105. 異世界転生チートハーレム犬士
■異世界転生チートハーレム犬士
(タイトルは、言ってみたかっただけです)
逃げてしまったくせ者のひとり、荒磯南弥六を親兵衛たちが探しに行こうとすると、「もうそいつは捕まえました」と言って出てきたものがあります。それはひとりの老人でした。かなりの年齢に見えますが、体はしゃんとしており、気力に満ちているようです。確かに、縄で縛った男をひとり連れています。
また、その後ろには、この老人の妻とおぼしい老女も控えています。薙刀を持っているのですが、義実の姿を見ると、失礼になるのを恐れてすぐに地面に置きました。
義実「え、誰です、あなたたちは。親兵衛の関係者かな?」
老人「ははっ。私は、犬山道節忠与の父君だった犬山道策のかつての家来だったものです。名は矠平。そしてここに控えるのは、道節の乳母であり私の妻である、音音と申すものです」
義実「おおっ。そなたたちのウワサは聞いている。確か、荒芽山で犬士たちを助けて戦い、そして、えーと、討死にしたという… あれっ」
老人「はい、討死した、つもりでしたが… イロイロあって、今はここで親兵衛さまをお世話申し上げている次第。詳しい説明は音音に譲ります」
音音が話を引き継ぎました。
音音「話は、私が力二と尺八を生んだところから始まります…」
矠平「いや、話をさかのぼりすぎだよ。もっと要点から入ろう」
音音「そ、そうね。力二と尺八が戸田川で犬士を守って戦死したのです。しかしその魂は、嫁の曳手と単節のもとに帰ってきて…」
矠平「それも今の説明には要らないよ。もっと巻いて、巻いて」
音音「そ、そうね。すみません、緊張でテンパっております…」
矠平「ああもう、やっぱりワシが説明するから」
結局話の大部分を矠平が説明します。読者がすでに知っているところは飛ばして、この老夫婦が、巨田助友の軍を食い止めて、最後に家に火を放ったあとの出来事だけを挙げると、こんな感じです。
○ 二人はいよいよ死ぬ覚悟を決めて、火の中に身を投じようとした
○ そのとき、犬に乗った女神が煙の中から現れた
○ 女神は「これにつかまりなさい」と言って、犬のリード紐をふたりに投げかけた
○ それにつかまると、不思議な力で上空に持ち上げられ、気が遠くなった
矠平「そして気がつくと、この山の中に連れてこられていたのです。とても平和そうな場所でしたから、はじめ、ここはてっきり『あの世』なんだと思いましたよ」
音音「目の前にはちょうど川もありましたからねえ。三途の川だと思いました」
矠平「うん、うん。そして、この天国のような地で、幼い子供がひとり、草花をいじって遊んでいました。試しにこの子にものを訪ねてみると、五歳とは信じられない口調で、今までの何もかもを理路整然と説明してくれたのです。この話の途中で、彼が例の親兵衛さまなのだと気づきました」
矠平「親兵衛さまが言うには、さらに曳手と単節もここに着いているはずだよ、ということでした。私たちは荒芽山で彼女らに起こったことを知りませんでしたので非常に驚きましたが、たしかに、近くに馬の死体と、気絶している嫁たち(曳手と単節)を見つけました」
矠平「親兵衛さまは、私たちに向かって、これらはみんな姫神さまのおかげだよ、と言って、何もない空間を指して見せました。私たちには実際には何も見えないのですが、どうもあの方にだけは何かがハッキリ見えていたようですな。時々その『姫神さま』とおぼしいものから何かを習っていたようですし」
矠平「私どもは、結局、家族まるごと、伏姫さまの霊によって命を助けられたことになります。その理由を、一同でよく考えてみました。そして、この神童・親兵衛さまをお世話する役目をありがたくも任されたのだと結論づけました」
音音「日頃の行いがよかったせいで神に助けられた、なんて虫のいいことはないと思いました。結婚前に子供をつくったような私たちですからね」
矠平「本来の主君である道節さまのもとに戻りたい気持ちももちろんありましたが、河の水は多いし、この土地から出る手段はなかったのです」
矠平「不思議なことに、ここにいる間、食べ物や着る物にはまったく困りませんでした。いつも、必要になったころに、どこかに置いてあるのです。そしてその食べ物は非常に滋味に満ちており、腹持ちも最高でした。最初に私たちが食べた桃のことはよく覚えております。みずみずしく、蜜いっぱいの味がして、その後数日は空腹になりませんでした。これもすべて伏姫さまのお力だったのでしょう。そして私たちが日々見守る中、親兵衛さまは驚異的なスピードで成長なさったのです」
矠平は一気にしゃべったので少し疲れました。それを音音が引き継ぎます。ここからはぜひ音音が説明したい部分なのです。
音音「ここでいただいた食べ物にはたいへんな効能がありました。なんと、曳手と単節が子を産んだのです」
義実「えっ、どういうこと」
音音「もともと彼女たちは、結婚相手の力二と尺八とは一晩しか一緒にいることができませんでした。じつはそのとき、ちゃんと妊娠したのです。しかし、大きなストレスが重なり、栄養もよくなく、子は胎内で育たないままになっていたようなのです」
音音「それが、ここにきてよい環境を与えられ、お腹の子の発育が再開する条件が整ったのです。さらに、荒芽山に帰ってきていた力二と尺八の魂が彼女たちの体に入りましたから、これがきっかけとなって彼女たちはついに子をみごもりました。これらは親兵衛さまが私たちに説明して明らかにしてくださったことです。なんと、子供たちは、その後30日で生まれました。今は6歳になったばかりです。そのまま、力二と尺八と名付けました。夫たちの生まれ変わりに違いありませんから。彼らも今では、普通の6歳児とは思えないほど成長しましたよ」
義実は、感心のあまりに声もありません。家来たちと一緒に話に聞き入っています。
矠平「食べ物がどこから出てくるのかは知りませんが、私は思いがけず孫まで授かってしまい、なにか労働でもしなくては悪い気がしてきました。ちょっと土地でも耕してみようかとしたのですが、親兵衛さまには止められてしまいました。『姫神さまが何もかもくださるのに、地面を耕す必要はないでしょう』と言われて。代わりに観音堂のお世話をしてはどうか、とも言われたので、私たちは今日まで、ずっとこの峰の上にある観音堂をきれいに保つよう努力してきました」
義実「おお、その観音堂は、私が伏姫をとむらい、犬士たちの集結を祈願して建てたものだ。なるほど、そこをずっとメンテしてくれていたとはうれしいことだ。河が増水してからは、下界から誰もそこに行けなかったのだからな」
矠平「そして話は、やっと今日のことになります。親兵衛さまは、突然、殿の危険を救いに行かなければいけない、今日から我々は現世に戻るのだ、とおっしゃいました。よく意味は分かりませんでしたが、ともかく、妻と子、孫たちをみなつれてここまで来たのです。たまたま、親兵衛さまがとり逃がしたひとりがこちら方向に逃げてきましたので捕らえたという次第です。長い話ですみませんでした…」
義実「なるほど、よくわかった。話に聞くだけならまことに信じがたいことばかりだが、こう目の当たりにしては何も疑う余地はない。矠平よ、あとでお前の家族にも会わせてもらうぞ」
義実「ところで、お前たちに届いていたという食べ物や着る物の秘密は、私にはすこし分かった。私は定期的に、近くの大山寺に米・味噌・醤油・野菜・たき木・布などを寄付しつづけていたのだ。貧民救済に役立ててもらおうと思ってな。伏姫によって、これらの余りが、お前たちに届けられていたのだ」
義実「さらに親兵衛よ、お前のその錦の襦袢、その柄に何か見覚えがあると思っていたら、それは生前に伏姫が使っていたクッションのものではないか」
親兵衛「おお、なんと! これはついさっき姫がくださったものです」
義実「あれもまた、大山寺の宝物殿に預けてあったのだが、伏姫がこんな形で再利用してくれたのだな。この感動、言い表しがたい!」