里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

12. 伏姫、ふしぎな子供に会う

前:11. 義実、夢のお告げで富山に向かう

伏姫(ふせひめ)、ふしぎな子供に会う

伏姫(ふせひめ)八房(やつふさ)の嫁となって富山(とやま)の奥地についたところに、場面を少し戻しましょう。

山の奥には、洞穴を利用して作った、なかなか立派な石窟がありました。ちょっとボロくなっていますが、座るためのゴザもあります。火を使ったとみられる跡もありました。

伏姫「私のほかにも、ここに山ごもりをするような人がいるのね」

その夜はそこに座って、月の明かりのもとで一晩中お経を唱えました。家を出るとき、法華経(ほけきょう)を全八巻持ってきたのです。例の数珠も首にずっとかけたままです。八房が「あらぬこと」をしようとしたら、すぐさま懐の小刀で刺し殺し、自分も死ぬという覚悟です。この覚悟が伝わっているのでしょうか、八房は伏姫のそばに静かに座り、姫の横顔をほれぼれと眺め、せいぜいヨダレを垂らすのみです。

夜があけると、八房は洞窟の外に飛び出し、木の実や山菜を集めてきて、姫の前に差し出しました。こんな暮らしが、その後も100日ほど続けられました。伏姫が一日として読経をサボることはありません。

このころになると、八房の様子がすこし変わってきました。姫の読経(どきょう)に耳を澄ますようになったのです。まるで経の内容がわかるかのようです。そして、伏姫に向けられていた情欲は次第になくなっていったようでした。伏姫は、生きとし生けるものはすべて成仏するものなのだ、犬でさえ煩悩(ぼんのう)を離れることができるのだということを目の当たりにして感動し、その後もずっと読経や写経を続けました。

冬が過ぎ、春になりました。伏姫は、いつものとおり、谷川の近くの水たまりまで、(すずり)に入れる水を取りに出ました。そこに映った自分の姿にふと気づき、飛びのいて短い悲鳴をあげました。体は人間ですが、顔は犬になっているのです。おそるおそる、もう一度確かめてみるのですが、今度は人間の顔です。姫はひたすら神仏を拝みましたが、不安は消えません。

このころから、伏姫には月経がこなくなりました。そして、腹がだんだん大きくなってきます。伏姫は恐怖し、そして「帰りたい」とつぶやいて泣きました。そしてまた当初の心を思い出して「わたしは親に迷惑をかけないためにこの暮らしを選んだのだ。帰るところはない」と自分に言い聞かせるのでした。

ある日、伏姫は洞窟の近くで笛の音を聞きました。今まで、こんなところに人が来たことはありません。こわごわ外に出て確かめると、黒い牛に乗った子供が草笛を吹いていました。ずいぶんこのあたりに慣れた感じです。

伏姫「何をしているの」
子供「薬草を取りにきたんだ。師匠のおつかいでね」
伏姫「ここで人を見るのははじめてだわ。私のことを知っているの」
子供「知ってるよ。きみの父親は、この山一帯を立入禁止にしたんだ。だから誰も来ないはずだよね」
伏姫「立入禁止?」
子供「きみを追いかけようとしたやつが、川でおぼれて死んだんだ」
伏姫「それは気の毒なことをしたわ。立入禁止では、仕事ができなくなる人だっているでしょうに」

伏姫は自分のせいで迷惑をかけている人のことを思って涙ぐみました。

伏姫「そうだ、あなたのお師匠はお医者なのかしら。ちょっと聞きたいの」
子供「うん」
伏姫「月のものが来なくなって、おなかが大きくなって、なんだか気分が悪いの。これはどういう病気なのかしら」
子供「簡単さ、妊娠だ。5カ月くらいなんじゃないかな」

伏姫は血の気が引く気持がします。

伏姫「妊娠なんかするもんですか。心当たりになるようなことはしてないわ」
子供「八房(やつふさ)は夫なんだろ」
伏姫「ばか! 
子供「ははは。子ができるのは、体の交わりだけじゃない。ようは陰陽(いんよう)相感(そうかん)の問題だ。でも子はできるのさ」
伏姫「…」
子供「八房はきみを愛している。そしてきみは、八房が経に帰依できることを、自分のことのように感動した。ここに陰陽(いんよう)相感(そうかん)が起こった」
伏姫「…」
子供「生まれる子供は、たぶん八つ子だと思うよ。房が、巻の法華経を聞いたのだから。でも、気の交わりでできた子には、実体はない。その子たちは、ことになる」
伏姫「…」
子供「もともと、八房は、ある恨みをもった女の生まれ変わりだったんだ。でも、その恨みは、霊が菩提心を起こしたことで、散ってなくなってしまった。きみは。八人の子供たちは、のちに里見を助けるヒーローになるんだよ。君がその子たちの母になるんだ。」
子供「あと、子供が生まれるときは、お父さんとダンナさんに会うこともできるよ」

伏姫「私にはわけがわからないわ。もっと分かるような話はできないの?」
子供「まあ、すべてヒントだと思っておいてよ。天運ってのは、ネタバレ禁止なものなんだ。じゃあね」

牛に乗った不思議な子供は、さっと谷川に降りると、すぐに姿が見えなくなってしまいました。


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