里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

112. 里見軍、翻弄される

前:111. 甕襲(みかそ)の玉

■里見軍、翻弄される

蟇田(ひきた)素藤(もとふじ)が、八百(はっぴゃく)比丘尼(びくに)こと妙椿(みょうちん)のサポートを得て、ふたたび館山城を我がものにしました。このニュースはすぐに里見義成のもとに届きました。家臣たちは、口にこそ出しませんが「あのとき処刑しておけば…」と思っています。

(ところで、一番早く義成にこれを報告したのは、諏訪神社あの神主、梶野(かじの)葉門(はもん)でした。素藤が復活したら、前回の事件を真っ先に「報告」した葉門に仕返しが行くだろうと考えて、めちゃくちゃ怖かったんですね)

(とう)親兵衛(しんべえ)どのなら、また簡単に素藤をやっつけてくれるかも。呼び返しませんか」
義成「うむ… 確かに親兵衛ならやってくれるだろうが、これっぽっちの反乱を親兵衛抜きで抑えられないのか、と評判になるのも困る。我々だけでがんばろうよ。今回は、前のように人質がいるわけでもない。(登桐(のぼきり)が捕虜になっているけどね)」
家老たち「ははっ」

できれば義成みずから出陣したいところですが、今は脚気(かっけ)の治療中です。四家老のひとり、荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)が手をあげました。

荒川「今回の一連の事件で、私はまだ存分に働いていません。ぜひ私が!」
義成「よし頼む。1500人の軍を授ける。向こうには妖術を使うものがいる気配だ、気をつけろよ」
荒川「ありがとうございます。すぐに準備して、明日にも出陣します! 妖術は、汚物、ニンニク、獣の血などをぶっかければ消せるはずです。これらも準備していきます」

里見義実を襲った罪を許された三人(安西(あんざい)出来介(できすけ)麻呂(まろの)復五郎(またごろう)荒磯(ありその)南弥六(なみろく))のうち、出来介と復五郎だけが荒川の軍に加えられました。二人はもともと武士ですが、南弥六は民間人ですから、これに適さないのです。

南弥六(なみろく)「俺も行かせてくれよ! 確かにオレは武士じゃないが、男気(おとこぎ)では誰にも負けやしない。戦って里見に恩を返して、祖父の汚名もすすぐんだ」
荒川「殿が決めたことだ、だめだよ。お前はいつか別の仕事もある。我慢しなさい」
南弥六「ちくしょう、恨むぜ…」


翌日に荒川は行軍をはじめ、その日の夜には館山城の近くに陣取りました。そして次の日の朝、城の前に軍を展開させました。先鋒の隊には田税(たぢから)速友(はやとも)浦安(うらやす)友勝(ともかつ)、後陣には小森(こもり)高宗(たかむね)、そして中軍には大将の荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)という編成でした。

素藤は、今回の敵の大将が荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)だと聞いて、ザコがきたものだと侮り、主な軍を城の外に配備しました。その数およそ1000人。ガマガエルを染め抜いた紋がはためきます。

いよいよ両軍が対峙しました。

荒川「殿と犬江が許した恩を忘れた素藤よ、二度目はもうないものと覚悟せよ。おとなしく縄にかかれ」
素藤「ほざけ老いぼれ。もともとこの城はオレのものだ。そもそも何の罪もないものをキャッチして、リリースして、許してやったなどという理屈があるか。ひたすら人をバカにするばかりの里見どもめ、思い知らせてくれる」

兵たちがどっと声をあげて衝突し、はげしい戦闘がはじまりました。より士気が高いのは里見側のほうで、すこしづつ素藤軍が押されていく感じです。しかしそのとき、後陣に控える妙椿が甕襲(みかそ)の玉を額にあてて呪文をつぶやくと、にわかに空が暗くなって突風が生じ、里見軍を襲いました。

顔を正面に向けられないほどに強い風に、持ってきた汚物の樽はことごとくひっくり返って、里見軍の兵たちにビシャビシャかかりました。妖術使いにぶっかけるどころではありません。荒川「うわあ、これは予想以上だ。これはいかん、みんないったん退け」

荒川の軍は総崩れになって退却しましたので、そこを素藤(もとふじ)軍は追撃し、たくさんの雑兵を仕留めて、その後悠々と城の中に帰って行きました。第一ラウンドは素藤たちの勝利といえましょう。おまけに、気がつけば、浦安(うらやす)友勝(ともかつ)がいません。落馬して、敵に捕まってしまったのでした。

荒川「いかん、自慢の勇士をひとり失ってしまった…」

小森(こもり)高宗(たかむね)が、荒川に意見を述べました。今いる陣を、もっと高い殿台(とのだい)という土地に移してはどうかというのです。「あそこは高さがあって、城にはより近いです。ここにいるよりは有利になるはずです。ついでに、八幡神社の方向でもあるから、神の加護もありましょう」

荒川「それはよいところに気がついた。さっそくやろう。それに関係するのだが、今晩、敵の夜襲がある気がする。あいつら、調子に乗っているからな。もしそうなら、裏をかいてやろう」


果たして、荒川が予想したとおり、この晩、里見軍に決定的なダメージを与えようとして、奥利(おくり)狼之介(おおかみのすけ)の率いる300人、願八(がんはち)の率いる200人の隊が、城を出てここの陣まで攻めてきました。(狼之介(おおかみのすけ)は、重臣・奥利(おくり)本膳(ほんぜん)の息子です。今回の夜襲を強く主張したのもこいつ。)

狼之介(おおかみのすけ)「おら、一番乗りだ! 大将の荒川はどこだ… って、あれ、誰もいない。なんだよ、もしかして安房まで逃げちゃったのか、弱虫どもが」

茂みの中から、田税(たぢから)小森(こもり)たちが、兵をしたがえて両側から飛び出してきました。こちらの準備のほうが一枚上手で、狼之介(おおかみのすけ)の兵たちはパニックになって多くが討たれ、狼之介(おおかみのすけ)自身も落馬して捕らえられてしまいました。

願八はこの騒ぎを後方から聞きました。「いかん、者ども、退却だ。狼之介(おおかみのすけ)を救っていては、こちらも危険になる」

しかし、こちらでは、荒川の率いる隊が待ち伏せしていて、願八の退路に火をかけてしまいました。願八の兵はみるみる討たれ、ほぼ単身になってしまった願八は、戦いをあきらめると、(ひざまづ)いて命乞いをしました。

このようにして、この晩、荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)たちは、願八と狼之介(おおかみのすけ)の隊を破り、二人を捕虜にしました。第二ラウンドは荒川側の勝利です。

現在の戦況:
 里見側の捕虜… 登桐(のぼきり)良干(よしゆき)浦安(うらやす)友勝(ともかつ)
 素藤側の捕虜… 奥利(おくり)狼之介(おおかみのすけ)願八(がんぱち)


このことを知った素藤たちはショックを受けました。素藤「いかん、荒川をナメてかかってはいけなかった。こちらも痛い戦力ダウンだ…」

家臣たちも、捕虜になった二人をどうにかして救う方法がないか頭を悩ませてみましたが、どうもよい考えが浮かびません。翌日の朝、

素藤「仕方がない、こちらの捕虜と向こうの捕虜を交換しよう。向こうだって、登桐(のぼきり)浦安(うらやす)は大事な家臣なはずだ。きっと応じるだろう。なんせ、こちらには妙椿がいる。一旦イーブンにしてから仕切り直しても、またこちらが有利になるだろう」

家臣たちは、この決断を賞賛しました。素藤は得意になり、自室に帰ってから妙椿にも同じアイデアを披露してみました。

妙椿「まあ悪い考えではないけど、もっといい方法があるわよ。こちらの捕虜だけを救い出す方法が。こうしなさい。ヒソヒソ…」
素藤「おお、そんなことができるのか。お主は本当に大した女だ」


翌日、素藤の使いが殿台にある荒川の陣に行き、小森(こもり)高宗(たかむね)と交渉しました。高宗(たかむね)はこの話を預かり、大将の荒川に報告しました。

荒川「捕虜の交換か… 素藤はいまいち信用ならないのだが、まあ、交換が合理的だと考えたのは理解できる。我々としても、自分たちの捕虜を見殺しにするわけにも行かないのだし、よし、今回は向こうの提案に乗るか。そこから仕切り直しても、当然こちらが勝つのだからな」

こうして、交渉は成立しました。ただし、先に里見側の捕虜を帰すという条件でです。登桐(のぼきり)浦安(うらやす)が生きて帰ってきたことが確認されてから、狼之介(おおかみのすけ)願八(がんぱち)を向こうに返す。素藤側は、この条件を呑みました。

約束どおり、館山の城の中から、捕虜の二人がカゴに載せて運ばれました。かなり疲れてグッタリしており、口も開きませんが、確かに生きていました。体には大きなキズもないようです。荒川側は、こちらも約束通り、敵側の捕虜を釈放しました。使いはこの二人をカゴに載せると、飛ぶように急いで城に戻っていきました。

荒川「無事に済んだな…」

次の瞬間、登桐(のぼきり)浦安(うらやす)の手当をしていた医者がギャアと叫ぶ声がプレハブの中から聞こえました。荒川が急いで中の様子を確認してみると、医者が、を目の前にして腰を抜かしていました。

医者「薬を飲ませようとしたら、こ、こんなものに変化したのです」

荒川「…おのれ素藤、だましおったな!」

これもまた、妙椿の妖術だったのです。妙椿の妖術はなかなか引き出しが多いですね。


荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)は、これ以来、遠巻きに城を囲むのみになりました。強い怒りは感じていましたが、ここは性急にならず、一旦現在の状況を稲村の義成に報告し、今後の方針について判断を仰ぐことにしたのです。

荒川「前回の戦のときも、『寛』の方針で勝利したのだ。今もまた、こうするべきだろう」

安西(あんざい)出来介(できすけ)が、稲村への報告を預かる早馬の役に任じられました。(復五郎(またごろう)は負傷していましたから、出来介だけ。)この早馬は無事に稲村に着き、義成と家臣たちにここでの状況が手紙として届けられました。

義成「ううむ、敵の妖術はあなどれん。荒川の判断は賢明といえよう。こうなれば、ゆるやかに攻め続け、敵の兵糧が尽きるのを待つのがよいだろうな」

東「しかし、妖術使いのほうから積極的になにか攻撃をしてくる可能性もありますな」

義成「確かにそうなのだ。こちらからも、妖術を封じるような方法を見つけられればよいのだが… あっ!」

東「どうしました」


義成「あるじゃないか、妖力を防ぐアイテムなら! 犬江親兵衛の残していった『仁』の玉だ。あれのおかげで浜路に憑いていた幽霊を追い払ったくらいだ。強力さは証明済みだ。まだ埋めたままだから、掘り出して、それを荒川に使わせよう!」


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