義実「つらいなあ。死んだ人たちの中には、仕方なく悪に従っただけの人もいる。私たちはよくよく行いを慎み、悪を成す側には絶対にまわらないぞ」
捕虜は釈放され、手柄を立てたものにはしっかりと褒美が与えられました。また、長狭郡の法度も厳しくないものに改められました。
義実「さあ次は、間髪を入れず定包のいる平郡を攻めるぞ。連れていく兵力は、まあ200騎くらいかな」
杉倉「えっ、それは少なすぎませんか」
義実「だいじょうぶ、残った兵力にはこの城を守らせといて。杉倉が留守番ね」
義実たちの兵隊が行く道中、その人徳を聞きつけて、ぞくぞくと野武士や郷士が合流し、軍勢はすぐに1000騎ほどにふくれあがったのでした。負ける気がしないね!