70. そいつがルパンだ的な話
■そいつがルパンだ的な話
泡雪奈四郎は、木工作に罵られた怒りから、アトサキ考えずに彼を射殺してしまいました。
実は木工作は、この日の明け方に夢を見ていました。今まで猟をして撃ち殺してきた鳥たちに、体中をついばまれて食い尽くされる夢です。最近ではもう猟はやめていたとはいえ、楽しんで殺生を繰り返してきたものには、こんな因果応報があるものなのでしょうか。
それはともかく、こうなっては、浜路を領主の御曹司のもとに追いやる計画どころではありません。さしあたっては媼内と幮内に言いつけて死体を適当なところに隠しましたが、今後どうしたらいいか困り果てました。
また、木工作の家の中でも、主人が行方不明になってしまったことで大騒ぎになりました。夏引も心配して、最後に訪問した先である泡雪のところに問い合わせましたが、先方からは「用事はすぐに済んで、普通に帰っていきましたよ」という(ウソの)答えが帰ってきたのみです。
夏引や出来介がアタフタしているだけなので、信乃も手伝って村人に捜索を依頼しました。木工作が猟に行きそうなところ、ほかに寄り道しそうなところを手分けして徹底的に探したのですが、何の手がかりも得られませんでした。浜路は心配のあまり寝込んでしまいました。
そのころ、夏引のもとに手ぬぐいをかぶった媼内がこっそりと訪ねてきて、泡雪からの手紙を渡していきました。また、「主人からの伝言です。今日、未の時刻、石禾、指月院。必ず来てくれとのことです」とも伝えていきました。夏引はそれをすばやく読み終わると、ばらばらに引き裂いて捨てました。
約束の時間はもうすぐですので、占い屋に行ってから神仏に祈願をしてくる、と適当なウソをついて、自分ひとりで家を出ました。もちろん行き先は、待ち合わせ場所の石禾指月院という禅寺です。寺の近くの茶店で、深く頭巾をかぶった夏引は無事に泡雪と媼内と落ち合い、一緒に寺に入ることができました。留守番の寺男が出てきて、離れに案内しました。泡雪は寺男に小遣いをやって追い払いました。
夏引「このお寺にはほとんど誰もいないのね」
泡雪「うむ、ここの住職はやたらと修行に外出するので、ほとんどいつも誰もいないんだ。昼無住院なんていう別名がつけられてしまったほどだ。密会にちょうどいいだろう」
ここ指月院の住職は最近先代と入れ替わりました。とても徳の高いお坊さんで皆に親しまれているのですが、あまり一箇所に腰をすえない性格なので、数人の手伝いを除いて、ほぼいつも寺はガランドウなのです。密談の準備はととのいました。
泡雪「話とは、ほかでもない、木工作のことだ。ヤツがうちを訪ねてきたときに、オレは例の計画を持ちかけたのだ。それがヤツには腹がたったらしく、ひどくオレをののしり辱めた。そこで、思わず撃ち殺してしまったのだ。仕方なかった」
夏引はさすがにショックを受けました。
夏引「これだけ長い間行方不明だったのだからある程度の覚悟はしていましたが、いくらなんでも、それは…」
泡雪「しかし考えても見ろ。オレとお前の浮気をヤツが知ったらどうなったと思う。俺たちが逆に殺されていたと思わないか。だからまあ、いつかこういう決着は必要だったんだよ」
夏引「それもそうね(ケロッ)」
泡雪「しかしこのままでは、オレに殺人の罪がかかって、浮気どころではない。そこで一計があるのだ。今回の殺人事件を、犬塚信乃のせいに仕立てあげる。どうだ」
夏引はニヤリとしました。「それができるなら、すばらしいわね。どうやるの」
泡雪「さいわい、雪の積もるシーズンだから、木工作の死体はまだ腐っていない。これを、お前の屋敷の裏口あたりで雪が残った場所に埋めるのだ。微妙に日があたるようにしておけば、そのうち雪が解けて死体の一部が露出するだろう」
夏引「なるほど、それで?」
泡雪「あらかじめ信乃の刀にはべったりと犬猫などの血をつけておくのだ。そうすれば、これはもう信乃の犯行にしか見えない。さっさと捕らえて当局に引き渡してしまえ。そうしたら、オレが牢屋係にたくさん賄賂を贈って、獄中で死ぬようにはからってやる」
夏引「なるほど!」
泡雪「その後、浜路が残るわけだが、これはどうってことはない。もともと拾い子なんだろう。遊女に売っぱらったところで、誰もなんとも言わないさ。そうしたらもう邪魔者はいない。オレが四六城木工作の家督を継いでやるよ。お前ともずっと一緒にいてやれるというもんだ」
夏引「あなたは天才だわ!」
泡雪「ふふふ、そうだろう。手伝いよろしくな。これで今回の用事の半分は済んだ。まだ時間は余っている。あとは、本来の男女の密会だ。エヘヘ…」
夏引「エヘヘ(鼻息)」
さて、ひととおりのことが終わると、泡雪たち三人は誰にも断らずに寺から出て行きました。寺男はあとで茶を出しに来て、誰もいなくなったので呆れました。「住職を待つんだと思ったのに、待ちきれなくて帰っちゃったのかな。名前さえ聞いていなかったのに」
かくして、泡雪と夏引がここで行なった密談は誰にも知られることはありませんでした… といいたいところですが、実はひとり、念戌という小坊主だけは、日向ぼっこをしながら下着のしらみを取っていたときに、話をなんとはなしに聞いてしまっていました。こういうわけで、この話はここの住職に伝わることになるのですが、これがどういう展開になるのかはあとのお楽しみ。
夏引は知らん顔をして家に帰ってから、まず出来介を呼んで密かにこんな話を持ちかけました。「私はさっき、占い屋に行って今回の件を見てもらったよ。そうしたら、ここに滞在している客のせいじゃないかという結果が出たんだ。今はまだ証拠がないので何もできないけれど、もし証拠を見つけたら、信乃を捕まえて、決して逃がすんじゃないよ。これがうまくいったら、お前を浜路の婿にしてやるからね…」
出来介は、鼻息荒くこの件への協力を約束しました。出来介も浜路に気があったんですね。
この晩のうちに、泡雪の手下たちは屋敷に忍び込んで、木工作の死体を裏口ちかくの地面の穴に放り込み、上から雪をいいかげんにかぶせておきました。翌日、穴から死体の足が飛び出しているのを、出来介が最初に発見しました。
出来介「死体だ! だんな様の死体だ!」
皆がこれを見つけて悲しみにくれました。浜路が一番取り乱して泣きました。
夏引「なんと悔しい、夫はこんな近くで殺されていたなんて」
出来介「これは近所か、もしかすると家の中のものの犯行かも知れませんぜ!」
信乃も悲しみにうなだれていましたが、出来介の意見には疑問があるようです。「もし近くの者が殺したのなら、むしろ死体を遠くに捨てるはずなのに、おかしいですね…」
出来介「うるさい。むしろ、遠くで殺してこんなところに埋めるほうが道理が合わないってもんだ。きっと、意外なほど近くにいる人物が犯人だったりするんだ(信乃をにらみつける)」
夏引「ともかく、すぐに代官を呼びにやってちょうだい。いや、それより先に、出来介と信乃さんは、夫の死体を家に運び入れるのを手伝って。それが済んだら、代官を迎え入れるための茶碗や菓子皿を準備するために、倉の二階に上がってちょうだい」
出来介・信乃「わかりました」
信乃が倉の中に入る直前に、夏引は出来介だけを呼び返しました。「あなたは別の仕事をしてもらうわ」
出来介「はい?」
夏引「信乃が倉に入っているうちに、彼の刀に何かの血をつけておきなさい。話を早くするためよ」
出来介「…はい、わかりました!」
出来介は夏引の意図を呑み込むと、離れの信乃の部屋から桐一文字の刀を盗み出し、庭のニワトリを刺し殺してから、血をぬぐわずに刃をさやに戻しておきました。夏引は、倉の戸を閉めて鍵をかけ、信乃が出てこられないようにしました。
(村雨のほうは、信乃がいつも腰につけて離しませんので、桐一文字が使われました。もし村雨で同じことをしたら、刃に血がつかなくて困ったことでしょうね。閑話休題…)
信乃「あれっ、扉が開かない。夏引さん、開けてくださいよ」
夏引「図々しいことを言うでないよ、この人殺し!」
信乃「えっ」
夏引「さっき、あなたの刀を出来介に引き抜かせてみたわ。そしたら血がべっとりついているじゃない。これで証拠は明白だわ。あんたが犯人なのよ」
信乃「そんなばかな」
出来介「お前は、だんな様の親切を仇にしやがったんだ。こんな卑劣な犯罪をおかしやがって。今からお前は捕まえられて、すぐに死刑になるんだ。だんな様の恨みを知れ」
夏引「私はいますぐに代官を呼んできますからね。出来介、ここの見張りは頼んだわよ。代官以外が来ても、倉を開けてはだめよ」
こうして、あれよあれよという間に、信乃は倉に閉じ込められた殺人犯ということになってしまいました。
信乃「あの人たちにハメられたのか… こうなったら仕方がない、逮捕されるのならされて、その後で堂々と弁明しよう」
その後しばらくして、武田家の代官である甘利兵衛尭元が、数人の雑兵を連れてカゴを引いてやってきました。
甘利「夏引の訴えにより、木工作の死体を点検し、犯人犬塚信乃と、それと密通の疑いある浜路を連行するために来た。夏引は、わけあって少しここに来るのは遅れるぞ。さあ、だれか案内せよ」
出来介がもみ手をしながら出てきました。「使用人の出来介でございます。死体は家のなかにございます。犯人は倉にとじこめました」
甘利「うむ」
まず代官は、死体の傷口を点検しました。
甘利「これが刀傷? ちょっとよく分からないな。まあ、あとで詳しく調べよう」
次に、殺人の証拠である刀も確認しました。
甘利「ちょっとまて、殺人があったのは昨日やおとといではないんだろう? なんで血がこんなに新しいんだ。まあいい、これもあとで調べようか」
出来介は、甘利の指摘にいちいち冷や汗が出ます。
甘利「まあ、訴えがあったんだから、もちろん逮捕して帰るよ。出来介よ、倉を開けい」
出来介が鍵を開けて扉を開くと、信乃が出てきました。
甘利「代官の甘利だ。お前が殺したのか?」
信乃「違います。よく調べれば分かるはずです」
甘利「もちろん、よく調べよう。今から城に連行するが、いいか」
信乃「結構です。そこで申し開きをしますから」
甘利「よしよし。まだ罪を犯したと決まったわけでもないし、縄をかけるのは許してやろう。そのかわりに、刀だけは腰からはずしてこちらに預けてもらうからな」
甘利「さて、出来介よ、信乃の荷物はひととおり証拠品として調べるから、それ持ってきて。あと、浜路も連れて帰って調べるから、連れてきて。ああそうだ、浜路を拾ったときに、赤ん坊が着ていたという衣装も持ってきて。調べるから。うん、それそれ」
浜路は、ビクビクしながらカゴに丁寧に載せられました。
甘利は、要求したものをすべて預かると、
甘利「よし、それじゃあ出発。出来介よ、今から言うことを、家族や村人たちにちゃんと伝えておけよ。あの傷は、明らかに銃創で、刀傷ではない。また、刀についていた血は、新しすぎるため、殺人と関係がない。それでは、さらば」
これだけ言い残すと、甘利たち一行は、飛ぶように走り去っていきました。
出来介が大仕事を終えて心底から安心していると、やがてドヤドヤと大勢の人間が迫る音がしました。それに先立って走ってきたのは夏引です。
夏引「おまたせ、今から代官の甘利尭元さまがいらっしゃるわよ。出迎えの用意をなさい」