53. 語路五郎、振り回される
■語路五郎、振り回される
小文吾は、船虫の帰りを待つ間、ここで起こったことを考え直しました。
○ イノシシを退治して、並四郎という男を助けた
○ お礼に家に泊めてやるといわれた。実際には妻の船虫が対応した
○ 並四郎は帰ってこず、小文吾はそのまま就寝
○ 寝込みを並四郎に殺されそうになった(返り討ちにした)
○ 船虫は、並四郎が独断で行なった犯行だと言った
○ このことを黙っているよう小文吾に頼み、口止め料? に高価な尺八をくれた
小文吾「なーんか怪しいよな」
小文吾は、並四郎の前でうっかり金の入った袋を見せたのを思い出しました。並四郎は盗賊で、これを見たために、小文吾を殺して金を奪おうと思ったのでしょう。
小文吾「あの奥さんがグルかどうかは分かんないけど、少なくとも、こんなモノを持たされるのは危険だな」
小文吾はここまで考えると、さっき船虫に無理に渡された尺八を戸棚の中にコッソリしまい、かわりに自分の手荷物には、似たサイズの木の枝の燃えカスを突っ込んでおきました。
やがて船虫は棺を持って寺から戻ってきましたので、小文吾は暇を告げてさっそく旅に戻りました。
小文吾「やれやれ。時間を食ったが、ともかく曳手さんたちの捜索に戻ろう」
そうして道を歩いていると、突然、「捕った」との声とともに、後ろから迫った雑兵たちに押し倒され、縄でグルグル巻きにされました。小文吾は抵抗して何人かにケガを負わせましたが、なかなか人数が多く、結局抵抗をあきらめました。
小文吾「おい、俺が何をした。こんなに問答無用で縄をかけるとは何だ。オレは犬田小文吾、ただ人探しの旅をしているだけだ」
ひとりの武士が進み出ました。「私は千葉殿に仕える、畑上語路五郎。千葉家よりかつて失われた名笛、あらし山という尺八を、キサマが持っているとのタレコミがあった」
小文吾「あらし山?(船虫が俺にくれようとしたアレかな)」
語路五郎「とぼけるな。昨日、この村の並四郎に宿を借り、件の尺八を見せびらかしたであろう。そこで並四郎が盗品と気づきそうになったため、殺したであろう」
小文吾「誰がそんなことを言ったんです」
語路五郎「並四郎の妻の船虫よ。彼女は賢明にもお前に逆らわず、あとになって村長に密告したのだ。さあ、もはやお前の命はないぞ。どうやって笛を盗んだのか、洗いざらい白状すれば、拷問くらいは免れるであろう」
語路五郎の後ろには女がいます。船虫です。
船虫「そうですあの人です、あの人が夫を殺したんです!! 例の笛も持ってるはずですよ! ほら早く」
小文吾「(なるほど、俺をハメようとしてるんだな。ひどい女だなあ)」
小文吾「それじゃあ、ともかく、俺がそのあらし山を持っているか確かめたらいいでしょう」
語路五郎「キサマに言われるまでもないわ」
雑兵たちが小文吾の手荷物を引っ掻き回しましたが、出てきたのは、焦げた木の枝と、穴の開いたレインコートくらいでした。
語路五郎「これはどういうことだ!?」
船虫はアングリ口を開けています。
小文吾「そこの船虫さんがウソを言ったってことですよ。そもそも俺の命を狙ったのは、並四郎と船虫です。金を取ろうと思ったんでしょうね。で、俺が並四郎を返り討ちにしたんです」
語路五郎「では、あらし山のことは?」
小文吾「ええ。船虫さんは、自分は何も知らない、並四郎ひとりの犯行だと言い張ってましたよ。それで、『おわびの印』だといって、オレに高価そうな尺八をくれようとしました。それは受け取らずにこっそり戸棚の中に押し込んでおきましたから、あれがあらし山なら、まだそこにあるんじゃないですか」
語路五郎「よし、さっそく確認しにいこう。女も、犬田どのも、そこから逃がすなよ」
小文吾「ついでに、この穴のあいたレインコートですが、これは並四郎に襲われたときに空いたもんです。布団とタタミに、同じように刀で刺した傷があるはずです。それを見ても、オレの言ったことのウラが取れるかと」
小文吾の言ったことは、すべて本当であると確認されました。並四郎の家からは名笛あらし山が見つかり、そして布団とタタミに刀の傷が残っていました。
語路五郎「これで全て明らかになった。犬田どのは無実。悪かったのはすべて、並四郎とこの船虫というわけだ。いや、犬田どのが笛を受け取らずに返したその機転、見事でござった。我々の短慮をどうか許されよ」
小文吾「いや、いいんですよ。真犯人が見つかってよかったですね」
ふと小文吾と語路五郎が目をやると、船虫が怒りのあまり鬼のように凶暴な人相になっています。そして、帯から包丁を取り出すと、意外なスピードで小文吾に飛びかかりました。
船虫「オットノカタキゥオラアアァ!」
ほかの雑兵があわてて抑えるのも振り切って、小文吾に迫ります。小文吾は手をまだ縛られていますが、船虫の切っ先を何度かかわすと、足を蹴たぐって倒し、背中を踏みつけました。船虫は白目を剥いてうめきました。
語路五郎「犬田どの、つくづく見事。なあお主、それだけ見事な武芸と明晰な頭脳をお持ちなら、千葉殿に仕える気はないか。わたしが自信をもって紹介いたす」
小文吾「いや、今は仕官は望みません。とにかく、早く旅に戻りたいんです。もう行っていいですか」
語路五郎「仕官がイヤならそれでもよいが、今回の手柄、殿に紹介しないわけにはいかない。ちょっとだけ付き合ってくれ」
小文吾「ちょっとだけですよ」
語路五郎「さて船虫よ、天罰テキメンだったな。あの尺八をそもそもどこから手に入れたのか、包み隠さず白状せい」
船虫「(あざ笑う)…アンタみたいなグズが威張ったところで、怖かないんだよ。知らないほうが幸せってこともあるのさ。ご家老様にでも聞いてみな。マヌケ野郎」
語路五郎「こやつ、よほど痛めつけてほしいものと見える。連れて行けっ」
こんなワケで、さしあたり小文吾と船虫は、村長の屋敷に連れていかれました。もちろん小文吾の縄は解かれました。
さて、千葉殿(千葉自胤)は、この日に偶然、この付近まで狩りに出ていました。これを知った語路五郎は、宝の尺八が見つかった件と、犬田小文吾というすぐれた男に出会ったことを報告しました。
自胤「おう、私が若いころに失くしたあらし山が見つかったか。それはすばらしい。同じころ失くした、小篠と落葉も、その女を責めれば何か手がかりが分かるかもしれんな」
小篠と落葉は、千葉家の宝の両刀です。
語路五郎「ははっ」
自胤「あと、その小文吾という男、ぜひ家臣にしたいものだ。イノシシを殴り殺すパワーと、悪女のワナを軽々とすり抜ける知力。すばらしいじゃないか。家老の馬加を通して、あとで会わせてくれ」
語路五郎「ははっ」
語路五郎は、うれしい気持ちで村長の屋敷に戻り、馬加大記に「船虫という女を逮捕しました。また、殿は犬田小文吾に会いたがっています」という手紙を書き、雑兵のひとりに届けさせました。
何時間もしないうちに、馬加からの返事が返ってきました。
「犬田どのを今すぐ語路五郎みずから連れてくるように。女を城の牢屋に護送するのは、夜は危ないから明日でよい」
語路五郎はその指示の通りに、小文吾を連れて村を出ました。
その夜遅く、村長の宅に、語路五郎からの手紙が届きました。
「やっぱり女も連れてくるように。今夜中に」
村長「さっきは明日でいいって言ったのに… まあ、なにか事情があるのかな」
もう夜中ですが、十分な護衛をつけたのちに、村長たちは船虫を連れて急いで城に向かいました。そこに突然銃声が響き、覆面をつけた三人ほどの男たちが躍り出て、刀を振り回して脅しました。村長たちは命からがら村に逃げ帰りましたが、船虫はその謎の男たちにさらわれてしまいました。
場面は変わって、小文吾を連れて家老の宿所に着いた語路五郎は、家老の馬加に対面しました。小文吾だけは別に客間に上げておき、二人きりでの会話です。
馬加「今回のことを改めて報告せよ」
語路五郎(以下ゴロゴロ)「はっ、カクカクシカジカ」
馬加「気に入らんな」
ゴロゴロ「えっ」
馬加「並四郎という男と船虫が尺八を盗んだと、どうして言える。たまたま盗品を買っただけということもあるだろうが」
ゴロゴロ「はあ」
馬加「それを、さっきお前は得々と殿に報告したとか。なんで家老の俺を通さずに殿に報告したんだ、ん? スタンドプレーだったとは思わんか」
ゴロゴロ「(冷や汗ダラダラ)」
馬加「まあそのことは後で絞ってやる。その船虫という女は連れてきたのか」
ゴロゴロ「いいえ、そちらは明日でよいと…」
馬加「俺が云ったというのか? バカな!」
ゴロゴロ「ははっ」
馬加「俺は、小文吾を明日にまわして、女を今夜中に連れて来いと書き寄こしたのだぞ。そっちが大事に決まっているだろうが。これで万一女が逃げたとしたら、お前はこの責任をどう取るつもりなんだ!」