里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

103. エアアドバイス、なぞなぞアドバイス

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■エアアドバイス、なぞなぞアドバイス

(とうの)六郎(ろくろう)辰相(ときすけ)は、義成(よしなり)が人質の息子を自ら殺して、敵を早急に揉み潰そうとするところを必死に(いさ)めました。義実(よしさね)からさずかったアイデアがあるので少しだけ待ってくれ、と言ったのです。

義成「ぐぐ、父上の言葉なら、従わないわけにもいくまい。わかった、一旦、新戸(にいと)の陣まで戻ろう。続きはあとで聞く」

辰相(ときすけ)「ありがとうございます。退却戦は我々に任せ、殿は早く」

(いくさ)において、籠城(ろうじょう)している敵に後ろを見せて退却することは敵の追撃にあいやすく、非常に危険なものなのです。しかし、辰相(ときすけ)はベテランの家老ですから、ここらの準備は万端です。

館山(たてやま)城にこもっていた蟇田(ひきた)素藤(もとふじ)は、退却していく里見たちを見て、チャンスだと思い込みました。

素藤「よし、人質が効いたようだ。たまらず退却しやがった。今こそあいつらを存分に攻め立ててやれ」

素藤(もとふじ)本人を先頭に、4、500人の兵たちが、ワッと城門から飛び出しました。それを受けて、里見側の(とうの)辰相(ときすけ)登桐(のぼきり)良干(よしゆき)たちは兵を左右に展開しながら逃げました。素藤の軍は、ゆるやかに二つの隊に包まれるような格好です。

素藤「おらおら、攻めろ! …いやまてよ、あまり深追いは…」

そのとき、素藤の軍のから、里見側の田税(たちから)逸時(はやとき)の一隊が迫りました。伏兵です。これによって、素藤たちは三方向から囲まれる形になってしまいました。追っていたはずの里見軍は、一転してこちらに攻めて来ました。

素藤「いかん、この形はまずい!」

素藤たちは総崩れになって、200人以上の死者を出してしまいました。素藤自身も、辰相(ときすけ)の放った矢がヒジに刺さって負傷しました。かろうじて囲みを切り抜け、迎えに飛び出した家臣たちに助けられて、城によろよろと戻っていきました。一方、里見側の死傷者は20人を下回ります。勝ち(どき)を上げながら、悠々と新戸(にいと)に戻っていきました。

義成は先に新戸(にいと)に戻っており、帰ってきた辰相(ときすけ)から退却戦に成功したという報告を受けました。

義成「よし、よくやってくれた。しかし、さっきの話は終わっていないぞ。私は今回、恥をしのんで退却した。非道な敵を破るためには、私は自分の息子だって矢にかける覚悟だ。しかし父上の名を出されては仕方がなかった。さあ、答えよ。と言ったな。父上がなんとアドバイスしてくれたというのだ」

ハンパな答えなら容赦はしない、といった剣幕です。辰相(ときすけ)はしばらく(ぬか)づいたままでしたが、やがて顔をあげると、

辰相(ときすけ)「実は、大殿(義実)からのアドバイスなど届いておりません」
義成「なんだとっ」

辰相(ときすけ)「あの場で、殿に怒りをしずめて翻意(ほんい)いただくには、お父上の名前を出すしかなかったのです。私自身が厳罰を受けるのは覚悟の上でした。今回のご決断は、決して恥とはなりません。多くの益がございましたぞ。すなわち
 (1) 御曹司の命が失われずにすんだ
 (2) 素藤の追撃を逆手にとって、大ダメージを与えられた
これらを、私一人の命であがなえるなら安いものです」

義成は感動して、扇でヒザをポン! と叩きました。

義成「あっぱれ! お前が言ったのは、疑いなく『父上のアドバイス』だった。父上なら本当にそう言ったに違いないからだ。また、あの場で父上の名が出ない限り、私は怒りにおぼれて、過ちを避けることができなかったはずだ。お前のような得がたい家臣を持って、私には過ぎた幸いだ。ありがとう!」

辰相(ときすけ)「たとえ殿とて、千慮に一失の過ちはござる。それを(いさ)めるのは臣のつとめ。さすがはわが殿、よくぞお()れくだすった。今後も命のかぎりお仕え申す!」

こうして、義成と家臣たちとの雰囲気は、戦の最中とはいえ、一時的にたいへん和やかなものになりました。

ここに、蜑崎(あまさき)十一郎(じゅういちろう)照文(てるふみ)が、本当の義実のメッセージを持って現れました。

義成「うわさをすれば影だ。照文(てるふみ)よ、何か父上からの伝言はないか。こちらの戦の状況は云々…」

照文(てるふみ)「はい、預かったお言葉がございます。大殿は今回の戦をたいへん(うれ)えています。私が、殿になにかアドバイスを、とお願いすると、こうおっしゃいました:

義実『その場にいなければ何とも言えないところではあるが… 家には(ぶた)がおらん。二十回も見れば、神の教えにかなうだろうな』

家臣たち「???」
照文「私も、大殿が何を言っているのかよく分からなかったのですが、一応そのまま伝言いたします」

義成「ははあ、なるほど」
照文「分かりますか」
義成「父上らしいナゾナゾだ。家に(ぶた)がなければ、『(うかんむり)』になる。そこに、廿(にじゅう)()るを足せば… できる字は、『寛』だ」
照文「おおっ」
義成「性急に進めず、(ゆる)やかにやれ、というメッセージか。なるほど、例の謎の女の子も『怒りにおぼれるな』と言ったことを今思い出したぞ。よし、よくわかった!」

照文は、義実から酒や干物といった差し入れを預かっていましたので、これを兵たちに分配して士気を養わせました。その後、義成は、館山城を遠巻きに囲わせ、長期戦の構えを取りました。素藤たちは義成を怒らせるために、その後も人質の義道(よしみち)(やぐら)にさらしたり、刀でチクチク刺すフリをして挑発しましたが、義成たちはじっと我慢し続けました。素藤は、個人ではそれなりの武芸を誇るようですが、戦を指揮することにおいては所詮アマチュアです。いつかボロを出すことを信じて、里見軍は待ち続けました。

そうしてひと月近くが経ち、季節はだんだんと春めいてきました…


さて、こちらは滝田に隠居中の里見義実(よしさね)です。照文の報告を受け、息子の義成が性急な戦をせずに済んだことにはさしあたってホッとしましたが、孫の義道のことは引き続き心配ですし、毎日心は安まりません。

義実(よしさね)「こんなときに、犬士たちがいてくれたら色々と役に立ってくれるだろうな。穂北(ほきた)に何人かいることは分かってるんだから、声をかけてみようか… いや、それは弱気すぎる。まだ見ぬ犬士に私がいてはダメだ。自分たちでがんばらないと」

義実(よしさね)「それにしても、伏姫の霊には大変助けられているなあ。うちの兵たちがたくさん死なずに済んだのは、間違いなく彼女のおかげだ。私には分かる」

照文「そうですね」

義実(よしさね)「しかし、助けられたついでのワガママかも知れないが、このひと月近く、ずっと戦の進展がはかばかしくない。ここも何か、姫が、パッと助けたりしてくれないものかなあ」

照文「まあ、言われてみれば…」

義実(よしさね)「そうだ、直接墓参りしてみようか。そこで姫の墓前で、改めて祈りを捧げるのだ」

照文「いいですね」

こんなわけで、義実は、照文と数十人の供人をつれて、姫の霊が眠る富山(とやま)の近くまで行きました。実は、約20年前、姫がここで自殺して玉を国中に飛び散らせて以来、富山の河は増水がはじまり、かなり前から、誰も山の奥には立ち入ることができなくなっているのです。だから、姫が眠る岩窟近くには行けません。義実は、代わりに、近くの大山(おおやま)(でら)にある姫の位牌に祈りをささげに行きました。

大山寺の住職は義実を迎え、最近の近況を話しました。それによると、ここ数日、突然、富山の河の水が引いてしまったといいます。

住職「今なら、山のどこにも入れるでしょう。しかし、いつまた増水するか分かりませんから、みんなまだ怖がってうかつに入りませんけど。もちろん殿様も入っちゃだめですよ」
義実「お、おう。もちろんだ…」

義実は何か予感めいたものを感じました。今なら、伏姫の眠る場所に直接行くことができるのです。義実は寺から城に帰らず、直接富山に行ってみました。本当に水がありませんでした。

照文「行ってみますか、姫のもとに。私もついていきます」
義実「お前の父である十郎(じゅうろう)は、ここの河でおぼれて死んだ。お前にとっては危険な場所な気がするから、山のふもとで待っていてくれ」
照文「ははっ…」

義実は、三人の供人だけを選んで、山に登っていきました。途中で花を買ってこなかったことを思いつき、さらに一人を返しましたので、結局二人のお供を連れた状態で富山の奥に入っていきました。(山の花を摘んで姫の墓前に供えるのでは、ちょっとサボった感じでいやだったのです)

春浅い富山には、花の香りがただよい、うぐいすが鳴き、あたりは萌える草木にいろどられ、さながらこの世の楽園のように感じられました。まことに、平和を絵に描いたようです。義実は心和み、少しだけ座って休憩をとりました。例の岩窟まではもう少しです。

義実「さあ、もうちょっとだ」

そのとき、ヒュンという音とともに、二本の矢が木の陰から飛んできました。それぞれの矢は二人の供人の(もも)とヒザに刺さりました。矢には毒が塗ってあったのか、二人はあっと叫んだきり絶命しました。

義実「何ものだっ」

4、5人のクセ者たちが、竹槍をもってワラワラと現れました。

クセ者「われらはお前に滅ぼされた麻呂・安西・そして神余の恨みを返すためにここで待っていた。里見義実よ、覚悟せよ」

義実はひるみません。刀の鯉口(こいくち)を静かにゆるめると、敵をにらんで応戦のポーズをとりました。


反対側の木の陰から、さらにもう一人の人物が現れました。白い肌、うす(くれない)の顔をした、肉付きのよい童顔の大男です。錦の襦袢(じゅばん)段々(だんだら)筋の着物を身につけ、腰には短刀を提げ、両手には一本の丸太棒を持って構えています。

大男「くせ者ども、里見殿に無礼をするな! 我こそは八犬士随一の男…

 犬江(いぬえ)親兵衛(しんべえ)(まさし)であるぞっ!」




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