里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

104. でかい9歳児、あらわる

前:103. エアアドバイス、なぞなぞアドバイス

■でかい9歳児、あらわる

伏姫が眠る富山に詣でようとした里見(さとみ)義実(よしさね)が5人のくせ者たちに襲われそうになったところに、なんと、神隠しにあっていたはずの犬江(いぬえ)親兵衛(しんべえ)を名乗る人物が姿を現しました。桃太郎や金太郎を思い起こさせるような、童顔で肉付きのよい男です。自信に満ちた顔をしています。

くせ者「なんだこいつは。無駄死にしたいやつなのか。お望みならそうしてやるよ」

一斉に竹槍を持ったくせ者たちが親兵衛に躍りかかりましたが、親兵衛は持っている丸太棒を軽々と扱い、皆の竹槍をポキポキとへし折りました。そうして相手の腕、腰、向こうずねなどをぶっ叩きましたから、くせ者たちのうち4人は痛みにうめいてその場にへたばり込み、ひとりはヨロヨロと逃げていきました。親兵衛はそれを追わず、義実の前に(ぬか)づきました。

親兵衛「殿、無事でようございました。私は、かねて名前のみはお聞きでございましょう、山林(やまばやし)房八(ふさはち)の息子、犬江親兵衛と申します。殿の危険を知るよしあって、お助けするためにこうして見参いたしました」

義実「…おまえが、行方不明だった犬士のひとり、犬江親兵衛なのか!」

たいへん感動的なシーンのはずですが、義実はしごく常識的な疑問を持ちました。

義実「ええと… 聞いていた情報によると、お前は4歳のころに神隠しにあって、今は9歳のはず、だよね」

親兵衛「そうです」

義実「9歳にしちゃ、デカくないかい」
親兵衛「たぶん、神様に育てられたので、発育がよかったんだと思います」
義実「神様!」

親兵衛は、今までのいきさつを簡単に説明しました。かつて暴風(あかしま)舵九郎(かじくろう)に殺されそうになったときに、彼は「神様」によって身を守られ、ここ富山に連れてこられたというのです。

親兵衛「実際は、その後、物心がつくようになってから、そのとき何があったのかを聞かされたんですけどね」

義実「だ、誰に?」
親兵衛「だから、神様です。姫神さま」
義実「姫神さま!」

親兵衛のいうこの「姫神様」が伏姫の霊であることは、どうやら疑いがありません。ここ富山で、親兵衛は伏姫に食べ物や着物を与えられ、不自由なく育ったのでした。特に用事がない限り姫は姿を見せないのですが、食べ物や着るものは、いつでも、気がつくと「そこに置いてあった」そうです。

義実「武芸は誰に習ったんだ」
親兵衛「それも姫神さまです。姫神さまはたまに私の目の前に現れて、色々なことを教えてくれました。武芸も、学問も、世の中で起こっていることも、姫神さまはなんでも知っているのです。殿が今日ここでくせ者に襲われるということも、姫神さまがさっき教えてくれました」

義実「じゃあ、今でも伏姫はお前の目の前に現れるのか!? わ、私も会いたい。姿を見たい」

親兵衛は悲しそうな顔になりました。

親兵衛「姫神さまは、さっき、『これでお別れですよ』と私に言ったのです。今日、晴れて一人前に殿に見参させるからには、自分があなたにこうして姿を見せるのはここまでだ、と。そうしてこの衣装と短刀を私にくださり、その場でかき消えてしまったのです。私はついさっきまで、別れの悲しさのあまり、赤子のように泣き続けておりました…」

親兵衛「そうして、泣き止んだとき、決意したのです。これから『仁』の徳の玉に恥じない人間となって、立派に里見の役に立とうと。八行第一の徳、天の徳とも呼ばれる『仁』を体現できる男になろうと。まずは軽い手始めに、殿を襲った賊をこらしめました。そして今からすぐ、囚われの義道さまを救出してまいりたい次第です」

義実「おお、本当に、最近のニュースをみんな知っているのだな」
親兵衛「はい。他の犬士たちが経てきた冒険も、すべて知っています。姫神さまは、ときどき彼らのピンチを救うために出張に行っていましたから」
義実「出張」

義実はだんだんと、今まで対面を待ちわびていた犬士にやっと会うことができたという実感を感じ始めました。親兵衛が腰にさしている短刀は、見まごうはずもない、姫が自殺したときに使ったその刀なのでした。

義実「その刀を見て、お前が犬士のひとりであることをいよいよ確信したぞ。私は今、ヒジョーに感動している。…しかし、必ずしも手放しでうれしい気持ちにはなれないな。供をしてくれた二人の家来が、敵の矢に当たって死んでしまったのだ。まことに気の毒なことをしてしまった」

親兵衛「生き返らせてみましょうか。たぶんできると思いますけど」
義実「えっ」

親兵衛のこの発言には、さすがの義実もちょっと引きました。いや、いくらなんだってねえ。

親兵衛は腰のポーチから何粒かの薬を取り出し、噛んで湿らせると、矢の傷に塗りました。また、河の水を汲んできて、薬といっしょに口にそそぎ入れました。驚いたことに、たちまちお供の蛸船(たこふね)小水(こみなと)は目を開き、起き上がってキョトンとしました。義実もしばし呆然。

親兵衛「『仁』の徳は、不殺(ころさず)の徳でもあるのです。さっき、逃げた賊を無理に追わなかったのもそれが理由ですし、逆に、死んだこの二人を生き返らせる霊薬を使えるのも『仁』のパワーのなせるわざです。みんな姫神さま由来の力です」

義実・蛸船(たこふね)小水(こみなと)「へ、へえ… さすがにもう、どう言ってよいのやら…」


親兵衛「…さて、すべきことを忘れてちょっと長話をしてしまいました。まずはこの曲者(くせもの)たちの素性を明らかにしなくてはいけません。おいお前ら、『仁』のポリシーに従って、できれば拷問のようなことはしたくないのだが、どうだ、みんな白状しないか」

曲者たちは、白状します、と声をそろえて言いました。親兵衛の神童ぶりを目のあたりにして、すっかりかしこまってしまったのです。

曲者1「私は、安西(あんざい)景連(かげつら)の親戚筋にあたる男で、安西景次(かげつぐ)といいます。景連(かげつら)が里見との戦いに破れてからは、落ちぶれて民間に下っていました」
曲者2「私は、麻呂(まろの)信時(のぶとき)の親戚筋で、重時(しげとき)といいます。私も事情は似たようなものです」

安西(あんざい)麻呂(まろ)といえば、結城合戦から逃れた里見義実がはじめて安房に拠点を持ったときにライバル関係になった人たちですね。彼らはその血筋だったのです。生活に困窮していたところを素藤(もとふじ)に養われて恩を売られ、やがて、お家復活をチラつかされながら、里見暗殺のヒットマンを命じられたのでした。

安西「今まではなかなか機会もなかったのですが、たまたま、殿たちがこの富山に少人数で訪れようとしているという情報を入手したのです。それで、チャンスだと思って…」

麻呂「お供のふたりを毒矢で射止めたところまでは順調だったのですが、その後すぐ、弓のツルが切れてしまったんです。今思えば、これも伏姫さまの霊が殿たちを守ったのですね。おまけにこんな神童が現れるなんて、もう参りました。今となってはすっかり非を悔いています。死刑にしてください」

義実はため息をつきました。「私は景連(かげつら)信時(のぶとき)とはやむを得ず戦ったが、その親戚には何も恨みはないのだし、ウチに言ってくれれば何かと援助する手立てはあったのに… 貧すれば鈍して、素藤なんかの甘言に乗せられてしまったのだな」

次の曲者の白状する番です。

曲者3「私は、神余(じんよ)光弘(みつひろ)さまの関係者です。家臣だった天津(あまつ)兵内(ひょうだい)の弟で、天津(あまつ)員明(かずあき)といいます」

義実「えっ、神余(じんよ)どのの内輪なら、私が何か恨まれるというのは変だ。私はむしろ、神余(じんよ)どのを殺して領地をのっとった山下(やました)定包(さだかね)を除いた立場なのだから。一体どういうこと?」

天津(あまつ)「私の姉はかつて神余(じんよ)どのの側室をつとめており、彼の子を妊娠していました。しかし、その後に取り入った玉梓(たまづさ)が権力をにぎってからは、その子の命を守るために上総(かずさ)の田舎に避難していたのです。その子を産むと、姉はやがて病で死にました」

天津(あまつ)「この子は病弱でした。しかしもとは正統な領主の子なのですから、新たな国主となった里見殿からはなんらかの救済措置のキャンペーンが張られるだろうと期待して待っていました。しかし何の音沙汰もなく… そうして待ちくたびれていたところ、館山城の蟇田(ひきた)素藤(もとふじ)から、そこの安西や麻呂に持ちかけたのと同じようなオファーを受けたのです」

義実「そ、それはすまなかった。神余(じんよ)どのの子孫なら、当然うちで世話したのに。だって誰も何も言ってこないんだし、金碗(かなまり)八郎(はちろう)さえもそんなこと知らなかったんだからなあ… それはそうと、天津(あまつ)とやら、今までよくぞ旧主の子を守ってきたな。お前は忠義の男だ。こんな巡り会わせで会うことになったのは残念だ」

天津(あまつ)「ははっ。こんな大それたことをした私が死罪になるのは当然ですが、どうぞ神余(じんよ)どのの若君にはご恩顧(おんこ)を…」

義実「いや、いや。今の件、義成に言っておくからさ。一応ひととおりの取調べはするけど、それで余罪がなければ、みんなのこと、できるだけいいように計らうから。元気出しなさい」

天津(あまつ)・安西・麻呂「ははっ…(感涙)」


親兵衛「えーっと、残りの一人と、さっき逃げたもう一人の素性も知りたいな」

天津(あまつ)「はい。逃げたものは荒磯(ありその)南弥六(なみろく)、ここに残っているものはその子分の墜八(ついはち)です。南弥六(なみろく)は、洲崎(すさき)無垢三(むくぞう)の孫です」

無垢三(むくぞう)は、悪臣・定包(さだかね)を暗殺しようとして、誤って神余(じんよ)光弘(みつひろ)その人を殺してしまった男です。

天津(あまつ)南弥六(なみろく)は、義侠心の強い、立派な男です。かつての祖父のあやまちを償うべく、神余の若君をふたたび世に立たしめるという使命を自分に課していたのです。そんな縁で私と知り合い、今まで協力してくれていました」

親兵衛「うーん、それは、私の父である房八が、神余どのを暗殺してしまった祖父(朴平(ぼくへい))の償いをしようとしたのに似ている…」

義実「なるほど、そうかあ。その南弥六(なみろく)とやらも、よく反省さえしてくれれば、これも許されるように努力してあげるよ。でも逃げちゃったのでは困ったね」

天津(あまつ)「はい、逃げたあげくに、素藤(もとふじ)のもとに帰って今回の報告をされると、これは里見殿のためになりません。まだ遠くには行っていないでしょうから、なんとか探して呼び戻すべきと思います」

義実の家来ふたり「私たちが今すぐ捜索してきます!」
親兵衛「いやいや、この山のことは私がずっと詳しいです。任せて!」

誰が南弥六(なみろく)を探しに行くべきか、そのことが話の焦点になったとき、「それは必要ないですぞ、私がもう捕まえましたから」という声が林の中から聞こえました。

これは誰でしょう。つづきは次回。


次:105. 異世界転生チートハーレム犬士
top