102. 神々のたたかい
■神々のたたかい
諏訪神社のテープカットをしにきた里見義道一行が蟇田素藤たちに襲われ、里見側はほぼ全滅、義道自身もさらわれてしまいました。
騒ぎが終わり、死屍累々たる境内を眺めて、神社の神主である梶野葉門は震え上がりました。起こってしまったことの恐ろしさもさることながら、自分も義道誘拐の共謀者だと思われるかもしれないと考えたのです。樟の下に城への通路があるところなんて、普通に考えれば、神社側の協力がなくてはできませんからね。
葉門「わ、わたしは善意の第三者です。この身を明かすために、ここで起こったことを、何より先に、稲村の殿さま(里見義成)に報告しなければ」
葉門の部下「神社の中が、血と死体でひどく穢されてしまいました。どうしましょう… 勝手に里見側の死体を葬ったら、きっと素藤さまにひどく怒られますでしょうし。ましてや殿様に勝手に報告なんてしたら」
葉門「ううっ、とんでもない板挟みに巻き込まれた」
葉門たちがそう悩んでいると、どこからともなく厚い雲が湧いてきて、上空を覆いました。そうして突然、すさまじい雷が鳴り響き、盆をひっくり返すような豪雨が降り始めました。風も強く、木々をへし折り、建物の屋根ごとめくりあげてしまいそうな勢いです。神主たちは全員社殿に戻り、嵐が過ぎ去るのを神仏に祈りました。この世の終わりかと思われる轟音の中、生きた心地がしませんでした。
一時間もするとようやく嵐は過ぎ去り、何もなかったかのような晴れた天気に戻りました。神主たちは外に出てあたりの様子を確認しました。すると、倒れていた里見の人たちがすっかり消えています。
葉門「これはどういうことだ?」
部下「血もすっかり洗い流されていますね。戦なんてなかったかのようだ」
葉門「竜巻か何かに飛ばされてしまったのか?」
さらに様子を調べると、樟のうろの中にあった通路がすっかり埋まってしまっていました。樟自体も、さっきの嵐でさんざんに痛めつけられ、大部分の枝が折れてボロボロになっていました。
ともかく、この異変のことも含めて、目撃したことをやはりありのままに里見殿に報告するため、葉門は数人の部下を連れて稲村への道を走り始めました。途中、今回のイベントで同じくテープカットをした宇佐八幡の神主もまた稲村を目指しているところに、偶然合流しました。
葉門「おぬしも稲村へ向かうのか」
宇佐の神主「さっきの嵐のことを報告しようと思ってな。正八幡の神主も馬で先に行っている」
葉門「こちらの神社ではさっき、こんなことがあったのだ。云々…」
宇佐の神主もまた、国主の御曹司が誘拐されたことにショックを受け、また自分たちが共謀者として怪しまれないよう、真っ先に里見殿に報告しなければとの考えに同意しました。
そうして道を急いでいると、途中、雑兵の首がいくつも道ばたにさらされている場所がありました。葉門は驚いて立ち止まりました。「なんだ、この首は。さっき死んだ、里見の兵たちなのか?」
いつの間にか、葉門たちの近くに、11歳くらいの女の子が立っています。「それは里見側じゃないわ、素藤側の兵よ。さっきの戦いで死んだものを、神様がここに梟けたの」
葉門「お、おまえは誰なんだ。どうしてそんなことを知っているんだ」
女の子「神様が私にそう言ったのよ」
葉門は、驚いたのと怪しいので思わず絶句しました。よく見れば、女の子は濡れた子犬を抱いています。
女の子「さっきの嵐で里見側の兵たちを空に巻き上げたのも神様よ。安房の富山にいる、女の神様なの。神様はさらに言ったわ。『義道の厄災は天命なので避けられぬ。だが、神の助けで命は救われよう。兵たちも多くは回復する。怒りにおぼれぬことが重要だ』ですって。おじさんたち、安房に行ったら、殿様にも教えてあげてね」
ここまで話すと、女の子の姿はフッと消えてしまいました。葉門たちは、今会った女の子もまた、神の使いだったのかもしれないと考えました。
ところでこちらは、奥さんが死んだだの、妻が死産しただのという手紙を受け取って、あわてて先に稲村に戻ってきていた堀内蔵人と杉倉直元です。今は夕方です。
堀内「あれっ、奥さんが死んでない」
杉倉「うちの奥さんも無事です。まだ子供は生まれてもいません」
手紙の内容をもう一度確認してみようと紙を広げると、まったくの白紙でした。これはどうやら、キツネにでも化かされたに違いありません。二人はあきれてしまいました。
堀内「ううっ、とんでもない不覚。私ほどのベテラン家老がこんなものにだまされるとは。殿に申しひらく言葉もない」
堀内は、同僚の杉倉氏元にこの件を相談に行きました。
氏元「うん、息子の直元もヘコんでいたよ。しかし、実はお前たちのことはもう知っていた。その話よりももっと奇妙なことが最近起こってな」
堀内「どういうことなんだ」
氏元「今日の真昼のことだ。急に空が曇ったかと思うと、急に竜巻のような風が起こって、人間がたくさん城の庭に落ちてきたのだ。それらは御曹司に供としてついていった家来や雑兵たちで、みなひどい重傷を負っていた」
氏元「しかし、重傷ではあるが、死んだものは不思議と少ないのだ。治療をしてみると、思ったより早く回復するものが多かった。まあ、十数人ほどは、どうしようもない致命傷で手のほどこしようがなかったが…」
氏元「それはともかく、その中にいた苫屋八郎とその他数人に、何が起こったのかを聞いたところ、諏訪神社で何者かに襲撃され、こちらの一行が全滅、しかも御曹司は誘拐されてしまった、ということだった」
堀内「!」
氏元「大きな樟のうろの中から敵兵が異常にたくさん出てきて、われらの一隊は連べ撃ちにさらされたという。そこで体勢を崩され、その後はどうしようもなかったそうだ。堀内たちが早く戻った理由も、彼らに聞いたのだ」
堀内「御曹司をさらった敵とは…」
氏元「状況や断片的な証言から判断するに、蟇田素藤だろうな。この前、浜路姫の結婚をこちらが断ったではないか。それを恨んでの犯行と思われる。一応、偵察を放って、裏をとっている最中だ。もちろん殿にも、大殿(隠居中の義実)にもすべて報告した」
堀内「そうか。オレの不覚はどうやって詫びよう。やっぱ切腹かな」
氏元「なんとも言えんよ。少なくとも、殿の許しを得ずに勝手に死んではだめだ。しばらく身を慎んでいるのがいいだろう。息子にもそう言っておいた」
この日の夜に、正八幡神社の神主が、神社での異変を報告に来ました。さらにこの日の深夜には、諏訪と宇佐の神主も到着しました。そして、彼らが見聞きしたことをすべて里見義成と家老たちに報告しました。もちろん、道中で、謎の女の子に聞いた内容も漏らさず報告しました。さらに翌日には、里見の雑兵のうち、現地で生き残ったものが帰ってきて、ほぼ同様の報告をしましたので、これらはすべて本当なのだろうと推測されました。
義成「どうやら、実に不思議なことが起こっているようだ。敵側に、謎の力をもった存在があって、堀内たちを退けたり、義道をさらうためのトンネルを作るものがいる。また、こちらに味方をする不思議な力もあるように見える。味方の負傷者をこちらの城に運んでくれたり、女の姿になってこちらにアドバイスをしてくれるものがそれだ。何か、私たちの知らない次元のところで、ふたつの力が争っているようだ」
氏元「こちらを助けてくれる力は、おそらく伏姫ですな。なんというありがたさ」
義成「私もそう思う。きっと姉上(伏姫)の霊が助けてくれているのだ。だがこの件をあまり深く考えるのはやめよう。怪力乱心を語らず、というのが、古の聖賢の教えではないか。私たちの考えが及ばないところは、それがあるがままに任せる。あまり頼りにはするまい。私たちは、私たちができることをやろう」
義成は、逃げ帰ってきた雑兵の罪を一切問いませんでした。また、敵の妖術にかかって帰ってきてしまった堀内と杉倉も許しました。負傷者には、次の戦いには参加しないよう命令しました。
その後まもなく、素藤が犯人であることが間違いないと確認されましたので、義成はみずから出陣し、館山城に籠城中の素藤を討って義道を助け出すことにしました。また、館山のほかにも三つの城があり、そのうちのひとつ、榎本の城でも城主が籠城してこちらの問い合わせに答えず引きこもっていますので、これも敵とみなして攻めることにしました。(ここにいるのは、浜路の結婚を仲介しようとした千代丸図書介です)
義成「偵察によると、義道はまだ無事らしい。また、素藤たちの兵は士気がそれほど高くないようだ。きっと籠城も破れるはずだ」
館山を攻めるのは義成自身と、老中のひとり、東六郎辰相。榎本を攻めるのは、堀内と杉倉直元。稲村の留守番には二男の次丸を置き、家老の杉倉氏元と荒川清澄に補佐を任せました。まあ、ここらは適当に読み飛ばしても結構です。
(ちなみに、この出陣の日は、毛野や道節たちが鈴の森で仇を討った日と同じです。)
さて、義成たちの軍はやがて館山につき、城を攻め始めました。味方の士気はきわめて高く、敵が石や矢で妨害するのにもひるまず、最初の防壁を突破しました。この調子なら、間違いなく城を落とすことができるでしょう。
しかし、そのとき、城の櫓の上に、柱に縛り付けられた義道が、皆に見えるようにさらされました。義道に刀を突きつけながら大声で叫ぶのは、素藤の側近、願八と盆作です。
願八「これが見えぬか里見義成! 我が主がおぬしを恨むのは、おぬしたちがおごり高ぶって、功があるにも関わらず、われらを見下すからだ! この非を悔いて、浜路姫をこちらによこすなら、こいつを返してやろう。しかしそうしないなら… どうするか分かるだろう。さあ、どちらがよい。すぐに決めろ!」
これを見て、義成は激怒しました。「卑怯者め、許せん。軍をひきいる大将として、私がそんな脅しに屈すると思うか。いいだろう、私の覚悟を見せてやる。今から私自身で我が子をここから射殺し、その上でお前らを皆殺しにしてやるまでだ」
義成は馬を駆って前線に出ると、弓をキリリと引き絞りました。
家臣たち「やめてください殿!」
義成「止めるな、これが我慢していられるか!」
そこに、城の後ろを攻めていた東六郎辰相が駆けつけました。
辰相「殿、早まりなさるな! ついさっき、大殿(義実)からの伝言が届いたのでございます。いい方法があるから、いったん退け、とのことです」