86. 丶大法師のサブクエスト
■丶大法師のサブクエスト
大角のアザの場所のことは、まあ置いておいて…
四人の犬士たちは、主人に引き止められるままに穂北の屋敷に滞在していましたが、やがて秋も終わりに近づいてきました。道節は、石禾の指月院にそろそろ連絡をとらないといけないと思い出しました。
道節「あそこには丶大様を残してきている。荘助が戻ってきているだろうし、何か他にニュースもあるかもしれん。そろそろ連絡してみたいな。なんなら俺が直接行きたいところだが、武田どのの誘いを振り切って出てきた手前、ちょっと戻りづらい」
信乃「そうですね。私もです。飛脚を派遣しましょうか」
現八「俺にまかせろよ。手紙なんかを持っていくより、よほど込み入った話ができるぜ。荘助が戻ってきていたら、すぐ連れて帰るよ」
大角「私も行きたいですね。丶大様や他の犬士にもお会いしてみたい」
こんなわけで、現八と大角が甲斐に旅立ちました。道節と信乃は引き続き、氷垣残三夏行のもとに滞在を続けました。道節は、ある日、氷垣の婿である落鮎有種のところに行き、こんな密談を始めました。
道節「なあ落鮎、俺がかつて、白井の城のそばで、扇谷定正の一行を襲ったことを知っているか」
落鮎「はい。主家のカタキに一矢を報いてくれた事件として、練馬の生き残りたちには広く知れ渡っている話です」
道節「だが、あの戦いには心残りがある。これも知っているだろうが、オレが首を取った定正は影武者だったのだ。まだ敵討ちは達成されたといいがたい。しかもそこからヤツの手下に逆襲を食って、仲間の犬士たちも散り散りになって苦労したし、他の仲間だった世四郎や音音たちも(たぶん)討死した。いまだ定正への憎しみは消えん」
落鮎「わかります」
道節「最近知ったことなのだが、定正は今、五十子城にいるらしい。ここから思いのほか近い。ふたたび定正を討つチャンスが得られそうだ。おぬしを信じて打ち明けるのだが、俺に協力してくれないか」
落鮎は感激しました。「なんでも協力します! ぜひ襲撃部隊に入れてください。他の生き残りたちにも声をかけます。80人か、90人くらいいますよ」
道節「いや、お前自身に危ないことはさせん。もし死んだら、家族が悲しむだろ。また、ここに反乱勢力がいることがバレたら、管領を殺しても、結局はここが攻められるぞ。襲撃はあくまで俺がやるから、兵だけ貸してくれ。お前には、主に、五十子城のあたりをスパイすることを手伝って欲しいんだよ。それで十分だ。頼むぞ…」
落鮎との密談を終えて、道節は次に信乃にもこの計画を伝えました。しかし信乃は反対のようです。
信乃「扇谷の襲撃はやめたほうがいいと思います。犬山どのは、すでに父親のカタキであった竈門三宝平も討ちましたし、主君を直接殺した越杉駄一郎も討ったではないですか。もう十分と考えるべきですよ。今度の相手は強力で、危険も大きいです。だいたい、万一のことがあったら、我々の主君である里見どのへの不義になるんですよ。八人そろって里見殿のもとに参じることを最優先にしなきゃ」
信乃の意見は理路整然としていて、道節は言い負かされてしまいました。
道節「ま、まあ、信乃の意見も一理あるよな。しかし俺は、他の犬士たちが苦しめられたことについても、定正にキッチリ仕返ししておきたいんだ。それにしたって、チャンスがあったら、というだけのことで、難しそうならあきらめるさ。無理はしないから。そんなに深刻に考えないでくれ。な」
そしてその後、道節はなるべく信乃に知られないように作戦を進めました。ときどき、自分自身でも五十子城に近づいて偵察活動を進めました…
さて、それから一月近くが過ぎ、甲斐の指月院からの飛脚が穂北に到着しました。現八と大角からの手紙が信乃たちに渡されました。
手紙「あれからすぐに、丶大様に会うことができた。たいへん喜んでくれた。信乃と道節が穂北にいることを伝えておいたぞ。荘助と小文吾がちょっと前までこの寺にいたんだが、その後、犬阪毛野という犬士を捜索するために出て行ったそうだ。だが、春までには一旦戻るそうだから、もうちょっと待つつもり。そしたら、ここに四人の犬士が揃うことになるわけだ」
道節「おお、あたらしい犬士が見つかったんだな。犬阪毛野というのか」
信乃「これで、八人の犬士の名前がすべて分かったことになります! すばらしい」
手紙「丶大様から聞いたかぎりでは、どの犬士もなかなかタフな試練をくぐってきたようだ。小文吾は特にいろいろあったようだ。そのうち実際に会えたら詳しく聞くつもり。そうだ、犬阪毛野は、単身で多くの敵をミナゴロシにする、とんでもない知勇を備えた男らしい。これにもいつか会えるだろう。楽しみだな」
道節「そんなすごいヤツなのか。鬼のような姿なんだろうな(ごくり)」
手紙「この指月院は、春になったら次の住職にバトンタッチできるらしい。希望者が現れたんだ。そしたら丶大様はここを離れられるから、ここにいる全員で一緒に穂北に行き、そこで信乃と道節を拾うつもりだ。その後、丶大様が行くところにみんなで着いていこう。なお、この手紙には返信不要。飛脚はここから直接安房に行って、蜑崎照文どのに同じことを報告する予定だ。じゃあな」
手紙の内容はこんな感じでした。飛脚は、信乃たちから銀子をもらって、何日間か休んだのち、引き続き安房に向けて出発しました。
さて、場面は甲斐の指月院に移ります。信乃たちに手紙を出してから、現八と大角にはちょっとヒマな日々が続いていましたが、やがて正月が過ぎたころ、荘助と小文吾が犬阪毛野捜索の旅から戻ってきました。結局毛野は見つからなかったようですが、ここに現八・大角・荘助・小文吾が集結できたことになります。四人はそれぞれの情報を交換しあい、すっかりキャッチアップを完了しました。
丶大「さて、犬士のみんな。わたしから話があります」
丶大は少し改まって言いました。「ここの寺の住職を継いでくれるという方がいるのですが、その方が、今月の終わりごろに引継ぎをしたいと言ってきました。そしたら私はここを出るのですが、その後は結城の古戦場に行って、そこに住もうと思うんです」
荘助「おお、結城ですか。信乃さまの父上、番作様が戦った場所だ」
丶大「うん。大塚匠作、番作どのの戦った場所でもあるし、犬塚どのの母方の祖父、井丹三直秀どのが戦った場所でもある。何より、里見義実殿と、そのご尊父である里見季基どのが戦った場所でもあります。八人の犬士たちを生んだルーツがここに集中しているのです」
小文吾「たしかにそうだ」
丶大「八人の犬士たちの名前がすべて分かりました。集結のときはきっともうすぐです。私はかつて大きな罪を犯しましたが、それを許されたときに殿に誓ったことが、もうすぐ達成されるんです。ですから、今こそ、結城の戦没者たちを弔う大法要を開催し、これをもって、わが君、里見義実どのの恩に応えたいのです。法要でのメインイベントは、百日連続の大念仏ですよ」
現八「長げー(小並感)」
丶大「ということなので、みんな一緒に寺を出ましょうね。穂北で犬塚どのと犬山どのも拾っていきましょう」
荘助「ここを出るのは、すると、10日くらいあとってことになりますね。それまでは自由時間ですか」
丶大「そうだね」
荘助「私は、旅の途中、出会った山には登りまくって、親兵衛がいないか探してるんですよ。甲斐にもまだまだ未探索の山が残っていますから、ギリギリまで探しまわりたいです」
ほかの三犬士も、荘助と一緒に山探しをしたいと申し出ました。
丶大「オッケー。見つかるといいですね。じゃあ、一月の終わりにはここにまた集合してください」
こんな感じで、四人は、決められた期間ではありますが、親兵衛探索チームとして出かけていきました。その直後、お寺の後継ぎを約束している人物から、予定を前倒しして寺を継ぎたいという申し出が丶大に届けられました。
丶大「おやおや、まだ犬士たちが戻ってないんだけど… まあ大丈夫でしょう。行き先は伝えてあるんですし、たぶんみんな追いついてくれます。オッケーですよ。私は今からここを出ます。無我六さんに念戌くん、あとはよろしく!」
無我六・念戌「さようならー」
こうして、丶大はひとり、荷物をまとめて、飄然と寺をあとにし、穂北への道をテクテク歩いてゆきました。
さて、やがて丶大は穂北に着くのですが、その道中、ひとつ不思議な事件に巻き込まれました。その話をしましょう。あまり直接は本筋に関係ない、いわばサブクエストのようなものですが。
葵岡という村で宿を求めようとしたときのことです。なぜか分かりませんが、村人はみなお坊さんに冷たく、誰も泊めてくれそうにありません。
丶大「もし、拙者は旅の僧でござるが、一夜の宿を…」
村人「だめだめ。このシーズンはすごく物入りで、みんなビンボウなんだよ。ちょっと泊めらんねえな」
丶大「なんなら宿代くらいお支払いできますが…」
村人「それでもだめなんだよ。村の決まりなんだ」
丶大「どんな決まり?」
村人「ズバリ、坊主を泊めてはいけない、っていう決まりさ」
丶大「えー、ホントなんですか?」
村人「ホントだってば、しつこいなあ。じゃあ俺の知ってる話を聞かせてやるよ。聞いて納得したら出てってくれよ」
丶大「ぜひぜひ」
そこで村人が話してくれたストーリーは、こんな感じです。
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かつて、この村で、雨がつづいて大凶作になってしまったことがありました。不思議なことに、他の村は晴れていても、ここだけずっと雨なのです。村ぐるみで祈祷を繰り返してもなんの効き目もなかったのですが、ある日、ここにフラリと現れたジイさん(みずからを知雨老師と名乗りました)が、これは沼の神のタタリだと教えてくれました。
老師「キミたち、沼の神を放っておいて、あてずっぽうな神様に祈ったってダメだよ。ちゃんと沼の神に供え物をしたかい」
村人が、何を供えたらいいのかと聞くと、
老師「1年に3回の供物をするんじゃ。1月には、銭50貫文と、着物を10着。5月は野菜を10カゴ分。9月は、米30俵とミソ20樽。これを小舟に乗せて、沼の中央に流しなさい。これよりちょっとでも少ないと効き目がないぞ」
こう言い残して老師は去りました。最初は、村人はみなウサン臭いと思いました。大体、ものすごい出費になりますからね。
しかし、このアドバイスをシカトしたところ、今度は雨が止まないどころか、村の娘たちが失踪するという事件が連続で起こりはじめました。村人たちは恐れて、ちゃんと供物をそなえるようになりました。そしてやっと雨が止んだといいます…
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村人「こういうわけだ。老師のアドバイスはそれだけじゃなくて、(1)供え物を回収に行かない、行き先も追わない、(2)供え物をした晩はみな明かりをつけずにすぐ寝る、(3)お坊さんに相談しない(泊めない)、というものも含まれていてよ。どうしてもアンタを泊めるわけにはいかないんだ。分かったか」
丶大「なーるほど。納得しました。次にお供えを出すのはいつなんです?」
村人「今晩だよ! だから金がねえんだ」
丶大「そうですか。ありがとう。ちょっと村長に挨拶だけしてからここを去ることにしますよ」
丶大は村長の屋敷の場所をきくとそこを訪ね、「ごめんください」と村長を呼びました。
村長「だれ? お坊さんなら用はないよ。帰った帰った」
丶大「わたしは、先日ここを訪れた知雨老師の弟分で、知風道人と申す者」
村長「知雨老師! は、ははあっ!」
丶大「元気してた? あれからどうよ。毎回の供え物はサボってないようだね。感心感心」
村長「お、おかげさまで、雨も止み、あれから村は平和でございます!」
丶大「それはよかった。しかし、ちょっと問題が起こったんじゃよ。最近、沼の神にささげられた供物を、泥棒が盗んでいるというお告げが、老師のもとにあったんじゃ」
村長「な、なんと? それは許しがたい!」
丶大「そういうことで、わたしが老師の代理として、盗賊退治に遣わされました。手伝ってくれるな」
村長「もちろんでございますとも。しかし、沼の神様なら、泥棒に罰を与えるくらい、人の手を借りなくても簡単にやってしまいそうですが…」
丶大「そりゃそうなんだけど、神様的にも、あんまり目立つと問題なんだってさ。人間にやっつけてもらうのが一番いいのだそうだ」
村長「そういうものですか… で、どうやって盗賊をやっつけるんです? 知風道人様が、なんか法術を使ったりするんですか?」
丶大「それもアリだけど、今回は、鉄砲を使うのが一番いいんじゃないかな。バーン、バーン。村で一番鉄砲がうまい人を呼んできてくんない?」
今回の話は、明らかに沼の神の仕業ではありません。丶大はそれにすぐ気づきましたが、しらばっくれながら何か作戦を立てたようです。どうなりますやら。乞うご期待。