126. ふたつの森での戦い
■ふたつの森での戦い
丶大法師たちのとり行った大法要を違法行為だと決めつけ、これを捕らえるために、徳用和尚や結城の家臣らによる300人近い軍勢が、法要の現場であった庵に迫ります。(もっとも、徳用自身は、丶大を逃がさないために別の道から回り込むルートを取っていますが。)
堅名衆司「ここの近くだと聞いているが… あっ、あの煙はなんだ」
堅削「きっとあそこが丶大の庵がある森です。我々が来るのをどうにかして知ったんでしょう。アジトを焼いて逃げる気だ」
一刻も早くそこに到着するために急いでいると… 不意に、横の「東の森」のあたりに、経の文句が書かれた白い旗がはためいているのに一行は気づきました。これが何を意味するのか、少し考えるためにいったん休止しました。臨時作戦タイムです。
堅名「あれは… ははあ、これは苦し紛れの作戦とみた」
堅削「どういうことです」
堅名「敵の伏兵がいる、と見せかけるための細工だ。我々を不要に警戒させ、ちょっとでも逃げる時間をかせごうというのさ」
堅削「なるほど、じゃあ無視しますか」
堅名「念のため、隊の三分の一を割いてあっちの森に寄らせよう。そして問題がなければ、本隊に合流し、戦がまだ続いていれば加勢する」
こういうことに作戦が決まりました。
「東の森」には堅名が、「庵の森」のほうには堅削と根生野が向かいます。
堅名「手勢の三分の一だけこっちについて来い!」
駆りだされていた村人たちは、「東の森には敵がいない」というさっきの話し合いを聞いており、こちらに行きたがりました。死ぬリスクが少ないほうがいいですもんね。三分の一どころか、半分以上が堅名のあとをついて走っていきます。
根生野「おい、あんまりいっぱい行くな」
武装した法師たちも、つい楽なほうに行きたがります。堅削が「コラ」と怒るのも聞こえないフリして、多くが森の方向に走っていきました。
堅削は、「庵」に向かうのがむしろ三分の一くらいになってしまったのを見て、心細くなりました。こうなると、できれば自分も、死ぬ危険の少ない「東の森」のほうに行きたい。
堅削「…根生野さま、私はあいつらを追っていくらかを引きとめ、ここに連れて戻ります!」
根生野「うん、そうしてくれ!」
こうして、堅削さえも森の方向に走っていき、…そして戻ってきませんでした。
根生野「戻ってこねえじゃねえか… ええい、もういい、俺だけでも行くぞ。まだ手勢は90人くらいいる。これでも連中をひと揉みにできるはずだ」
根生野はそのまま庵に向かいました。途中、星額和尚と9人の法師たちが道の途中にたたずんでいるのを見つけます。彼らは逃げず、敵の説得を試みることにしたのです。
星額「あなたがた、こんなことはやめなされ…」
根生野「お前らが、法要を手伝ったとか言うクソ坊主の一味か。おい者ども、問答無用だ、こいつらを全員捕らえろ」
星額「や、やめなさい。ワー」
星額たちはあっけなく縄をかけられ、10人の兵がひとりづつの僧侶を抱えて、逸疋寺のほうへスタコラ運び去っていきました。
やがて、燃え盛る庵のそばに一行は到着しました。ここに立ちはだかって根生野を迎えるのは、道節と毛野、そして照文に預かった二人の雑兵です。
根生野「無許可の法要を行なったのはお前らか。勝手に周辺住民にも金品をばらまき、支持をかせいで何をたくらむ。都知事にでも立候補するつもりか。もしくはスパイか。謀反か。なんにしろ、結城殿の命令により、根生野飛雁太素頼がお前らを逮捕する」
道節「何をトンチンカンなことを抜かす。別に丶大さまは何の名誉も求めてはおらん。大体、あれは結城氏朝どののための法要でもあったのだぞ。なんで怒られるんだ。全然納得いかんな」
根生野「そのふてぶてしさ、いよいよお前らは謀反人に決定だ」
道節「言ってわからなけりゃ、やるまでだ。犬山道節、犬阪毛野が相手いたす。さあ来いよ!」
根生野の兵たちが一斉に道節たちに飛びかかりましたが、犬士たちを前にしては全く相手になりません。道節と毛野は、刀ではなく棒を使い、見る見るうちに敵を打ち払っていきます。兵たちはすっかりひるんで戦意を失ってしまいました。
根生野「おのれっ」
根生野は少し退いて間合いをあけると、弓矢を構えました。その場に、木陰に隠れていた大角があらわれて、根生野の馬の足を棒でたたきました。
大角「犬村大角ここにあり! 根生野よ、そこまでだ」
根生野は、馬もろともに倒れて地面に叩きつけられました…
さて、こちらは、「東の森」のほうです。森の入り口に、必要以上にウヨウヨと兵や村人が集まっています。
堅名「な、なんでこんないっぱい来てるんだよ」
そこに、堅削も追いついてきました。
堅削「ハア、ハア… あんまりたくさんこっちに行きすぎたんで、追い戻そうとして、結局ここまで来ちゃいました。テヘペロ」
堅名「うーん… 今から向こうにやっても時間の無駄が大きいし、まあ仕方ないか。一緒にこの森をチャッチャと捜索して、それから『庵』に追いつこう。根生野のもとにもそれなりの人数が残ってるんだから、まあ心配もないだろうし」
ここで決めた作戦は、堅削がまず数人の手下を連れて森に分け入り、敵を見つけたら、逃げるフリをして森の入り口ちかくまでおびき寄せるというものです。そうしたら多人数で叩きやすくなります。
堅削「オッケーオッケー」
堅削たちは森の奥に入っていき… そして、ちっとも戻ってくる気配がありません。堅名はだんだん待ちくたびれてきました。
堅名「なんだあいつら、長々と。それともトラブルでもあったのか」
堅名もまた、兵を引き連れ、馬をひかせて、森の奥に入ってみました。薄暗く、足元は根っこなどでゴツゴツして、非常に移動が困難です。ふと、まわりから「たすけてくれ」という泣き声が聞こえました。あわてて目をこらすと、何本かの木に、堅削とその手下たちが縛り付けられています。兵たちは騒然としました。
堅名「うっ、お前らあわてるな。まずあいつらを救い出さんか」
しかし、間髪を入れず、一隊の前後から、ワーッという鬨の声が上がりました。実際には三人の犬士(現八、小文吾、荘助)と4人の雑兵だけなのですが、見通しが悪い上に、みんな精一杯ワーワーと叫びましたので、すごく大人数が迫ってきたように思われました。
現八「犬飼現八、ここにあり!」
小文吾「犬田小文吾、ここにあり!」
荘助「犬川荘助、ここにあり!」
現八「あと、犬飼現八、ここにあり!」
小文吾「もうひとつ、犬田小文吾、ここにあり!」
荘助「犬川荘助、ここにありまくり!」
堅名「ウワー、すごいたくさん攻めてきた!」
堅名の連れていた手勢のうち、村人はほとんど逃げてしまいました。残った兵や僧たちもまともな戦いができず、逃げ切れないものは縛って捕らえられてしまいました。
堅名「お前ら逃げるな、戻って戦え!」
こう叫ぶ堅名の目の前に現八が現れ、チョップで刀をはたき落としました。堅名は慌てて現八に組み付こうとしますが、これをかわし、現八はみぞおちに一発決めると、くずおれる堅名をつかんで、近くの切り株に向けて投げ飛ばしました。堅名はこの連続技で、またたく間に戦闘不能になりました。
小文吾・荘助「あいかわらず、現八の体術はスゲーな」
現八「フッ。やい堅名よ、おぬしは結城の家臣でありながら、先主、結城氏朝さまの供養をかねた今回の法要をそねみ、悪僧どもにそそのかされてこのような暴挙をはたらきやがって。君命なんてウソなんだろ。さっき捕らえた堅削坊主がみんな白状したぞ。言いワケがあるんなら言ってみろ」
堅名は痛みに耐えかねて口をパクパクさせるのみです。他の捕らえられた兵や僧たちは、いっせいに命乞いをはじめました。「みんなボスに言われてやっただけなんです。お助け、お助け」
荘助「さて、ここは片付いたと見ていいですね」
小文吾「さっきのボウズの白状によると、オレたちを攻める隊は三つに分かれているという。ここのが一つ、丶大さまの庵に向けたのが一つ。あと一つが、避難している丶大さま自身を追っているらしい」
現八「ここからまずは庵に行って道節・毛野・大角に合流し、全員で丶大さまを追って、信乃が戦っていれば協力しよう。急ごう」
小文吾「ここにいる捕虜たちをどうしようか」
現八「ん、難しくはないだろ。この場でみんな首をはねてしまえばいいさ。あとでまた俺たちを追ってくると面倒だ」
荘助「それはそうなんですが、今回、丶大さまには、敵を殺さないと約束しました。まあ、約束したわけではないですが、できる限り、意にかなうよう努力したいですよね。ほら、親兵衛くんも不殺を貫いているらしいですし…」
現八「むっ、そのとおりだ。おれが間違っていた。第一、この堅名は仮にも結城の家臣だしな。これを殺して結城に恨まれれば、里見との仲もこじれてしまう。それはだめだ」
小文吾「よし、じゃあ捕虜はこのまま放っておこう。主犯級の堅名と堅削だけは、馬に縛り付けて一緒に引っ立てていこう」
こうして、犬士たちはこの森を出て、「庵」に向かいました。そこでは、道節・毛野・大角の三人が、敵たちをずらりと縛り上げて、平然と現八たちを待ち受けていました。
現八「おっ、問題なかったようだな」
道節「そっちも好調だったな」
荘助「聞きましたか。丶大さまのもとにも追っ手が向けられているらしいんです」
毛野「ええ。ここの根生野を拷問して、こちらでも同じ情報を得ました。徳用と長城枕乃介がその頭人だといいます。鉄砲隊までいるそうですから、今回一番の強敵ですよ。我々も急いで加勢しないと」
こういうわけで、敵のうち、堅名・根生野・堅削が捕らえられ、ひとつの馬に一斉に縛り付けられました。これを引き連れて、六人の犬士たちは結城を脱出しつつある丶大のもとに向かいました。
ところで、星額和尚たちは救助されたのでしょうか? 道節たちはそれも敵から聞きだし、急いで雑兵を派遣して捜索・救助しようとしたのですが、なぜかまったく見つからなかったそうです。
道節「ちょっと不思議な話だが… まあ今はこれ以上構っておれん。行こう」