67. 縁連、船虫に逃げられる
■縁連、船虫に逃げられる
赤岩一角と雛衣の葬式には、1000人以上が出席しました。人々は今回の事件の凄惨さに驚き、また、犬村角太郎の孝行ぶりをほめそやしました。
喪に服している間、犬飼現八は、今までに会った犬士たちの来歴や体験してきた事件のことを詳しく角太郎に話しました。話す内容はいくらでもあり、尽きることがありません。そして、どの話も角太郎を感激させないものはありません。角太郎は現八と諸国を遊歴して犬士を探す旅に出ることを決意しました。
ところで、角太郎が「礼」の玉を持っていることはもう分かっていますが、牡丹の形のアザはどこにあったのでしょう。
角太郎「アザは尻にあるのですよ。ここでベロンと見せるのも失礼なので、(小声)私が風呂に入るときに後ろから見てください」
現八はそのとおりにしてアザを確認しました。現八「わざわざアザを確認するまでもない気はするが、まあ、一応な。別に尻が見たいわけじゃないぞ」
さて、喪が明けましたので、角太郎は村長と氷六(雛衣との仲人)を呼んで、自分は旅に出て帰らないつもりであると告げました。
村長「それは困ります。みんな角太郎様を尊敬しているんですよ」
角太郎「私は安房の里見家に仕える運命らしいのです。わかってください。犬村と赤岩の家と土地は売っていくつもりです」
氷六「さびしくなりますなあ」
家と土地を売ると、650両になりました。このうち大部分を色々な方面に寄付し、残ったお金を旅費にあてることにしました。年が明けて二月、角太郎の出発を祝う宴がひらかれました。
角太郎「みなさん、今までありがとうございました。『一角』の名は代々世襲されているものなので、私もこれから犬村一角と名乗るべきところですが、例の妖怪がこの名前を汚してしまったと感じます。この名前を人間のものに戻すために、私は『一』の字に『人』を重ねて、『大』とするつもりです。すなわち、犬村大角礼儀!」
村人たち・現八「おおー」
犬村角太郎改め犬村大角は、100人以上の村人たちに見送られながら旅に出ました。
まずは庚申山に寄り道して、父の霊に挨拶することにしました。もう妖怪たちの気配はなく、もといた神々の住む平和な場所になっていました。変わった形の岩がある奇観には変わりありませんが。
現八たちは岩の橋を渡って、今はカラッポの石窟に入ります。
現八「ここで、お前の父上の亡霊に会ったんだ」
大角「そうですか。父上、お懐かしい…(涙サメザメ)」
ここで改めて父を弔ったので、あとは山を下りるばかりですが、現八と大角は、途中で妙に腹が減って耐えられなくなりました。そこでちょうど二人の木こりが現八たちの様子を目にとめて、
木こり「そこのお二人、腹が減っているようだな。我々の弁当の余りでよければ、食べないか」
もらった餅は感動的にうまく、現八と大角は夢中で食べました。礼を言おうと顔をあげると、もう木こりたちは消えていました。二人は、あれはこの前助けた地の神と山の神だったんだろうと考えることにしました。
次に寄ったのは、モズ平の店です。現八がここで犬村角太郎のウワサを聞いたおかげで、現八は犬士にめぐり会うことができたのです。しかし店番には若いメイドさんがひとりいるだけです。
現八「ここにいた、モズ平さんはどこにいるのかな」
メイド「今年のはじめに、老衰で亡くなりましたよ。庚申山は最近妙に安全になったので、今では私でもここの店番はできるんです」
現八「そ、そうなのか…」
現八は、「モズ平の霊前に」と言って、キョトンとするメイドさんに少しの謝礼を渡し、旅を再開しました。
現八「さあ、これからどちらに行くのがいいかな。京都にはもう三年もいたし、次は鎌倉か」
大角「人を探すなら、往来の多いところがいいでしょうね。鎌倉、私も賛成です」
現八「ところで、武士の恰好をしながら旅すると、いかにも武者修行っぽくて、よけいなケンカを売られることが多いと思う。一般人の恰好に変装しよう」
大角「それも賛成ですね」
現八「さあ、行こう」
こうして二人は鎌倉に向かいました。途中、大角がネコを見るたびにトラウマが発動して逃げ回ったのは、あまり本人に名誉な話でもありませんし省略しましょう。
現八「いやー、大角ったらな、土で作ったネコにまでビビるんだよ」
大角「誰に向かって話してるんです?」
現八「読者」
話は籠山逸東太に移ります。彼はニセ一角の一味だったところを許され、妖女船虫を護送して白井の城を目指して旅を急いでいるところです。一行は沓掛の地まで来ました。
籠山は寝るときも船虫を柱につないで逃げられないようにしています。今夜は部下たちが先に寝てしまい、いびきがうるさくて寝つかれません。
船虫「もし、籠山さま…」
籠山「なんだ、軽々しく口をきくな」
船虫「あなた、よく見ると、私がはじめて連れ添った夫に似ているなと…」
籠山「それがなんだ」
船虫「恥ずかしながら、ここ何年か、私はあの化け猫と枕を交わしたことはありませんでした… 死ぬまでに、一晩だけ、あなたと夫婦になりたいのです」
籠山「…」
船虫「私は悪いこともしたかもしれませんが、すべて妖怪に強要されてやっただけ。それでも罪は罪と言われれば仕方ありませんが、せめて今晩だけ、情けをかけていただいてもよいでしょう。そうしてもらえたら、もうこの人生に悔いはありません」
籠山はこの話を真に受けました。縄を解かれた船虫がしなだれかかるのを喜び、昼飯の余りで一緒に酒を飲みました。やがて、半酔機嫌に春は来て、はや引容るヽ夜衾裏、甚麼なる夢をや結びけん、楚の襄王にあらねども、雨の箭頭に雲の盾、闘戦数刻更闌て、疲労果たる逸東太は、前後もしらず臥したりける。(途中から原文引用)
籠山が翌朝目を覚ますと、船虫は逃げてしまっていました。また、例のマタタビの刀もありません。
籠山「大変だ、船虫が逃げた!」
部下たち「あの縄をどうやって解いたんでしょう?」
籠山「うっ… あ、あいつもきっと妖怪だったんだ! 超能力とかで縄を解いたんだ。ちくしょう!」
これではもう白井の城に帰れません。主君から預かった刀は盗まれましたし、この件を言い訳するために連れて帰るはずだった船虫ももういないのです。
籠山「詰んだ」
籠山は逃亡しました。そして、白井の主君である長尾景春の敵である管領・扇谷定正に寝返ることにしました。そこでさっそく管領のもとに降参します。
管領「おいこら、お前は長尾の家臣だろうが。俺の敵だぞ」
籠山「あそこにいては私のスキルを生かしきれず、限界を感じました。御社で私のスキルをふるい、さらなるキャリアアップをしたいのです。ついでに言うと、私は白井の城攻めのアドバイスができます」
管領「おまえ採用」
こうしてまんまと籠山は管領の家臣として内定を受け、やがて重役級の地位に上りつめることができましたとさ。
さて、荒芽山の戦いでちりぢりになった犬士たちのうち、犬田小文吾と犬飼現八の話にキリがつきました。次は犬塚信乃がどうなったかという話に移っていきます。
信乃は荒芽山の戦いのあと、まず信濃に行きました。そしてそこから、越後→陸奥→出羽の道をとって他の犬士を探しました。
そこで路用の金が尽きたので、塾をひらいて三年間かけて金を稼ぎなおしました。そして旅を再開したのですが、甲斐のあたりで、何者かが放った銃弾がわき腹にあたって倒れてしまいました。
続きは次回。