43. 矠平とふたりの息子
■矠平とふたりの息子
陣代・丁田町進は、菴八をつかわして、大塚の長老たちに今回の判決を通達しました。
菴八「額蔵は死刑と決まったからね。執行は明日な。犬塚信乃も共犯なので、ひきつづき彼も指名手配だよ」
長老のひとり「あの…額蔵さんは敵討ちをしただけじゃないのですか。みんなそう言ってますよ。あと、信乃さんは事件当時にもう旅に出ていたんですから、犯行をしたはずがないと思うんですが」
別の長老「犬塚信乃さんは立派な人でした。わたしたちは、彼を次の村長として迎えたいと思っているくらいなんですが。再審のチャンスはないのですか」
菴八「お前ら、お上にたてつくつもりか。証拠も証言もあがっているのだぞ。判決は絶対にくつがえらん。お前らも額蔵たちと共謀扱いされたいのか」
一喝されて、長老たちはシュンと静まり返ってしまいました。
あとでこれを聞いた里の人たちは当局の非法に怒り、鎌倉に控訴すべきだという声も少なからずあがりました。しかし、結局は「長いものには巻かれろ」ということで、あきらめてしまいました。
次の日がきました。額蔵は、手足をきつく縛られて、庚申塚に護送されました。30人の護衛兵がつきました。(陣代が、警備をできるだけ厳重にするよう指示していたのです。相手は幻術使いですからね。)刑の執行をまかされた軍木五倍二と簸上社平、ならびに監督の卒川菴八は、晴れがましい正装でこの場にのぞみます。なかでも社平が腰に帯びる脇差は、桐一文字という名刀です。(思い出した人もいるでしょうが、これは額蔵が亀篠から預かって持っていたものです。社平がこっそりパクったんですね)
いつもは刑場に見物人が来ることを許すのですが、今回は一般立入禁止です。村人たちが今回の死刑に強い反感をもっていることを当局も察知していますから、よけいな刺激をしたくないのです。それでも村人たちは、遠くからこの刑場を眺められるところを探して、悲しみにくれながら成り行きを見守っています。
菴八が、額蔵の罪状と死刑の理由を述べる文書を読み上げました。それに額蔵はチャチャを入れます。
額蔵「良民を殺して、これを法律だという。忠義の行いを罪と呼ぶ。こんなことをしていれば、民は怒りに立ち上がり、すぐにお前たちの権力は滅びるぞ。おぼえておけ」
菴八「うるさい。へらず口もここまでだぞ。覚悟しろよ」
五倍二と社平は、さっきから待ち切れずに、舞台裏で、竹槍を突き立てる練習に余念がありません。「わき腹を、こう! わき腹を、こう!(シュッシュッ)」
そして本番。ついに仕返しのときがきたのです。
五倍二「左右から同時にブスッとな。せえの、でやろうな」
社平「わかった、いくぞ… せえの!」
ピューン、という音がして、二人の肩先に、かぶら矢が突き立ちました。五倍二と社平はあっと叫んで槍を落としました。
菴八「なんだ、どうした。賊が出たのか。者ども、あっちだ。いや、あっちからもだ」
東西から矢が次々と繰り出され、護衛たちは混乱しました。やがて弓を竹槍に持ち替えると、草むらから二人の男がスックと立ち上がります。
信乃「やあやあ、悪の役人どもめ。額蔵に何の罪がある。私怨をもって忠義の男を押しつぶすことは許されぬ。われら額蔵の同盟が、天にかわってお前らを成敗する。犬塚信乃戍孝、ここにあり!」
現八「やあやあ以下同文、犬飼現八信道、ここにあり!」
菴八「ええい、やつらの矢は尽きた。囲んで押しつぶせ!」
どっと兵が信乃と現八にむらがりますが、二人にとってはものの数ではありません。次々と兵がなぎ倒されていきます。
菴八「ちきしょう。今のうちに、俺が額蔵を殺してやる」
菴八が竹槍を拾って構えようとすると、後ろから「待て」と呼び止められました。振り返ると、さっきの二人にまさる大男が竹槍を構えて立っています。
小文吾「犬塚・犬飼の義兄弟、犬田小文吾悌順も、ここにあり~」
武芸は菴八よりも小文吾がまさります。少しの間竹槍で応戦しますが、やがて群がってきた護衛たちに任せて菴八は逃げ始めます。小文吾は難なく護衛を蹴散らしながら一直線に菴八を追い、やがて数か所の深手を負わせて倒してしまいました。
信乃は、五倍二と対峙しました。五倍二は肩の矢を引き抜き、刀を構えなおして、曲者を倒さんと信乃に走りかかります。
信乃「望むカタキだ。逃がしはしないぞ」
信乃は竹槍を操って、五倍二の刀をカラリと巻き落とします。それにひるんで背中を向けたところを、一突きに貫きました。そのまま腹這いに倒れたところをさらに地面に縫いとめて、
信乃「今こそ知ったか、伯母の恨み」
と、脇差をひらめかして首を落としました。
現八の相手は社平ですが、隣で五倍二が殺されたのに震えあがって、もはや戦意はありません。そこをあえなく突き殺されました。これで、菴八、五倍二、社平がすべて三犬士に倒されたことになります。残りの雑魚は、クモの子を散らすように逃げてしまいました。
信乃は額蔵の縄を解きます。また、現八と小文吾もそこに集います。
信乃「危ないところだった。あれから自分の身に起こったことは、とても簡単には言い尽くせないが、ともかくこの二人を紹介するよ。我々と同じ『玉』と『アザ』の持ち主、犬飼現八と犬田小文吾だ。現八は、あの糠助さんの息子なんだぞ」
額蔵「(涙)信乃さま! …わたしは幸せ者だ! たくさんの豪傑たちに、こんなに大事に思ってもらえるなんて。命を捨ててお礼をしたとしても、なお足りない」
小文吾「なあに、そもそも奴らには犬川どのを傷つけられないさ。天の助けがあるからな。俺たちも、天の代わりを務めたまでだよ。話したいことはたくさんあるが、まずは急いでこの大塚を出よう。河を渡って隣の郡に逃げれば、簡単には追ってこれないはずだ」
四人が移動を始めてすぐに、新手の兵たちが鉄砲をもって追ってきました。彼らが鉄砲に弾をこめて構えると、突如として暗雲が巻き起こり、夕立のような雨が兵士の上に降り注ぎました。火薬が湿って、鉄砲は使えなくなりました。さらに雷鳴がとどろくと、何人かの上にイナズマが落ち、全員が死ぬか気絶するかしました。
現八「すげえな… これも神の助け、なのかな」
やがて河のほとりにたどり着きましたが、前もって領主の命令があったのでしょう、いつもはいるはずの渡し船が、今日にかぎって一艘もありません。川上や川下も探してみましたが、向こうにわたる手段は見つかりません。
そうしている間に、今度は陣代の丁田町進自身が、150人近くの手勢を連れて迫ってきました。
信乃「あれだけの数は、ちょっと抑えきれないな… どうも、私たちの武運はこれまでのようだぞ。せめて真っ向から突破して、陣代だけでも討ち止めてやろう…」
現八・小文吾・額蔵「われら、死すべき日は同じと誓った仲。望むところだ!」
覚悟を決めた四人に、不意に、水の上から呼ぶ声がします。
矠平「みんな、乗りなさい!」
矠平が舟をつけてくれたのです。間一髪、四人が乗って、岸から離れたころに、町進たちがそこに着きました。「舟をもどせ!」と叫ぶ声にも矠平は平然として応じません。
矠平「ほらみなさん、この笠をかぶって。矢が来ますからね」
信乃「助かりました、矠平さん! いったいどうして、我々がここにいるとわかったんです」
矠平「信濃に行くと口では言っていましたが、あなたたちの目の色を見ていて、絶対に額蔵さんを放ってはおかないだろうなと分かりましたよ。失礼ながら、あとを着けさせてもらって、額蔵さん救出の計画を立てていることを確認しました。あとは、ちょっと考えれば、城には入らずに刑場での奪還を考えるだろうこと、また、河を渡って逃げようとすることまで推測できましたよ」
四人の犬士は、矠平の読みの正確さと勇気に感嘆しました。
向こう岸に四人をおろすと、矠平は再び川の中央に戻っていきました。
町進は、このままでは自分の責任問題になりますから必死です。河の浅瀬を見つけると、馬にのってそこをソロソロと渡り始めました。そこに矠平は矢を射かけて、向こうに渡すまいと妨害します。
さらに、二人の若者が川の中から上がってきて、町進たちに奇襲を仕掛けました。ひとりは大きな熊手を持っており、それで町進を馬から引き落とすと、すかさず首を切ってやっつけました。もうひとりは長槍を持ち、まわりの兵士を片端から突き伏せていきます。
小文吾「あれは?」
矠平「あれが、前にいった私の息子たちです。力二郎、尺八、どちらも強いですぞ。管領たちは豊嶋と練馬のカタキ。私の計画に二人とも賛成してくれて、手伝ってくれているのです。さあ、あなたがた、早くお逃げなさい」
信乃「あなたたちを放っておけるはずがない。舟をもう一度、こちらにつけてくれ。私達を向こう岸に渡してくれ」
矠平「たとえ全員で戦っても、この軍勢は抑えきれません。私たちは、あなたたちのような豪傑に未来を託して死ぬために来たんですぞ。逃げてください。あと、ついでに、荒芽山の音音に手紙も渡してくださいね! さらば」
矠平は、敵に舟を奪われないようにするため、舟の底を抜いて水を入れ、やがて舟ごと沈んでしまいました。
信乃「くっ… みんな、逃げるぞ! 彼らの死を無駄にしてはいけない」
四人は、涙をこらえて走りました。矠平・力二郎・尺八の三人の勇士がどうなったかを見極めることはできませんでした。
信乃「行こう、荒芽山に」