127. 八犬士、勢ぞろい(ようやく!)
■八犬士、勢ぞろい(ようやく!)
丶大法師と犬塚信乃、そして照文と代四郎たちは、結城の町を離れて一里以上、やがて左右川にかけられた橋をこれから渡ろうかというところまで来ました。けっこうな急流です。
そこに、追っ手の長城枕之介たちが潜んでいました。ここはいくつかの枝道が合流する場所で、待ち伏せにはもってこいだったのです。60、70人ほどの正規兵も連れています。
長城「逃がさんぞ。おとなしく縄にかかれ」
照文・代四郎「うおっ、思うようにはさせん」
必死の応戦がはじまります。照文も代四郎も、人並み以上の心得はありますから、敵を投げ退け、投げ退けがんばりますが、なんせ敵が多すぎます。伴人の紀二六や雑兵たちはすぐに捕らえられてしまいました。丶大法師も、降魔の経文をとなえながら釈杖を振り回して敵を退けますが、だんだん追い詰められていきます。
犬塚信乃は、丶大の一行からすこし後ろを歩いていました。敵がこちらから来たら守れるようにです。しかし前方から敵が来るとは予想外、急いでこれに追いつこうとしました。手近な丸太をひっつかんで応援に向かおうとします。しかし、信乃のまわりも別の隊がとりかこみました。徳用の隊です。
徳用「お前の相手はこのオレだ。あの法要ゴッコで民を手なずけ、我々の寺を追い落とそうとした罪を知れ。この鉄の鹿杖は40キロの重さ。それを軽々と振り回す俺カッコイイ。当たれば一発で死ねるぞ。覚悟しろ」
残りの僧兵たちも、薙刀や棒で武装しています。それらが一斉に信乃に襲いかかりましたが、信乃はそれらを丸太でかわし、左右にバンバンと殴りたおしました。徳用以外は、これを見て怖気づいてしまいました。
信乃「里見の犬士、犬塚信乃をあなどるなよ。とくと手並みを見せてやる」
徳用「こしゃくな」
両者の奮闘は、二匹の竜が争うかのような凄まじさです。なかなか勝負がつきません。そうこうしている間に、前方では照文と代四郎がついに疲れ、やむなく抜いた刀までもはじき落とされて、グルグルと縄をかけられていました。
長城「よーしいいぞ、あとはこのクソ坊主も縛ってしまえ!」
丶大「ここまでか…」
この光景を、左右川の向こう岸から発見した者たちがいます。犬江親兵衛、政木孝嗣、次団太と鮒三の一行です。法要には間に合いませんでしたが、一応結城を目指して旅していたのです。
親兵衛「あそこで戦っているのは、照文さんと与四郎さんだ。…ということは、あの人は丶大法師に違いない! 詳細は分からんが、助けなければ!」
親兵衛は弾かれたように猛然と走り始め、「お前ら、やめぬかあー」と叫びながら戦いの場に到着すると、長城枕之介の乗っていた馬の尻を、鉄の扇で思いっきり叩きました。馬は狂ったようにいなないて走り出し、長城を乗せたまま左右川にドボンと落ちました。
親兵衛「里見の家臣、犬江親兵衛だ! お前ら、ただちに無礼をやめよ!」
引き続き、親兵衛は鉄扇を振り回し、迫る兵たちを片っ端から殴り、蹴飛ばし、つかんで投げるといった獅子奮迅ぶりです。それに向けて、物陰に潜んでいた長城の鉄砲隊が狙いを定めました。敵が予想以上に抵抗するときは撃て、と指示されていたのです。
摚ッ
いっせいに放たれた弾丸は、不思議なことに、親兵衛に一発も当たりません。同じ射程にいた、丶大や照文にも当たりません。この弾丸は、親兵衛たちのそばをすり抜けて… 橋の上にいる、孝嗣、次団太、鮒三の三人に当たりました。ちょうど親兵衛を追いかけて橋の上にいたのです。
三人はそのまま、アッと声をあげたきり、橋の下に落ち、姿が見えなくなってしまいました。
親兵衛「孝嗣どの(その他二名)っ!」
鉄砲隊は、ただちに第二弾を装填し、再び親兵衛に狙いを定めましたが… 今回は弾丸が放たれることはありませんでした。急に空が真っ暗になり、たいへんな突風が吹いて、火縄をすべて吹き飛ばしたのです。風は猛烈で、古い木を吹き倒し、敵の何人かはそれの下敷きになって死んでしまいました。敵の軍は総崩れになり、暗闇と土煙の中、あてずっぽうな方向に逃げようとして、ことごとく左右川に落ちてしまいました。この神風もなぜか、親兵衛たちには何のダメージももたらしませんでした。(まあ、「なぜか」とかいうのも今さらヤボですが)
やがて空の色も戻り、土煙も晴れました。親兵衛は、「照文さん、与四郎さん、大丈夫ですか」と言いながら、縛られた全員の縄を切りほどきました。その後、呆然とたたずむ老僧の前にひざまずき、
親兵衛「あなたさまが我が師父、丶大さまでございますね。わたしは犬江親兵衛仁です。四歳のときにお会いしたきりで、お顔を忘れておりましたが…」
丶大は少しの間事態が把握し切れませんでしたが、やっと目の前に現れた人物が何者なのかを悟りました。静かな感激で、涙がさめざめと流れます。
丶大「おう… おう… 親兵衛くん、大きくなったな…」
親兵衛「はい」
丶大「今までの活躍はすべて、照文どのから詳しく聞いているぞ。ここにいるということは、素藤の退治はうまくいったのだな」
親兵衛「はい。荒川どのと、仲間たちの協力のおかげです! その後、法要には間に合わなくとも、まだ皆さん集まっているのではないかと思ってここに急いできたのですが、丶大さまをお救いできたのは本当によかった。 …しかし残念なのが… さきに銃弾の餌食になってしまった、孝嗣、次団太、鮒三の三人… あれらは、ともに素藤と戦った仲間でした(涙目)」
丶大「そ、そうなのか… これも人間の運命か」
照文・代四郎「惜しい者たちを亡くした…」
親兵衛「…(涙をぬぐう)ともかく、それはまた後でもお話しますが、私がここに来たのには、ひとつ不思議な理由があるのです。我々はさっき、一人の法師に出会いました。その人が、『どこどこの場所で、丶大の庵主がピンチに陥っていますぞ。お助けしてさしあげなされ』と教えてくれたのです。さきに行なわれた法要がどんな様子だったか、ということまでも、ひととおり教えてくれました」
照文「それは不思議ですね。私も先日、不思議な法師に道案内をしてもらいましたし、一晩で石塔婆を作ってしまった法師のことも、考えてみれば、ただの名人芸で済まないような奇跡的な感じがありました。なにか我々を助けてくれる力が働いているようですね」
丶大「そうだ、後方に残してきた、犬塚どのは大丈夫だろうか。森の中で敵を迎え撃った、他の六人も」
親兵衛「わたしが見てきます。まだ敵に顔を知られていない私なら動きやすい。丶大さまたちは、先に行っててください。ここは道が集まる所ですから、また敵が来ないとも限りません」
代四郎「しかし、親兵衛さまは、残りの犬士たちの顔を知らないでしょう? 会って分かりますかね」
親兵衛「たぶん、なんとなく分かるんじゃないかと思うけど…」
こんな話をしていると、道の向こうに、雑兵を連れてゆるゆると歩いて向かってくる、威風堂々たる七人の男の姿が見えました。捕虜たちも連行しています。
照文「彼らのほうから来てくれたぞ。犬士たちだ! おおい!」
丶大のそばにいた親兵衛がいません。七人の姿を認めるが早いか、彼らの元に全力疾走していったのです。
親兵衛「伯父上(小文吾)は! どの方ですか! 信乃さんは! 現八さんは! 荘助さん、道節さん、毛野さん、大角さんも! わたしが親兵衛です、犬江親兵衛が戻ってまいりました!!」
七犬士も、「うおお、親兵衛」と口々に叫んで、親兵衛を取り囲みました。
小文吾「大八よ、大きくなったなあ! 男の顔になったぞ。オレが小文吾だ。こっちが信乃、こっちが現八!」
八人の犬士たちは、会った瞬間から、今までともに育った兄弟も同然です。誰の間にも分け隔てはなく、ハイタッチとかをして集結を喜んでいます。このお話の中で、いちばんめでたい瞬間です。まとめ筆者としても、ここにお祝いのバナーを掲げたいと思います。
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★ 八犬士フルコンプおめでとう ★
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しかし、話は続きますので、もうちょっとおつきあい願いましょう。
道節と荘助は、それぞれの戦場での顛末を報告しました。敵をひとりも殺さずに降伏させ(ここ自慢!)、主だった連中を縛って、捕虜として連れてきたというのが概要です。
道節「星額和尚と9人の法師たちだけは、行方がわからず、救い出すことができなかった。だから、あとで見つかったときに交換に使えるかと思って、こっちも捕虜を連れまわすことにしたのだ」
信乃「自分は徳用たちと戦っていました。これの結末はちょっと込み入っていますので、あとで落ち着いてから説明します。まずは早くここから離れないと」
親兵衛「そうですね、移動を優先にしましょう。私も語りたいことがたくさんありますが、ちゃんと落ち着いてからがいいですね」
こうして、一同は、橋をあらためて渡り、先に進みました。親兵衛は、橋の上からじっと左右川の急流に目を凝らし、さっき失った三人のことを諦めきれない表情でした。
さて、一同が腰を落ちつけたのは、ある古寺でした。山門はなかなか立派ですが、傾いてまともに扉が開かないほどの古びようです。境内も、長年、全く手入れをされずに捨て置かれていたようで、まともに屋根が残っている建物さえありません。ほぼ廃墟といってよいでしょう。
紀二六が最初にこの寺の中の様子を確認しました。庫裏の近くの小屋に、60歳くらいの法師がひとり居眠りをしており、返事をしても何の反応もありませんでした。あとでもう一度確認すると、もう誰もいませんでしたが。
紀二六「あれ、おかしいな。ここに人がいたのに… お地蔵様があるだけだ。まあいいか」
一同は、捕虜を適当な場所につなぎとめると、草を刈ってゴザ代わりにし、庫裏の中に落ち着きました。
照文「フー、やっと一息つけますね。みなさん、こんなことになろうとは思ってなかったので、兵糧の準備がないんですよ。おなかが減ってるでしょうが、ごめんね」
信乃「あ、自分が米を少々持っていますよ」
照文「おっ、それはありがたい。どうしたんです」
信乃「ちょうどいいですから、さっき説明しそびれたことを含めて話しますよ」
信乃は、徳用たちと戦いはじめてから何が起こったのかを説明しはじめました。
信乃「私は、丶大さまたちの後方で、徳用と戦っていました。やたら重い杖を振り回していましたから、彼はすぐに疲れて動きが鈍ってきました」
(ここで大角、「得物が身の丈以上に重すぎるのはダメなんですよ、うんうん」と相槌)
信乃「そのうち、ボスの不利を悟ったほかの僧兵たちが応援のために迫ってきましたから、ちょっとピンチかな、という感じでした」
信乃「そのとき、突然、空が真っ暗になって、激しい風が吹きまくったんです。敵たちは、これを恐れたのか、周りからいなくなってしまいました。これと同時に遠くで銃声も聞こえましたから、すぐに加勢しなきゃと思って、自分もそちらに走った… つもりでしたが、なんせ暗かったので、方向を間違えて、小さな地蔵堂に突き当たってしまいました」
信乃「やがて空の色も戻って風もやみましたから、改めてこのお地蔵を観察すると、かなり古くてボロボロのものでした。ただ、不思議なことに、首から布の袋を提げており、中には二升ほどの米と、500文くらいの銭が入っていたんです」
紀二六「二升と、500文! それって…」
信乃「あ、気づきました? 自分もそのときピンときたんですけど、それって、法要のとき、最後に施しを受け取りにきた、あのお坊さんですよね。たぶんあの人があのお地蔵様だったんですよ。敵が来るのを教えてくれたのも、あの施しのお礼かも」
信乃「ということで、よくよく拝んで、お金を供えて、お米をお地蔵様から改めて頂いてきたんですよ。地蔵像には、『浄西』って彫ってありましたから、あとでこれを作った人を探す手がかりになりそうですね」
照文「なるほど、これがそのお米ってことか」
信乃「はい。で、その後のことです。地蔵堂の出口には、徳用と、もう一人の手下が自分を待ち伏せしていました。例の杖で殴りかかってくるのを自分が避けましたから、手下のほうに当たってしまって、そちらは倒れました。自分は徳用を殴ってぶっ飛ばし、結局、このように縛り上げてきたというわけです」
信乃「手下のほうはその場で死んでしまいましたが、自分はこの男を知っていました。甲斐で会ったことのある出来介という人物で、昔、自分に殺人の濡れ衣をかぶせようとしたことがあるのです。これも奇遇なことでした」
信乃「そこで残りの六犬士に会って、一緒にここまで来たんです。大体、自分の体験したことはこんな感じです。お地蔵様の助けがあるのだから、たぶん丶大さまたちも無事に違いないと思っていましたよ」