128. タケノコご飯
■タケノコご飯
犬塚信乃が、この場に米を持っていた理由を説明しました。お地蔵様のクビにかかった袋に、さきの法要で配ったはずの米と銭が入っていたというのです。それを聞いた丶大法師は、後にしてきた左右川のほうを向いて合掌しました。
丶大「これも神仏の助けだ。さきの大風にしても何にしても、まことにありがたいことだなあ。きっと伏姫さまもその中にいて、我々を守ってくださっている」
照文「じゃあ、ありがたくこの米で夕飯を作りましょうか。ええと、我々は、雑兵も入れると、ざっと28人か」
毛野「米二升を28人にですか… おかゆにでもすれば一碗くらいずつは行き渡るかな。でも、探す限り、鍋になりそうなものがないですね」
道節「袋があるから、地面に埋めて蒸せば、まあ食えるメシにはなるんだが。しかしそれだといかにも足りんな…」
荘助「小さいオニギリひとつでも、一晩ハラを持たすだけならいけるでしょ」
毛野「お寺の裏手は、竹林ですね。今のシーズンはタケノコが採れるでしょうから、それも食べましょう。これで量は充分になります」
小文吾「毛野はいつも目のつけどころが鋭いな。さっそく行って採ってくるぞ」
こんなわけで、米とタケノコが地中にセットされ、その土の上で皆は柴を燃やしはじめました。あとはしばらく待つだけです。しばし雑談タイム。
小文吾「なあ親兵衛、こないだ照文さまに聞いたところでは、お前は両国にいたとき三人の仲間を連れていたというじゃないか。彼らは今どうしているんだい。特に、地団太さんと鮒三さんは越後でお世話になったから、懐かしいんだ」
親兵衛「はい、あの三人は、私が素藤のいる館山城を攻めたときに、目覚ましい働きをしてくれました。得がたい仲間だったといっていいでしょう。ですがさっきの戦いで… (沈痛な顔)三人とも、敵の鉄砲隊に撃たれてしまったんです。川に落ちたところまでは見ました。でも、流れが激しくて、遺体を探すことはできませんでした」
小文吾「(口あんぐり)なんてこった…」
親兵衛「姫神さまの助けのおかげで、私や丶大さまには弾丸が当たりませんでした。私には分かるんです。しかし、里見との縁が薄いという理由で、あの三人は『助け』から漏れてしまったのでしょうか…」
この場の全員が、三人の悲運を思って悲しみに暮れました。そりゃないですよ伏姫さま、と心秘かに恨んでいる者もいるやらいないやら。
道節「孝嗣が… ヌヌヌ、これはもうアレだ、生け捕りにした奴らの全員のクビをはねて、三人の亡き魂に捧げるしかないぞ! そうでなければ俺はとうてい気が済まん」
毛野「ええ、その気持ちはわかりますが… 今のところ、彼らが本当に死んだかどうか、誰も確認していないですよね」
道節「う、うん、それはそうだが」
毛野「鉄砲に撃たれから必ず死ぬってことはありません。急所を外れたかもしれないんですから。水に落ちたって、泳げるかもしれないでしょう? 私にはどうも、伏姫さまがここで三人を殺すなんて意地悪をすると思えないんです。生け捕りを殺すには、まだ早いですよ」
残りの全員も、おのおのが論を述べて「殺さない」のほうに票を投じました。
道節「うん、どうも俺は激しやすいところがあるんだが、お主たちの意見はいちいち良い薬だ。くだらんことを言ってすまんかった。孝嗣と、まだ見ぬ友を一度に失ってしまった憤りから、つい、な」
親兵衛「わかっていますよ。ありがとう、道節さん」
こんな話をしているうちに、料理ができあがりました。
紀二六「みなさん、できあがりましたよー。なんか、米二升にしては、すごく量が多くなりましたよ。何だろコレ。まさかこれも、伏姫さまのおかげ?」
照文「そうかもな(笑)」
不思議なことに、炊き終わった米は、全員に充分行き渡りました。タケノコは葉っぱの皿に盛り付けられました。質素ながら、夕食の楽しいひとときです。
信乃「モグモグ、家ならば、笥に盛るものを、草枕…」
大角「…旅にしあれば、椎の葉に盛る」
信乃、大角とも、顔を見合わせてニヤリ。これは万葉集にある歌です。
毛野「いいですね、思いがけない風流ですねえ…」
夜が更けていきました。犬士たちは、背中合わせになってもたれ合い、浅い眠りをとって体を休めました。
そして翌朝。この荒れ寺の山門をドンドンと叩く音がありました。
紀二六「誰です」
声「結城の老党、小山次郎朝重。丶大法師とそのお仲間がここにおいでであると、やっと調べて参った。門を開けてくださらんか」
道節「ほほーう、来やがったな。逃げも隠れもしないぞ。俺たちは正義を行ったという自信がある。向こうがどう出てきたか知らんが、正々堂々としていてやろう」
親兵衛「(門の向こうに)小山どの、どうぞお入りくだされ。ただ、山門全体が傾いており、まともに正門が開きません。横の通用口は大丈夫ですので、そこからどうぞ」
小山「私は国主の使いとして来たのに、通用口から頭をくぐらせて入るのでは、我が殿に失礼になります。そちらには『八犬士』とかいう人々がいて、その中には力持ちの少年がいると聞きました。できればですな、そのコが山門全体をグッと押して、正門が開くようにしてもらえませんかな」
親兵衛はちょっとカチンと来ました。
親兵衛「力持ちは、その『少年』だけじゃない。犬田小文吾なんかは、暴れ牛を片手で制するほどの豪傑です。この山門の傾きを直すことなど、誰にとっても朝飯前ですがねえ。私どもも里見に仕える身。それが門番のような真似をしては、こっちの殿に失礼になるんですよ。いっそ、山門をすっかり押し倒しちゃいましょうか! そしたら問題がない」
小山「げげっ、やめてよ、罰があたるよ。わかったわかった、通用口から入るから」
親兵衛「フンだ」
やがて、そこを通って、小山と名乗る50歳くらいの人物が、数人の若党などだけを連れて入ってきました。結城の重臣だけあって、立派な格好です。
丶大「わたしが丶大です。どういったご用件でしょう」
小山「まあ、追っ手でないことはお分かりいただけるでしょう。座って話しがしたいです。八犬士のみなさんもどうかご一緒に」
小山は、全員が座れるほどのブルーシートを持参していました。毛野「おっ、なかなかの気遣い、恐れ入る」
小山「さて… まず確認です。先日、結城合戦の戦没者の法要イベントを行われたのは、貴僧に間違いないですか」
丶大「そのとおりです。ここの国主にあえてイベント費のカンパをお願いしませんでしたが、他意はありませんでした」
小山「また、現地在住の10人の法師もあなたがたに協力した?」
丶大「はい。能化院の星額和尚とおっしゃる方もその一人でした。そのお寺がどこにあるのかは、ちゃんと確認しませんでしたが」
小山「なるほど。つぎに犬士の方々にうかがいたい。結城の士卒と、逸疋寺の僧侶たちをたくさん捕らえて連れ回している理由は?」
信乃「私どもは、人と争う心はありません。しかし、我らを誤解して憎む悪僧たちに手勢を差し向けられては、命を守るため、こうせざるをえませんでした。この地をすぐに離れなかったのは、ちゃんと国主にこちらの立場を分かってもらってから出て行きたかったからです」
小山「ふむ…」
道節「それだけではないぞ! 我々は、彼らとの戦いの中、大事な仲間を三人も失ってしまった。おたくの家臣、長城枕之介にこの罪を償ってもらわんといかん。また、さきに捕らえられた、星額和尚と9人の法師も解放してもらおう。ここの捕虜たちは、それらを確実に行ってもらうための人質なのだ」
信乃「ちょっと道節の言い方はキツくてすみません。しかし私も気持ちは同じです。友を殺されたこの怒り、当然敵の命で償わせるべきところですが、それさえも我慢して我々はこの場にいるのです」
小山はここまでを聞いて、大いに感心しました。「ある程度の情報は前もって知っていましたから、今の話にウソがないことはよく分かります。それにしても、あなた方ひとりひとりの実に立派なことよ。それに引き換え、ウチの家臣たちの今回の非法な振る舞い、今回は本当に申しわけなかった」
次に小山は、手下にいいつけ、ひとつの首桶を持ってきました。中を開いてみせると、そこには長城枕之介の首級がおさめられていました。
道節「おおっ?」
小山「順を追って説明いたす。まず、わが殿、結城成朝は、今回の法要の話を聞いてこの上なく喜びました。スポンサーになれなかったのが残念といえば残念ですが、それにしたって、先主の供養は長年の望みでしたからなあ」
小山「徳用和尚と堅名・根生野・長城は、そんな殿の気持ちも知らず、今回のイベントを一方的に妬んで、君命をいつわってあなたたちを逮捕しようとしたのです。この時点で、彼らは罪人です。今回のような目に会って当然でした」
小山「そもそもですな、あの堅名・根生野・長城の三人は、親がたまたま先代に仕えて忠臣と呼ばれていたので、そのナナヒカリで威張っていただけなのですよ。また、徳用は、京の将軍筋とコネがあって、結城もいろいろ便宜をうけているので、それでチヤホヤされて、あんなに思い上がったヤツになってしまったのです。だいたいみんな、あいつらがキライでしたよ」
小山「で、ここに長城のクビがある理由ですが… 彼は、昨日の戦いで、左右川に落ち、流されましたが、あとで岸に這い上がりました。その後、付近の村の長である剛九郎という者の家に転がり込んで、体を休めたのです。しかし、気が立っていたようで、些細なことでこの剛九郎と長城はケンカをはじめました。ついに長城が先に刀を抜いたのですが、剛九郎がこれを奪って長城のクビをはねたそうです。まあ、あいつらしい最期ですな。あなたがたの友人を殺した冥罰テキメンといったところです」
道節「なるほど…」
小山「そうそう、あと、例の星額和尚のことも、話がありますぞ。まずはここに、逸疋寺の前の住職、未得どのをお呼びしよう」
やがて、未得が皆と同じ席に連れてこられました。
丶大「これはどうも」
未得「初めてお目にかかります。このたびは教え子たちがとんでもないことをしました…」
丶大「はあ。それで、星額どのたちは」
未得「私のところに、昨日、とんでもなく変なニュースが届けられたのです。逸疋寺の近くで、10人の人間が、それぞれ石地蔵に押しつぶされてうめいているのが発見された、と」
丶大「えっ」
未得「その石地蔵は、背中にすっかりくっついてしまって離れないのです。私自身も現場に行って確認し、その者たちに直接事情を聞きました。それで、その石地蔵が、星額和尚をはじめとする10人の法師たちだったと知りました。あやつらは、その他のことも何もかも白状しましたから、今回起こったことは、私も、城の人たちも、もうおおむね全部知っています」