11. 義実、夢のお告げで富山に向かう
■義実、夢のお告げで富山に向かう
里見義実は、ほんの一言のあやまちから、最愛の娘である伏姫を嫁として八房に与えることになってしまいました。かれらが一緒に入っていった富山という山は、それ以来、義実の命令によって立入禁止となっています。もしも伏姫がだれかに目撃でもされるようなら、どんなに恥ずかしかろうと思ったからです。
また義実は、金碗大輔の消息がまったくわからなくなっていることも心配で仕方がありません。将来は伏姫と結婚させて東条の城主にしようと考えていただけに、伏姫の件とあわせて、心のダメージは二倍です。
心労を負っていたのは義実だけではなく、伏姫の母である五十子夫人も同様です。義実はまだ「仕方がなかった」と自分に言い聞かせてがんばっていますが、五十子夫人は伏姫のことでひたすら悲しみ続けています。食事もろくにノドをとおりませんから、やせ衰えていく一方です。五十子夫人はこっそり富山の入口までいき、奥地まではとても行かれないものの、どこかで伏姫に会うことはないかと、あてもなくフラフラ歩き回るということもありました。そしてついには、病気で寝込んでしまいました。
義実「どうだ、調子は。医者によると、しばらく静養すれば治るそうだぞ」
五十子「いいえ、自分にはわかります。このままでは長くはもたないでしょう」
義実「しっかりしようよ」
五十子「伏姫が今も無事なのかどうか、それだけが知りたいわ。姫を訪ねるのさえ禁止とは、ひどすぎます」
義実「わかった、なんとかするから」
義実は悩み、息子の義成にも相談してみます。
義成「ぼくが姉上の様子をたずねに行ってきますよ」
義実「そうもいかない。輝武がどうなったか知っているだろう。おまえはこの安房の領主の跡継ぎなのだから、万一のことがあってはいけないだろう」
義実は床についても、ああしてはどうか、こうしてはどうかと考え、なかなか眠ることができません。…ふと気づくと、なぜか義実は富山の中にいて、輝武がおぼれた、例の谷川のほとりに立っています。さらに近くには、なぞめいた老人が立っています。
老人「この川の向こうに渡るのは、直接は無理じゃが、ちょっと回り道をすればいいんじゃ。分かりにくい道じゃから、わたしが目印をつけておいたぞ」
義実「おお、サンキュー…」
義実は目がさめました。「なんだ夢かよ」
次の日の昼、東条の城をまかせている堀内が、義実のいる滝田におもいがけなく訪ねてきました。
義実「んー、どうしたんだ。遊びにきてくれたのかな。奥さんの見舞いにでも?」
堀内「ご冗談を、義実様が私を呼んだのではないですか」
義実「え、呼んでないよ」
堀内「手紙を受け取りましたぞ。『極秘で富山にいく 今夜すぐに出よ』って」
義実「そんな手紙出してないってば」
堀内「ある老人から受け取ったのです」
義実「老人!?」
ともかく、その手紙というのを見せてもらいました。堀内が言ったような内容は書いてありません。かわりにこう記されています。
『 如 是 畜 生 発 菩 提 心 』
義実「なんだこれは」
堀内「あれえっ」
義実「この文字、見たことがあるぞ。老人といったな。どんな老人だったんだ」
堀内に手紙を渡したという老人のことをくわしく聞いてみると、義実が夢でみた老人と同じ人物のようだとわかりました。
義実「わかった、伏姫の会ったという老人と同じだ。役行者だ。伏姫がここを出てからもう二年。姫と再会のときが来た、そう私に伝えようとしているんだな」
義実は、明日の早朝に堀内を連れて富山に行くことにしました。お供には、できるだけ口が堅そうなやつらを14、5人選びました。義成にはこのことをこっそり伝えて留守番を命じ、五十子夫人にはまだ何も言わないことに決めました。
義実「ゴシップがイヤなのだ。人々は、夢を手がかりに私が伏姫に会ったら会ったでオカルト事件にするし、会えなかったら会えなかったで『まぬけ』とか言うだろうからな」
行先は、城の人たちには「富山の近くの、大山寺ってところに行ってくるね」と伝えておいて、いよいよ富山の奥地、伏姫(と八房)のいるところ目指して出発です。馬を飛ばしまくりましたので、その日のうちに富山につきました。
山に登る途中、義実は、夢で見たのとそっくりの場所を見つけました。よく見るとここから横道が出ており、木の枝々にはポストイットのふせんが貼ってあります。
義実「こっちだ」
トゲのある細い枝をかき分け、落ちてくるヒルを避けながら、クネクネとして細い道を進んでいくと、老人の言った通り、いつの間にか二人は「例の谷川の向こう」に立っていました。