44. マジカル頭脳パワー
■マジカル頭脳パワー
信乃たち四人の犬士は、上野・信濃路を目指して、夜通し、ヤミクモに走り続けました。やがて山道に迷い込みましたが、それでもがんばって登っていくと、頂上に着くと同時に夜が明けました。
信乃「ここはどこだ。我々が登ったこの山は、どの山だろう」
額蔵「神社があそこにありますね。ボロボロですが。雷電神社、と書かれていますよ」
信乃「ああ、じゃあここは雷電山だ。向こうに見える町並みは、桶川ってことになる。昨日は謎のカミナリ雲に助けられたし、これはカミナリの神、ワケイカヅチの導きかな」
三人「きっとそうだ」
四人は、近くの清水で身を清めると、神社に参って神に感謝をささげ、付近になっていた木の実をもいで食べました。ナツメとグミが多くとれました。
現八「甘いな…」
小文吾「今までに食べたことがないくらい甘い。いくつか余分にとっておこう」
神の恵みのような甘い果実を食べると、全員の疲れが完全に回復し、非常にリラックスすることができました。追っ手がここまでくる見込みは少ないですし、やっと安全なひとときを得ることができました。
額蔵は、改めて今回の救出について、三人に言葉をつくして感謝しました。また、信乃が今までどうしていたのか、また、現八と小文吾という二人の仲間を得た理由を知りたがりました。信乃はこれらを余さず説明しました。許我での話、行徳での話など、どれも額蔵にはこの上なく驚くべきことでした。
額蔵「それでは、『玉』の持ち主を、犬士と呼ぶのですか! そして、私たちは里見の主君に仕える運命なのですね。私がこんな運命を持っているなんて、夢にも考えたことはありませんでした」
現八「犬川どの。あらためて、オレが犬飼現八、こいつが犬田小文吾だ。犬川どのに会うために大塚に来たんだ。こんなことになっているとは予想もしていなかったので、驚いたぜ。あんたを助けられてよかった」
信乃「そうだ、里見どのの使いから、額蔵に路用の金を預かっているよ」
額蔵「まだ、何の手柄も立てていないのにですか? いやいや、受け取れませんよね」
信乃「それは私たちだって同じなんだよ。これらは同じ『我々』のお金だよ。分けて持っておくだけのことさ」
額蔵は、頭上に押し頂いてから、金を懐に納めました。
額蔵「そういえば、今までに分かっている犬士は、話に出てきた親兵衛くんを入れて五人なんですよね。私は、たぶん六人目を知っています」
信乃・現八・小文吾「えっ!」
額蔵「その前にまず、円塚山での、浜路さまの最期のことをお話しなくてはいけません。浜路さまは、信乃さまに操を立て通して、彼女をさらったサモジローの求愛を断り、そして殺されました」
信乃「そうか。浜路、かわいそうに… 自分はこの先、一生結婚しないことにするよ。額蔵、教えてくれてありがとう」
額蔵「その後、浜路さまの兄だと名乗って、犬山道節という男が現れました。道節はサモジローを殺し、浜路さまを葬り、そしてサモジローの持っていた村雨を持って去っていきました」
額蔵「私は、村雨をかけて彼と戦ったんですが(そして逃げられましたが)、そのとき、私のもっていた『玉』が彼の手に渡り、彼が持っていた『玉』が、今は私の手にあるんですよ。『忠』の字が浮かぶ玉です」
額蔵「私が先日までの拷問に耐えられたのも、この『玉』が持っている、不思議なヒーリングパワーのおかげでした」
信乃「(自分が破傷風になったときは、玉を持ってても治らなかったけどな。まあ、話の都合なんだから、いいか…)」
信乃「犬山という名前から見ても、きっと彼もまた犬士なんだろうなあ。今はどこにいるのかも分からない。果たして、会えるときは来るのかな」
現八「会う運命なら、きっと会えるさ。オレたちのときみたいにな」
小文吾「なあ。オレたちを逃がしてくれた、矠平さんと尺八・力二郎の三人は、犬士とは関係ないだろうか。たとえば房八は、ヤツ自身は犬士じゃなかったけど、息子の親兵衛が犬士だった。あんな立派な人たちだ。何か関係があったりしないだろうか」
信乃「自分もそれを考えていたんだ。矠平さんは、武士だったときの名を姥雪世四郎といったそうだ。自分に玉をさずけてくれた犬の名前も与四郎だった。何か関係がありそうな気がする」
信乃「力二郎さんと尺八さんもだ。『力』『二』『尺』『八』のパーツをうまく並び替えると、『八房』という字ができあがる。ちょっと無理があるんだけど、まあまあそれっぽくできあがる」
現八「(マジカル頭脳パワーに、そんな感じの漢字クイズがあったな…)」
信乃「だから彼らも、どこかの犬士と関係があります(断言)」
小文吾「そ、そうだな… ま、まあ、そのうちハッキリすることさ」
額蔵は、もうひとつ思い出したことがあり、腰につけていた脇差を取り出しました。
額蔵「昨日、庚申塚で、現八どのが、社平から奪った両刀を私にくれましたよね。この中に、この『桐一文字』が入っていたのです」
額蔵「これは私が亀篠さまから預かっていたもので、もとは信乃さまの祖父である大塚匠作どのより受け継がれたもの。信乃さまが持っているべき刀ですから、返します。受け取ってください」
信乃「ありがとう。額蔵は、この刀で、カタキの簸上宮六を討ってくれたんだったね。じゃあこれは自分が受け取るが、代わりに、自分が持っているこの刀を額蔵にあげるよ。行徳に着いたときに小文吾がくれたものなのだけど、メチャクチャ切れ味のいい刀だ。昨日、五倍二を倒したときに使ったが、すごかった。はい、どうぞ」
額蔵「ありがとうございます… あっ、この刀は!」
信乃「?」
額蔵「父の刀です! 犬川衛二の秘蔵の両刀!」
信乃「マジ? 小文吾、これって、どこで手に入れたんだい」
小文吾「知り合いの刀商だよ。処分価格で売られていたものだ。妙にグッとくるものがあったので、オヤジに内緒で、小遣いをはたいて買ったんだ。(それでオヤジにメチャメチャ怒られた。)なんと、犬川どのの父上の形見の品だったとは。世の中、何がよくて悪いか分からないものだなあ」
額蔵「おお、父上…(涙ボタボタ)」
こんなわけで、信乃と額蔵は、大刀と脇差をそれぞれ交換しました。
現八「めでたいな」
額蔵「はい。私は今から、蟇六さまの使用人・額蔵の名をすっかり捨て、犬川荘助義任と名乗ることにします。前から決めてはいたんですが、この刀を手にした今、あらためて宣言します」
信乃・現八・小文吾「今後もよろしく、荘助!」
信乃「それはそうと、小文吾、キミだけでも行徳に戻って、ここの事情を伝えたほうがいいんじゃないかな。残してきた人たちが、きっとひどく心配していると思うんだ。丶大様たちとの約束も破ってしまっているようで心苦しいし」
小文吾「うーん、荒芽山まで無事にみんなを送ったら、そのとき帰ることにするよ。まだ危険がすっかり過ぎたわけじゃない。油断できないと思うんだ」
荘助(額蔵)「夕方になってきましたね… ここで野宿するのは、毒蛇なんかもいるでしょうし、危険です。ふもとに見える桶川の町に降りて、宿を探しましょう」
その日は適当に宿に泊まり、次の日からは荒芽山をめざして一同はユルユルと旅しました。すごく急ぐわけでもないし、ちょっと観光気分がないでもないし、いろいろと名所旧跡を見物しながら進みました。
数日後には、明巍の山に登り、霊場を巡礼して回りました。夕方になって山の中腹まで下りると、見つけた茶屋に入って、小休止しました。そこでは遠眼鏡を貸し出しており、旅人はこれでまわりの風景を眺めて楽しむことができました。
荘助「へえ、遠眼鏡だって。話のタネですから、どんなものか試してみようかな…」
これを目に当てて、麓のあたりを眺めてみます。
荘助「よく見えるものですねえ… 向こうには、橋を渡っている武士がいる… ん?」
笠をかぶった武士の姿に、どこか見おぼえがある気がします。眺めていると、その武士は、不意にこちら側を振り向き、山を見上げるポーズを取りました。
荘助「あいつだ」
信乃「えっ」
荘助「円塚山で会ったのはあいつですよ。あれが犬山道節です」
現八「なんだって、俺にも見せてくれ」
三人が争って遠眼鏡をのぞき込みましたが、もう誰もその武士の姿を確認できませんでした。
信乃「荘助が見たのが確かに犬山道節だとすれば… 彼の狙いは、管領扇谷定正である可能性があるぞ。扇谷は、彼のカタキなんだろう?」
荘助「はい、管領に主君の家を滅ぼされたということで」
信乃「聞いたウワサでは、扇谷氏は、最近この国に退いて、白井の城に滞在しているのだという。つまり、ここらへんだ。彼がもし単身で敵討ちに乗り込むつもりなら… 放ってはおけない。みんな、急いで山を下りて彼を探すぞ」