里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

54. 小文吾、軟禁される

前:53. 語路五郎、振り回される

小文吾(こぶんご)、軟禁される

千葉家家老(かろう)馬加(まくわり)大記(だいき)に思いがけず叱責されて、畑上(はたかみ)語路五郎(ごろごろう)は慌てて阿佐谷(あさや)村(さっきの村の名前です)に飛んで戻りました。

すると、村長をはじめとした村の役人たちが、屋敷の前に全員並び、語路五郎(ごろごろう)の前に平伏しました。

村長「お許しください、お救いください」
語路五郎(ごろごろう)「何が?」
村長「賊に襲われて、船虫(ふなむし)を奪われました」
語路五郎(ごろごろう)「なんだと。どういうことだ」
村長「さきほど、語路五郎(ごろごろう)さまから船虫(ふなむし)を連れてくるよう手紙がありました。そこで、我々一同、夜中に出発したのです。その直後に賊に襲われました」
語路五郎(ごろごろう)「ちょっとまて、私は
村長「えっ」

村長は、さきに語路五郎(ごろごろう)から受け取ったはずの手紙を探しました。体中のポケットをまさぐりましたが、ティッシュくらいしか見つかりません。運悪く、さっき慌てて逃げたときに手紙を落としたのでしょう。

語路五郎(ごろごろう)「いい加減なウソをいいおって。お前ら、船虫(ふなむし)をワザと逃がしたんだろう! オレまで巻き添えで怒られるじゃねえか、どうしてくれるんだ!」

語路五郎(ごろごろう)は、怒りにまかせて、村長とそこに一緒にいた10人ほどを全員縛って城の牢屋に放り込みました。次は馬加(まくわり)にこのことを報告に行かなくてはいけません。

語路五郎(ごろごろう)「気が重い… 胃が痛い…」

案の定、語路五郎(ごろごろう)は、一言の言い訳も許されず、馬加(まくわり)にミソクソに怒られました。しまいには、語路五郎(ごろごろう)自身も牢に放り込まれてしまい、やがてそこで死んでしまいました。村長たちのほうは、親族が家財を売り払って金をつくり、馬加(まくわり)にありったけの贈物をすることで辛うじて釈放されました。


さて、領主の千葉介(ちばのすけ)自胤(よりたね)はこんなことがあったのを知りません。長年失くしていた尺八のが戻ったのと、犬田小文吾というすごい男を家臣にできるかもしれないのでゴキゲンです。すぐに馬加(まくわり)から手配があると思って、猟をサッサと切り上げるとすぐに城に帰って、ウキウキと待ち受けていました。馬加(まくわり)が現れたのは翌日になってからでした。

馬加(まくわり)「尺八が戻った件、まことにようございました。しかし、容疑者の船虫(ふなむし)は、語路五郎(ごろごろう)のポカのせいで、何者かに奪還されてしまいました。まあ、すぐに取り返してみせます」

自胤(よりたね)「そっかー、そいつを責めれば、名刀小篠(おささ)落葉(おちば)を見つける手がかりにもなるはずだから、よろしくね」

馬加(まくわり)「ははっ」

自胤(よりたね)「っていうか、そっちは割とどうでもいいんだ。それより、犬田小文吾に早く会いたいんだけどな。暴れイノシシをワンパンでコナゴナにする超人らしいじゃん。しかもいいヤツで、悪人の策略も華麗にかわすっていう。すごくないか? こいつは絶対家臣にしたい」

馬加(まくわり)「ははっ。しかし、ちょっと話が大げさに伝わっているようですぞ」

自胤(よりたね)「そうなの?」

馬加(まくわり)「イノシシの件は、死にそうにフラフラになっていたやつを倒しただけらしいですし、例の船虫との件は、あれは実際のところ真実はまだ明らかでありません」

自胤(よりたね)「真実って?」

馬加(まくわり)「小文吾自身がもともと尺八を持っており、これを無実の船虫(ふなむし)の家に隠して罪を押し付けた、という疑いも、実はまだ否定できないのです。船虫(ふなむし)が奪還されたというのも、もしかすると、真実を知る者が、義憤から行なったのかもしれませんな」

自胤(よりたね)「そっかなー。ウワサを聞くかぎり、そんな悪いやつじゃないっぽいよ。自分の目でも判断したいから、とにかく会わせてよ」

馬加(まくわり)「もうひとつだけ彼への懸念を申し上げます。確かに彼は武勇も知力も優れているようです。そんな男が今まで誰にも仕えたことがないというのは、なんか不自然ではないでしょうか」

自胤(よりたね)「まあ、言われてみれば」

馬加(まくわり)「つまり、彼は、どこかから遣わされたスパイという可能性も低くないのです」

自胤(よりたね)「うーん… でもやっぱり会いたいんだよ」

馬加(まくわり)「仕方ありませんな。では、私が彼のことを見極めるまでの時間をください。それで安心そうなら、お目にかけましょう」

自胤(よりたね)「よしよし。よろしく頼む。失礼をしてはいけないぞ」

その後、小文吾は馬加(まくわり)の屋敷の客室にずっと置いておかれました。朝と夕の食事が出てくる以外には、誰も訪ねてきません。

小文吾「(こんなところに留まっている場合じゃない。とにかく早く、旅に戻らせてくれよ…)」

三日目になってやっと小文吾を訪ねてきたのは、家臣の柚角(ゆずの)九念次(くねんじ)という男です。主人の馬加(まくわり)が、やっと少しだけヒマができたので会ってくれるということです。小文吾は小書院(こしょいん)の間に連れて行かれました。馬加(まくわり)は、近習(きんじゅ)をたくさん(はべ)らせて、殿様のようにふんぞり返っています。

馬加(まくわり)「やあやあ、ご不便はありませんかな」

小文吾「これはどうも、別に不便はありません。しかし、私は人探しの旅をしているのでして、とにかく早くここを出してほしいです。笛の事件はもう解決したんでしょ」

馬加(まくわり)「そうしてあげたいのはヤマヤマなのだが、殿お主のことを疑っていてな。まず、例の事件の真犯人が、本当に並四郎(なみしろう)船虫(ふなむし)なのかという。仮におぬしが真犯人だとしても、ツジツマは合うじゃないかと」

小文吾「えー」

馬加(まくわり)「もうひとつ、殿は、おぬしほどのすぐれた男がなぜどこにも仕官していないのか、合点(がてん)がいかないと言う。もしかしたらスパイなのでは、などと言い出す始末」

小文吾「それはひどいナンクセですよ。ちょっと話せば、そこらへんの誤解は全部解けるはずです」

馬加(まくわり)「私としても最善を尽くしておる。なんせ、殿は一度疑いだすとしつこいから、気長に説得しなくてはならん。おぬしも我慢して待っていてくれ」

馬加(まくわり)の対面の内容はこれだけでした。小文吾は、直感的に、馬加(まくわり)自身が彼を千葉殿に会わせたくなく、わざと理由をつけて軟禁しようとしているのだと思いました。

小文吾「それならここを逃げ出すか… いや、屋敷までは出られたとしても、城門を突破することは難しそうだ。そこで捕まってはいよいよ言い訳ができん」


こんな悩みを打開できないまま、なんと一年近くが過ぎてしまいました。


ある日、縁側にいる小文吾に声をかけたのは、召使(めしつかい)品七(しなしち)という老人です。ときどき小文吾の話し相手になってくれる男です。品七(しなしち)は小文吾が真面目な性格であることを知って、気に入っていました。

品七(しなしち)「犬田どの、最近ちょっと痩せましたな」
小文吾「そうですか?」
品七(しなしち)「あなたがここに閉じ込められて、もう長いですからな。悩んでいらっしゃるじゃろう。ワシにはどうにもしてあげられんので、気の毒だ。世の中の勇士というのは、何かと不幸な目にあうようじゃ」
小文吾「勇士ってガラじゃあないですよ」
品七(しなしち)犬塚(いぬつか)番作(ばんさく)という立派な侍がおったんじゃが、彼が姉の夫に家督(かとく)を奪われてしまうという事件があったのを思い出しますな。番作の子も立派な男だったらしいのじゃが、今はその行方も知れんそうじゃ。勇士というのはどこでも不幸な目にあう。しかし、あなたの運もいつかは開けるじゃろうから、気長に待たれませ」

突然犬塚(いぬつか)の名前が出てきて、小文吾は驚きました。

小文吾「犬塚のウワサはオレも聞いたことがあります。品七(しなしち)さんはどこでそんなことを知ったんですか」
品七(しなしち)「んー、いや。親戚に大塚の糠助(ぬかすけ)という男がいて、いつかそいつから聞いたことがあるんですよ。ちょっと前に死んだが、ときどきここにも来てくれたもんだ」
小文吾「そうなんですか」

共通の話題ができて、品七(しなしち)はちょっとノッてきました。

品七(しなしち)「逆に、悪いやつってのは世にはばかるもので… ここだけの話、ウチの馬加(まくわり)様はおそろしい人なのです」
小文吾「ほほう。後学(こうがく)のために、聞かせてもらいたいものです。私はどうせここらの人間でもありませんし、他の人に洩らしたりはしません」

品七(しなしち)は、小文吾の人柄を信用し、ヒソヒソと下のような話をしました…

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「千葉家」と名のつくものは現在下総(しもうさ)に二つあり、孝胤(たかたね)の千葉家と実胤(さねたね)の千葉家です。もともとは一つだったのですが、許我(こが)殿(足利成氏(なりうじ))と、管領の扇谷(おうぎがやつ)・山内が争っていたときに、どちらに味方するかで内輪モメしたのが分裂のもとになっています。

馬加(まくわり)大記(だいき)(当時の名は馬加(まくわり)記内(きない))は、もとは孝胤(たかたね)のほうに仕えていましたが、素行不良がもとで夜逃げし、あとで実胤(さねたね)に主君を代えた過去があります。人に取り入るのはうまいようで、実胤(さねたね)のもとで結構出世して重臣になりました。

馬加(まくわり)は、ほかの重臣たちを蹴落として、自分の権力をもっと大きくしようと考えました。彼が狙ったのは、粟飯原(あいはら)(おおと)胤度(たねのり)と、籠山(こみやま)逸東太(いっとうだ)縁連(よりつら)の二人です。

馬加(まくわり)は、主君実胤(さねたね)のもとからという家宝の尺八を盗み出し、これを持って胤度(たねのり)を密かに訪ねます。

馬加(まくわり)許我(こが)殿と管領が和睦するというもっぱらのウワサですが、わが殿は、これが正式に発表される前に、独自に許我(こが)と仲直りしておきたいと考えています。ついては、家宝のこの許我(こが)に贈ろうということになりました」

胤度(たねのり)「なるほど、名案ですな」

馬加(まくわり)「しかし、殿みずから許我(こが)に赴くのは、直接のご恩がある管領に対してカドが立つ。それで、弟の自胤(よりたね)名義で贈ることにした。ついては、胤度(たねのり)どのにを持っていくお(つか)いを頼みたいとおっしゃる」

胤度(たねのり)「頼りにしていただき、ありがたいことだ」

馬加(まくわり)「殿はあなたに、弟の自胤(よりたね)どのと適宜打ち合わせの上、許我(こが)に向かうよう仰せです」

胤度(たねのり)「まかせて」

粟飯原(あいはら)胤度(たねのり)は殿の弟の自胤(よりたね)を訪ね、馬加(まくわり)から聞いた話を繰り返しました。

自胤(よりたね)「殿はそんなことをお考えか。それではよろしく頼む。しかし、尺八ひとつでは私の真心を示すのに足りないな。この両刀も差し上げてくれ。小篠(おささ)落葉(おちば)という秘蔵の名刀だ」

かくして、粟飯原(あいはら)胤度(たねのり)は、と刀二本をもって、許我に出かけていきました…

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品七(しなしち)「つづきは次回に」
小文吾「(登場人物が、(たね)ナントカばっかりで覚えきれないぞ…)」


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