50. 四犬士が老夫婦の仲人になる
■四犬士が老夫婦の仲人になる
得意満面に出現したのは、役人の根五平と、手下の丁六・顒介の三人です。
根五平「おまえら全員ふん縛って、白井の城にしょっぴいてやるわ。言いワケがあれば言ってみろ!」
ここまで聞かれてしまっては、ちょっと言いワケは無理そうです。こうなればするべきことはひとつ。音音は表情を固くすると、曳手と単節を後ろにかばって懐剣を構えました。矠平は平気な顔をしています。
矠平「死ぬ覚悟をした私の前に、どうってことのない相手が来たな。やりたきゃあ、やるかい」
根五平「なんだとジジイが。死にたきゃあそうしてやる」
丁六が振りおろすオノをひらりとよけて、矠平の電光石火の抜き撃ちが決まります。丁六はわき腹をナナメに斬られて両断されました。顒介はこれに驚いて台所の方向に逃げようとしましたが、音音がこれを逃さず、額を斬りつけました。そうしてぐるりと後ろを向いたところをさらに背中から斬りおろしました。音音ももとは武家の侍女ですから、このくらいはできるのです。あっという間に根五平の二人の手下が死にました。
根五平「ちょ、強いじゃないか。聞いてない!」
根五平は走り出し、庭先から外の闇に逃れようとしました。その背中に、手裏剣が深く食い入りました。あっと叫ぶとその場に倒れ、根五平はたちまち絶命しました。
音音「あの手裏剣は!」
裏口のあたりから、犬山道節がのっそり現れ、ごく自然に上座に座りました。
曳手・単節「道節さま!」
道節「今の三人… 空も明るくなってきたし、とりあえず、死体をどこかに隠そうか。あそこの埋もれ井がいいだろう」
さっそく皆で死体を処理しました。
音音「お帰りが遅いので、心配しておりました」
道節「うん。犬川荘助と一緒に犬士たちを探しにいっていたが、三人とも見つけることができた。そしてさっそく、全員と義兄弟の誓いを交わしたぞ。みな裏口の向こうにいる。そこでみんなで、さっきまでの話を聞いておったわ。力二郎と尺八の件は、残念だったな。そして、幽霊になってまでここにたどり着いた、あいつらの忠義とガッツのすさまじさよ。俺はさっきまで男泣きしておったわ」
曳手・単節「道節さま…」
道節「曳手と単節も、悲しみに負けるではない。あいつらのやり遂げた仕事を誇るがいいぞ。四人の豪傑を我々に会わせ、矠平と音音の仲をふたたび取り持ったのだ。…矠平、どうしてひとりで隅に縮こまっておる。ここに加わらんか」
矠平は遠慮気味に道節に近づき、さっきの手裏剣をうやうやしく返すと、かしこまって話しました。
矠平「恥ずかしながら矠平が、力二郎と尺八の忠死を伝えに参りました。道節さまが四人の犬士と友垣を結ばれたとのこと、これで彼らの死も報われました」
道節「かつての過ちを補って余りある今回の働き、お前はじつによくやってくれた。クビになったあとも、ひたすら犬山のことを案じて陰で動いてくれていたことがよく分かった。よって、亡き父に代わって、お前の勘当を解く。これをもって力二郎と尺八の魂をなぐさめよ」
矠平「…ありがたき幸せ!」
道節「あと、音音を妻とすることを許す」
矠平「えっ」
道節「何が『えっ』だ」
矠平「…このトシですよ? いやちょっと、ご勘弁を」
音音「そうですよ。今さら恥ずかしいですよ! 冗談やめてください」
ふたりとも冷や汗をかいています。
道節「冗談ではない。これが力二郎と尺八の望みだったのだぞ。今のままでは、彼らは誰を父とも母とも呼べん。ほらほら、俺が言うんだ、お前たちは結婚するの。いいな」
矠平・音音「は、はい… ///」
曳手・単節「おめでとうございます。できることなら、この人たちにも父上と母上のこの姿を見てもらいたかった…(フロシキの中身の首を見て、ふたたび涙)」
道節「こら何を泣く。めでたい場だそ。酒を出せ! ここでたった今、式をあげるのだ。ほら、ふたり、向かいあって。酒をついだな。よしよし。あとは、仲人がいるな…」
ここに、四人の犬士が、謡を吟じながらゆっくり入ってきました。
「わかやぐや、雪のしら髪も、うちとけて、
もとのいろなる、相生の松。
年ふりて、きょうあい生の、松こそめでたかりけれ…」
信乃・荘助・現八・小文吾「我々が仲人をさせてもらいます。ぜひぜひ」
道節「おっ、頼めるか」
信乃「矠平さんも、亡くなった力二郎と尺八さんも、この上ない恩人です。その恩人の仲人をつとめられれば、この上ないしあわせ」
こんなわけで、皆が感涙にむせぶ中、老夫婦のささやかな婚礼を行うことができたのでした。
さて、矠平が夢みた通りに、ここに五人の犬士が揃いました。言うまでもありませんが、道節は信乃に村雨の刀を返しました。また、荘助とは玉を交換し、もともと持っていたものを手に取り戻しました。
しかし、現在の状態はあまり望ましいものではありません。
信乃「さっきの役人は倒しましたが、敵がまだまだ来るでしょうね… みんな、ここから離れるべきでしょう」
荘助「道節のカタキ討ちも、ある程度できたと考えていいんじゃないか。続きは、犬士が全員そろってからでも遅くない。だからここは逃げよう」
道節「そうだな。そうするか」
現八「女たちから先に逃がそう。馬に乗せて」
小文吾「女たちは行徳に預けると安全だと思う。力二郎さんたちも、行徳に運んで葬ろう」
矠平「私は犬士たちにお供したい。どこでもついていきます」
道節「だめだ。矠平は、女たちを守って一緒に行徳に行け」
矠平「そんなあ」
道節「我々はな、別々に分かれてしばらく旅をすることに決めたのだ。武者修行といったところだな。そのほうが、残りの二人の犬士を見つけやすいからでもある」
矠平「そうですか、なるほど…」
信乃「さあ、そろそろみんなの準備は整ったかな」
曳手・単節「私たちには、もうひとつやっておくことがあります」
曳手と単節は、髪をバッサリと切って、力二郎たちの首をいれたフロシキにそれぞれ結びつけました。尼になる覚悟なのです。みなが止めるヒマもありませんでした。
道節「俺もひとつ、やっておくことがある。この火遁の術を捨てるのだ」
荘助「どうして?」
道節「この術は邪法だからだ。勇士にふさわしいものではない。ひとり逃げるための術など、もう使う必要はないのだ」
道節は、術を記した巻物を、みなの目の前で焼いて捨てました。
信乃「これで全部かな。ではそれぞれ、出発だ」
道節「いやだめだ」
信乃「ああもう、次は何だよ」
道節「敵が来た!」
近くの草むらから、十人ほどの兵隊がわっと飛び出してきました。この十人はたちまち犬士たちに倒されましたが、もちろんこれで終わりなワケがありません。
小文吾「もうここがバレたんだな」
現八、木に登って「ふーん、ざっと300騎ってところだな。なかなか手回しがいい」
小文吾と現八は、こうは言いながらもちっとも焦っていません。五人そろった今、ちょっとやそっとの敵には負ける気がしないのです。信乃、荘助、道節も同様です。しかし女たちと老人を気遣わなくてはいけないな…
気づくと、音音と矠平が、力二郎と尺八の残した鎧を身につけ、やる気満々になっています。
道節「音音たちは逃げろよ」
音音「いいえ、道節さまたちこそ、裏道から逃げてください。私たちはここに留まって、できるだけ時間を稼ぎます」
道節「死ぬぞ」
矠平「どうってことはありません。ただ、曳手と単節のことだけはよろしく頼みます」
道節がふたりの嫁の方向を見ると、このふたりもハチマキを締めて竹槍を構え、やる気満々です。
道節「さすがにお前たちは逃げろよ」
曳手・単節「わたしたちもやります!」
道節「おい、どうなるんだ、これから!」