里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

113. 男・南弥六の大勝負

前:112. 里見軍、翻弄される

■ 男・南弥六(なみろく)の大勝負

(まとめ筆者注:今回は各シーンのつながりが若干込み入ってます!)

里見の重臣・荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)が敵の妖術にてこずって館山城を攻めあぐねているので、里見義成(よしなり)は、犬江(いぬえ)親兵衛(しんべえ)が残していった「玉」のパワーを借りようと思いつきました。

義成「さっそく掘り出そう。みんなは玉を見たことがないだろう。この機会だ、よく見ておけ」

こうして、義成たちは浜路(はまじ)姫の寝床の下を掘り、二重の壷に格納した箱を取り出しました。壷の封印は義成がみずからおこなったときのままで、誰も触っていないことは明らかです。しかし… みなの目の前で箱を開けると、それはカラッポでした。義成は不思議がって、壷のウラや穴の中を何度も確認します。とても気まずい空気が流れました。

義成「もしかして、なくなっちゃった?」
貞行(さだゆき)霊玉(れいぎょく)というくらいですから… 壷をすり抜けて、親兵衛どののもとに飛んでいったということも考えられましょうか」
氏元(うじもと)「敵が妖術でここから持っていった、ということでないとよいですが…」
(とう)「親兵衛どのに聞いてみればハッキリするでしょうな」

義成「うん、親兵衛に聞くのが一番早いと思う。しかし、今更そうすることは、非常にかっこ悪いことだ。実は先日、理由があって私は親兵衛を疑った。だからここから追い払ってしまったのだ。今考えると、あれは私の気の迷いだったのかも知れない。しかも彼の『玉』だけはこちらにくすねておいて、浜路のために使おうとか、荒川のために使おうとか、自分勝手もいいところであった。きっと、あの『玉』は親兵衛とともにあってはじめて有効なものなのだ。ああ、わたしは大きな間違いを犯した。弓矢(ゆみや)八幡(はちまん)の神よ、許したまえ」

三人の重臣は、天を仰いで嘆く義成をなぐさめかねて黙ってしまいました。

義成「…しかし、それでも今回の戦は勝たねばならん。ともかく『寛』の一字に限る。辛抱して、辛抱して、なんらかのチャンスが訪れるのを待とう。こちらから500人ほど加勢を送っておいてくれ。親兵衛を呼び返すかは、私のほうでよく考えておく。玉がなくなったのは絶対に秘密にしておいてくれ」
三人「ははっ」


さて、このころ、稲村までの早馬をつとめた安西(あんざい)出来介(できすけ)は、こちらに留められていた荒磯(ありその)南弥六(なみろく)の部屋を訪ねていました。酒を酌み交わしながら、今回の戦であったことをいろいろとウワサしています。

南弥六(なみろく)「…サンキュー、戦況のことは、大体分かったよ。で、お前らは命が惜しくて、遠巻きにマゴマゴしてるのかよ」
出来介(できすけ)「そういうなよ。相手が妖術を使うんじゃ、なかなか勝つのも楽じゃない」
南弥六(なみろく)「勝てる相手に勝つのは、誰にでもできらあ。のがお前らの仕事じゃないのかよ!」
出来介「そりゃそうだが…」
南弥六(なみろく)「俺に、考えがあるんだ。お前の協力も必要になる作戦なんだが… お前、覚悟があるか。あるなら教えてやる」
出来介「見くびるなよ。富山で捕まったときに、一度は死んだ身だ。それを許してくれた里見に恩を返すのに、命が惜しいことがあるか」
南弥六(なみろく)「(ニヤッ)それでこそ男だ」

南弥六(なみろく)は厳重に戸を閉めると、小声で、素藤(もとふじ)たちに勝つための策略を伝えました。

南弥六(なみろく)「俺たちが牢に入ってたときに、鳶野(とびの)っていう罪人がいたのを覚えてないか」
出来介「ああ、そういえば」
南弥六(なみろく)「あいつ、ちょうど今日死刑になって、さらし首になるんだよ。あいつの顔、覚えているか。ちょっと失礼な話だが、荒川(あらかわ)清澄(きよすみ)さまに似てなかったか」
出来介「…そうだっかも知れないな!」

南弥六(なみろく)の作戦の概要は、すなわちこうです。つまり、自分たちは里見から寝返ったフリをして、大将の首級を手土産に素藤に会う。(もちろん、ここで持っていく首級は実際は鳶野(とびの)のもの。)その至近距離から、有無をいわせず暗殺するというのです。

南弥六(なみろく)「これなら、敵にどんな妖術師がいようと守るヒマはない。出来介、お前は素藤(もとふじ)の手先だったことがあるから、今言った段取り、手配できるだろ」
出来介「ああ、やれそうだな。俺は明日の朝には荒川様の陣に戻るから、その日の夜に決行だ。お前もきっと来いよ」


その後すぐ、出来介は、義成から荒川への手紙を預かって上総(かずさ)方向へ馬で戻っていきました。南弥六(なみろく)は町へ出て一本の短刀を買いました。そして、深夜になるのを待ってから近所の長須賀(ながすか)に行くと、予想どおり鳶野(とびの)のさらし首がありましたので、これをこっそり盗むとフロシキに包みました。

あとはここから上総に走っていくばかりですが… それほど進まないうちに、南弥六(なみろく)は不審な人物を目撃しました。一人の尼が、をはめた少女を抱えて走っているのです。明らかに、誘拐であろうと見当がつきました。

南弥六(なみろく)は尼に追いついて肩をつかみました。「おい、お前待て」

尼はすばやく振り向くと、思いのほか強烈なブローを南弥六(なみろく)の胸に叩き込みましたので、不意をつかれたのと痛いのとで、南弥六(なみろく)はそこに転がりました。

さらにもう一人の男が棒をもって現れました。乞食風の格好です。彼もこの尼に戦いをいどむ様子です。しかし、尼が何か呪文を唱えると、不思議な力でこの乞食もハネ飛ばされました。

南弥六(なみろく)、胸をおさえて「ただのアマじゃねえ。なんなんだ、お前は」

尼は答えず、無言のまま短刀を取り出しました。南弥六(なみろく)にトドメを刺そうというのです。

しかしその瞬間、ぼうっと光る雲がどこからか飛んで現れました。その上には、一人の女神が大きな犬の背に乗った姿があります。女神は尼の行く手をさえぎりました。

尼「くっ!」

尼はこれを刀で斬り払おうとしますが、女神は雲をあやつってこれを避けると、尼の胸を蹴りました。神のキックに耐えかねて、尼は一声も発することができずに倒れてうずくまり、少女を手放すと消えてしまいました。この少女は、女神の乗る犬の背に同乗させられました。そうしたタンデム状態のまま、雲は上空にのぼり、やがてこれもかき消えてしまいました。

南弥六(なみろく)と、乞食風の男がその場に残されました。呆然。

乞食風の男は、今度は南弥六(なみろく)に敵意を示し、殴りかかろうとしました。まともな人間が相手なら、南弥六(なみろく)の武芸は十人前です。なんなくこの乞食を再度ノックアウトすると、時間を無駄にするまいと、フロシキを抱えなおして、星明りの下、もとのように上総を目指して走っていきました。


さて、読者には分かるとおりですが、さっきの尼は妙椿(みょうちん)です。すこし時間をさかのぼり、館山(たてやま)城内でどういうやりとりがあったのかを見てみましょう。

ニセの捕虜と交換して、里見軍から願八(がんはち)狼乃介(おおかみのすけ)をまんまと取り返したことで、素藤(もとふじ)たちは大いに意気が上がりました。

素藤「おい、この勢いで、とっとと荒川たちを全滅させてやろうぜ。妙椿(みょうちん)、例の風で、殿台(とのだい)の陣を吹き飛ばしてやることはできないのか」

妙椿(みょうちん)「それはちょっと無理があるわね。あの風は、攻めてくる敵には有効でも、陣に留まっているものを攻撃するには向かないわ。それにあの方角は八幡神社の方向だから、妖力も弱まっちゃう」

盆作「向こうはダマされて怒っているだろうから、またすぐに攻めてきますよ。そしたらまたあの風で体勢を崩して、同じように追撃すればいいさ。これの繰り返しで勝てる」

しかし、この日から荒川たちは一切攻撃をしてこなくなりました。毎日、籠城の不自由な暮らしをしているだけで、だんだん退屈になってきました。素藤は妙椿(みょうちん)に愚痴をこぼします。

素藤「もともとは浜路(はまじ)姫を手に入れるために始めた戦いだったが、こんなに長引くとはなあ」
妙椿(みょうちん)「おや、そういえばそうだったわねえ。連れてきてあげましょうか」
素藤「えっ」
妙椿(みょうちん)「今までは戦の世話でちょっと忙しかったけど、今はヒマだわ。今晩にもさらいに行って、明日の朝にはここに連れてきてあげるわよ」
素藤「できるのか」
妙椿(みょうちん)「まあね。ダブルサイズのフトンでも敷いて、待ってらっしゃいよ。オホホ…」

こういい残すと、妙椿(みょうちん)はいつもの調子でどこへともなく去ってしまいました。その日の夕方、城の中に一通の矢文(やぶみ)が届いたとの報告がありました。

素藤「む、これは妙椿(みょうちん)…のものではないな。何だ」

手紙は、安西(あんざい)出来介(できすけ)からのものです。「先日、里見義実の暗殺に失敗して捕まり、今まで仕方なく里見に従っていました。今は荒川の軍に混じっています。今晩、彼らのもとから逃げ出して館山に戻るつもりです。忠心の(あかし)として、荒川清澄の寝首をかき、これを持参します。今回の協力者である、荒磯(ありその)南弥六(なみろく)という男も連れて行きます。私の腹心の友です」

素藤は家臣をあつめて、この情報を検討しました。これがホントかウソかは定かでありませんが、ともかく、出来介が荒川清澄の首級を本当に持ってくるのかを確認してからでも遅くはありませんから、とりあえずこれを待ってみようという結論になりました。

盆作「これが本当だとよいですな。もしそうなら、残りの敵はもはや烏合(うごう)(しゅう)。もう勝ったも同然です」
素藤「そう願いたいところだな… (あと、浜路も楽しみだな)」


素藤たちが受け取った矢文(やぶみ)は、もちろん出来介(できすけ)南弥六(なみろく)と示し合わせて作ったもので、今回の暗殺作戦の一部です。出来介は稲村から夜通し駆けて帰ってくると義成からの手紙を無事に荒川に渡し、この日は一日、休憩を許されたのでした。このスキに、こっそり館山城に近づくと、例の矢文(やぶみ)をピュッと柵の向こうに撃ち込んだのです。あとは南弥六(なみろく)を待って、今晩の決行を待つのみですが…

出来介「おっと、さいごに、復五郎(またごろう)にも会っておくか。あいつも、奇妙な縁で今まで一緒に戦った戦友だ」

出来介は麻呂(まろの)復五郎(またごろう)が寝ているテントを訪ねました。彼は傷が破傷風になってしまって苦しんでいました。

復五郎(またごろう)「よう、出来介。活躍してるか。俺はこんな体たらくで、里見にロクに恩を返せないのが悔しいぜ」
出来介「なあに、お前もじきによくなって活躍できるさ。元気を出せよ。じゃあな」

出来介は、今回の計画を記した遺書を、こっそりと復五郎(またごろう)の枕元の荷物の下に隠すと、テントを出ていきました。


さて、南弥六(なみろく)は、途中アクシデントもありましたが、走りに走って、翌日の昼ごろには上総の普善(ふぜ)村のあたりに着くことができました。

南弥六(なみろく)「予定より早くついたな。時間まで、どこかに潜む必要があるが… そうだ、弟の阿弥七(あみしち)が近くに住んでいたな。久しぶりだ、会っていくか。今生(こんじょう)の別れになるかも知れんのだし」

南弥六(なみろく)が義侠マニアで地に足がつかない生活をするのにくらべ、阿弥七(あみしち)は田畑を耕して静かに日々を暮らしていました。こんなですから、ついお互いの生き方が気に入らず、疎遠になりがちでした。しかし久しぶりに兄が訪ねてきてくれたのがうれしく、阿弥七(あみしち)は彼を心から歓迎しました。ちょうど家では昼飯時で、妻と子供たちも勢ぞろいしていました。

南弥六(なみろく)「みんな元気か」
阿弥七(あみしち)「兄者こそ、お元気そうで何よりです」
南弥六(なみろく)「子供たちは、ちょっと見ないうちに大きくなったな」

阿弥七(あみしち)の妻は、南弥六(なみろく)にご馳走を出し、酒まで温めてもてなしました。南弥六(なみろく)は、ここでの最近の話を聞きながら自分も楽しく語らったあと、今は素藤(もとふじ)討伐の軍に属しているのだと言いました。

阿弥七(あみしち)「ご立派になりましたな」
南弥六(なみろく)「なあに。今は飛脚をおおせつかっているので、明日にはもう帰るんだ」
阿弥七(あみしち)「そうだ、そんな兄者になら、ぜひ相談したいことがある。うちの子のうち、弟の増松(ましまつ)は、親に似ず、武芸にとても興味があるようなんです。もしかして才能もあるかもしれません。どうすればよいでしょう」
南弥六(なみろく)「そうか。…なあ、増松(ましまつ)を俺の養子にもらってよいか。俺は独身で、もちろん子もない。彼を鍛え、俺の後継ぎにと思うのだ」

阿弥七(あみしち)と妻は感激しました。「よろしくお願いします!」

南弥六(なみろく)「じゃあ、今回の任務が落ち着いたら、改めて増松(ましまつ)をもらい受けに来るぜ。今のところは、約束の引出物に、こんなところでいいかな」

こう言うと、懐から有り金をすべて出し、15両ほどの金を夫婦の前に置きました。

阿弥七(あみしち)「こんな大金、受け取れませんよ!」
南弥六(なみろく)「なあに、俺はこのくらいの給料をもらっているのさ。遠慮するな。それじゃあ俺はもう行くから、今度会うときまで、みんな元気でな」


南弥六(なみろく)は皆に笑顔で見送られながら家を離れました。そして、近くに隠しておいた、首級の入ったフロシキと短刀を身に帯び、出来介との待ち合わせ場所に行きました。出来介は先に来ていました。時は、深夜近くです。

出来介「来たな。準備は?」
南弥六(なみろく)「バッチリだ。やり残したことはない」
出来介「俺もだ」
南弥六(なみろく)「行くか」
出来介「行こう」


次:114. もどってこい、親兵衛
top