42. 額蔵、拷問に耐える
■額蔵、拷問に耐える
信乃・現八・小文吾は、矠平の家が見えないくらいまで遠ざかると、道の途中の切り株に腰かけました。
信乃「自分は額蔵を助けにいこうと思う。大塚一家のカタキを討ってくれた額蔵だ。生死をともにする約束をした自分が、彼の危機を放っておけるはずがない。今のところ策はないんだけど、それならそれで、一緒に死ぬだけだ」
現八・小文吾「おいおい、俺たちも今は犬川どの(額蔵)の義兄弟だからな。信乃だけにやらせてはおかないよ。三人の知恵と力をあわせるときだ」
信乃「ありがとう。犬田どの、あなただけは市川と行徳に戻って、残してきたみんなに事情を説明してきてくれないか」
小文吾「俺もそうすべきかと思ったんだけど、今回はそんな時間はないよ。行って戻ってくる間に、取り返しのつかないことになっていないとも限らない。俺もここで協力するぞ。俺が唯一、大塚でも許我でも面が割れてない。だから、城の中を偵察するのに役立てるじゃないか」
小文吾は、さっき道で拾ったというハサミを二人に見せました。
小文吾「さっきこのハサミを拾ったんだけど、これが占うところを考えてみた。ハサミは、前に進んでこそ役に立つものだ。後ろに下がってはだめだ」
信乃「なるほど…」
小文吾「城に潜入するには、さしあたり商人のフリをするのがいいと思うんだ。せっかくハサミがあるんだから、だれか、俺の前髪を刈り上げてくれよ」
現八「よし、サッパリさせてやろう。(ジョキジョキ)うん、男前が上がったぞ」
こんなわけで三人は大塚に近い滝野川に行き、泊めてくれるお寺を探して、そこを仮の拠点にしました。宿泊台帳には偽名を書きました。そして、まず信乃と現八が、深夜のうちに忍び出て、大塚の里に向かいました。(小文吾は留守番)
まず二人が訪ねたのは、村長の屋敷です。あんな事件がありましたから、もう誰もいる気配がありません。その中で糠助(現八の実父)の部屋を見つけ、現八は懐かしさと悲しさで涙を流しました。次に、番作と手束の墓、蟇六と亀篠の墓、糠助の墓、額蔵の母が眠る行婦の塚を順に訪ねて墓参りをしました。どの墓にも花が絶やされていませんでした。
翌朝になると、今度は現八と小文吾の組で大塚に行き、同じように墓参りツアーをしました。(この二人は、大塚でまだ知られていませんから安全です。)小文吾はここで麻と木綿とフロシキを買い、商人の恰好をする準備も整えました。
二人は、糠助の墓をまもる住職と雑談して、ちょっと多めのお布施をしてから、城に入って商売をしたいと相談しました。住職は城にいる知り合いを紹介してくれました。
小文吾「よっしゃ、城に出入りするコネをゲットしたぜ」
小文吾はその日から毎日大塚の城に出入りして、麻と木綿を超安く売り歩きながら、いろいろと情報を集めました。(ちなみに、もうかったお金は、泊まっているお寺にすべて喜捨しました)
やがて寺を出ると、三人は滝に打たれて、作戦の成功を神仏に祈願しました…
さて、話は、逮捕されたあとの額蔵と背介のことに移ります。
大塚の城主、大石兵衛尉は、陣代の弟である簸上社平から告訴状を受け取りました。内容は、軍木五倍二の都合のいいように書かれた、額蔵と犬塚信乃を一方的に悪者にする内容のものでした。
この件を裁く陣代として派遣されたのは、丁田町進です。町進もまた、五倍二の証言を全面的に信じました。(五倍二にワイロももらっていました)
町進「じゃあ、まあ、額蔵たちを尋問して、話のウラをとろう。そしたら決まりだ」
そんなわけで、額蔵と背介の尋問がはじまりました。
町進「訴状によるとこうこうこういうことなんだけど、間違いないか」
額蔵「ちがいます。私の証言は別にお聞きかと思いますが、それの通りです。私は法で許された敵討ちをしたのみです」
町進「調べた事実と、五倍二の証言はほとんど一致しているのだぞ。お前はウソをいっているのだろう」
額蔵「軍木どのがウソを言っているとは考えないのですか。彼は、自分の恥を隠すために都合のいいことを言ったのでしょう。私の証言を支持してくれる者はたくさんいます。村長の使用人も、ここにいる背介さんも」
町進「なるほど、じゃあ背介、お前に聞こう。どうなんだ」
背介は、牢屋に入れられて衰弱しており、また恐怖もあって、全く口をきくことができません。プルプル首を上下させるだけです。
町進「荘官たちを殺したのは、(簸上)宮六か、額蔵か。額蔵か? 額蔵なのだろう」
背介はあいかわらず、首をプルプル上下させています。
町進「なるほど、額蔵だってさ。ほら、どうだ」
額蔵「ずるい!」
町進「うるさい、あとは拷問で口を割らせてやるぞ。そいつをムチ打て」
額蔵は押し伏せられ、百回ほどムチ打たれました。皮と肉が破れ、痛みのために額蔵は気絶しました。そこに今度は水をぶっかけられ、無理に目を覚まされます。
原告席にいる軍手五倍二と同僚の菴八は、満足げに顔を見合わせます。
町進「背介も打て。口をきかせろ」
背介は、十回ほどムチ打たれただけで、叫ぶ声も小さくなっていき、ほぼ虫の息になりました。気つけ薬を飲ませてみても回復しません。
この日の尋問はここで終了し、ふたりは牢屋に戻されました。しかし背介はそのまま回復せず、翌朝死んでいる姿が見つかりました。不思議なことに、額蔵のほうは、あれだけ痛めつけたのにそれほど弱っていません。五倍二は町進にさらにワイロを積みました。
町進「さあ、今日の尋問は、まず筆跡判定からだ。額蔵よ、この紙に『サモジロー、浜路』と書いてみろ」
額蔵はサラサラと書いて見せます。
町進「よろしい。円塚山で発見された謎の書き置きは、お前の筆跡であったと判断する。この文書は、お前と犬塚信乃が浜路をさらったのを隠すため、捜査をカクランするために書いたものだ」
額蔵「あそこに書いたことは、みんな事実ですってば」
町進「ウソは言わせんぞ。ものども、こいつの骨をひしげ」
額蔵は昨日と違う、なんか痛そうな拷問具にしばりつけられ、気絶するまで水を注ぎかけられました。
翌日も、その翌日も、陣代は、ますます激しい拷問を試みましたが、額蔵はもとの証言を全くひるがえしません。そして翌日にはケロっとして元気になっているのです。この秘密は、額蔵が持っている「玉」にありました。犬山道節の肩から飛び出して自分の手に入った「忠」の玉を、額蔵は見つからないように口の中や耳の中にいつも隠しています。牢屋に帰ってから、これを傷に近づけると、たちまち完治してしまうのでした。
町進は、気味がわるくなりました。
町進「これはたぶん幻術の類だ。やっぱりあいつが罪人なんだよ。こわいもん。なるべく早いうちに死刑にしないと、何があるかわからん」
こんなわけで、結局、額蔵の死刑が決まってしまいました。執行は庚申塚で行うと決められました。執行者は、額蔵に恨みをもつ、軍木五倍二と簸上社平が任命されました。仕返しをしたかろうという、町進の計らいです。