130. 平和の話も必要なんじゃ
■平和の話も必要なんじゃ
突然ですが、馬琴センセイからのお言葉です。
馬琴「ここ何回か、話が動かなくてつまらんと思っている人はいないか。いるんだろ。書く方だって、そりゃバトル要素とかがあったほうが書きやすいし、面白いんだよ。でも、お話的にはやっぱりこういうシーンも省けないんだよ。仕方ないじゃんか…」
だそうです。八犬士集結で、いったんアガり切りましたからねえ。まあ、そのうちまた、別の冒険の話にもなっていきますから、とりあえずは続きを見ていきましょう…
八犬士と丶大法師、そして照文と代四郎は、荒れ寺で小山朝重と分かれ、やがて諸川のあたりまで進むと、手近なメシ屋に入って今後の行動について打ち合わせをしました。
丶大「ここから船で安房に向かうこともできるんだけど、季基様の遺骨を抱える立場上、小さなリスクでも負いたくありません。陸の道を行きましょう」
現八「それがいいな。ところで、安房に帰る前に、氷垣のオヤジを見舞いに行かないか。照文どのが最後に穂北を訪ねたときも、まだ中風は治ってなかったんだろ」
照文「ええ。心配ですね。私も見舞いに行きたいです。それはヤマヤマなんですが… 犬士たちを安房に連れてこいというのは君命ですから、これを最優先にしないといけない気もします」
道節「いいや、俺は絶対に氷垣と落鮎を訪ねに行きたい。1日や2日のために、恩義ある人達をシカトするような薄情な我々なら、そもそも殿たちの歓迎を受ける資格があるものか」
信乃「道節どののいう通りです。我々犬士だけでも、穂北に寄っていきたい。どうかお許しください」
丶大はすこし考えてうなずきました。「うん、これはむしろよい都合と考えましょう。今回、遺骨を持って帰ることは、いわば凶事。犬士たちが帰るのは、吉事。どっちも同時に起こっては混乱します。まず私が安房に戻り、遺骨をまつって7日間の物忌みをしてから、改めて犬士たちを穂北に迎えに行きます。これがベストでしょう」
毛野「ありがとうございます。じゃあ、氷垣どののところへは、親兵衛どのを除く七人が行くことにします。親兵衛どのは安房へ」
親兵衛「えっ、えっ! そりゃひどいですよ」
毛野「そうですか? 穂北にお世話になったのは七人でしたから…」
親兵衛「私だって、氷垣どのと落鮎どのにアイサツしたいですよ! あと、七人を連れ戻すというミッションも残ってるんです。一緒に行きましょうよ、ねえ!」
毛野「そうでしたね、フフフ…」
こんなわけで、安房には丶大と照文が向かい、残りは穂北に寄るコースを取ることになりました。照文も穂北を訪ねたいところですが、さすがに丶大ひとりだけを安房に行かせるのはダメですからね。
照文「みなさんに、私の連れている兵士も必要なだけ貸しますよ」
道節「あいつら(穂北の人)は、扇谷定正の捜索から隠れているという状態だからなあ。目立たないように、ほんの数人だけ連れて行くよ」
やがて、道が二手に分かれるところまで来ました。一同は再会を期してそれぞれの方向に分かれました。親兵衛と他の犬士たちは、改めて、この場に孝嗣・次団太・鮒三がいないことを悲しく思いました…
さて、その後丶大たちは、さしたる障害もないままに、四日ほど後に、上総と安房の国境である市河坂に到着しました。前もって紀二六を先触れとして行かせていましたから、もう事情をすべて把握している里見側では、おおぜいの役人と、家老の堀内貞行が出迎えました。
堀内「よくぞ戻られました… 本当に、よくぞ… メインクエスト達成、おめでとうござる…」
丶大「やあ、どうもどうも」
堀内「…延命寺初代住職、丶大どの!」
丶大「延命寺?」
堀内「いや、手紙であらかじめ伝えてありますよね」
実は今まで、里見の菩提所とはっきり言えるようなお寺はありませんでした。富山近くの大山寺には、便宜的に伏姫の位牌と五十子(義成の母)の墓を置かせてもらっていますが、ここはあくまで暫定的なものなのです。
それを問題だと思った義成は、最近、それらを公式に移し替えるためのお寺を白浜に建立したのでした。その名も、無量山延命寺。去年できたばかりですが、ここの住職にふさわしい立派な僧侶はまだ見つかっていなかったのです。ここに丶大が帰ってきたのは、天の配剤であると里見には思えました。おまけに、思いがけず、義実の父である季基の遺骨まで見つかったというのですから、すばらしいことこの上ありません。
堀内「さっそく、この足で白浜に向かい、遺骨を納め、大山寺からの改葬も行ってしまいたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
丶大「わかりました。私がふさわしいのか分かりませんが、君命ですからやってみましょう」
白浜の地に入ると、すでに住人たちが平伏して、道行く丶大たちと遺骨を拝んでいました。それらの人数はだんだんと増え、延命寺の入り口ではこれに加えて里見の家臣や士卒たちがズラリと並んで一行を迎えました。寺自体も、里見の国威にふさわしい、極めて立派なものでした。
丶大は、支給された豪華な袈裟に身をつつむと、譲られて導師の席に着き、そこでおもむろに経を唱え始めました。礼服に着飾った家臣たちが、代わる代わるに焼香をしました。棺に入った遺骨が、うやうやしく穴におさめられました。読経は夜中までつづき、寺全体に煌々とした明かりが灯され続けました。明け方近くに、やっと最初のイベントが一段落しました。
丶大「フー」
杉倉氏元「お疲れさまでござった」
丶大「どうもどうも。あ、季基どのの遺品の霊刀・狙公は受け取ってくれましたか」
氏元「ええ、ええ。生きているうちに、あの刀をもう一度見ることができるとは。私も堀内も、在りし日の季基さまが懐かしく、あれを見ていると涙が止まらんほどです」
丶大「それはよかった。さて、残りの七日間、もうちょっとがんばろっかな」
翌日からの七日間、安房中のあらゆる人々が、延命寺に焼香に訪れました。国主義成と御曹司の義道、隠居の義実はもちろん、家臣たち、諸侯、お寺の住職、修験者、山伏、云々かんぬん。そして七日目には、大山寺から、五十子夫人の遺骨と伏姫の位牌が移されてきました。(ただし、伏姫はちょっと特別で、大山寺にも位牌を残してありますし、富山から墓も移しません。彼女はあの山で「神」となったわけなので、通常の扱いはしないのです。)
こうしてついに、納骨と改葬のイベントは終了しました。物忌みの期間も同時に終わったので、やっと丶大は義成と義実のもとに見参できました。(法事の最中は、私用の言葉は交わしません)
義実「大輔よ、本当によくやってくれた。25年近くの苦労がついに実ったのだな。八人の犬士たちを見つけてきてくれたどころか、父上の遺骨まで手に入れてくれたなんて! この偉業を何に例えたらいいのか、それさえ思いつかんほどだ。強いて言えば、三蔵法師が天竺にいって経文を持ち帰ってきたくらいすごいぞ。いや、それどころじゃあないな。三蔵法師のほうは、行き先が分かっていたんだから。お前は行き先さえはっきり分からないままに、日本中を踏破して目的を達成したのだ」
とんでもないレベルの褒められ方に、丶大は背中の汗が止まりません。
丶大「かつての罪の償いにやっているまでですのに、褒められるほどのいわれはありません…」
義成「謙遜しないでください。さあ、あとちょっとですね。あとは、穂北にいるという犬士たちを、連れてくるだけです。兵士はいるだけ連れて行ってください」
丶大「ははっ。今までのように、照文どのと、数人の兵だけ連れて行きます」
そしてその翌日、丶大は、立派な衣装を再び今までの墨染に着替え、来たときとほとんど同じ様子で、今度は船に乗って、穂北に近い千住に向かったのでした。富山に詣でて伏姫に祈るヒマさえありませんでした。
さて、穂北に向かった犬士たち(と代四郎)は、無事に落鮎たちの屋敷に着き、丶大を待っていました。氷垣夏行は全く容態が変わっておらずほぼ人事不省で、犬士たちがかける慰めの言葉もほとんど聞こえないようでした。それにも関わらず、落鮎有種や妻の重戸は、いたれりつくせりのもてなしを犬士たちにしてくれていました。また、ここを出て行ってからの話も詳しく聞きたがりました。
有種にとっては、犬士たちの訪問を受けたとき、下の点がまず驚きでした。
○ 行方不明だった犬江親兵衛って、9歳のくせにこんなにデカいの?
○ 与四郎さんって、道節の話では、荒芽山で死んだんじゃなかったの?
そこらへんの疑問への説明を聞きながら、つくづくと「私はとんでもない人達と知り合いになったものだ」という感慨を新たにしたのでした。
そんなところに、丶大と照文が犬士たちを迎えに来ました。5月はじめのころです。
有種「あなた様が丶大どのですか! はじめまして、お噂はかねがね聞いています。どうぞゆっくりしていってください」
丶大「どうもどうも、こんにちは。今回はなかなかゆっくりしているヒマがないのですよ。犬士を連れ帰るという、火急の君命なのです。そういう話はまたにして、ともかく急がせてください」
有種「はあ」
丶大「あ、でも、氷垣どのはどうも気の毒なことです。私からも病魔退散の祈念をいたしますから」
重戸「ありがとうございます」
丶大「ほら、犬士たち、代四郎どの、急いで身じたくを!」
丶大は、少しでも早く安房に戻りたいと焦っているようです。
有種「お急ぎのところすみません。せめて、お別れの杯を受けていってください。いただいたお土産のお礼でもあるのです」
手早く宴席の準備がなされ、穂北の人々や犬士たちの別れの言葉が順番に交わされました。丶大は手元の杯につがれた酒を見ながら(もちろん飲めません)、素振りには見せないまでも、長引く儀式に少なからずイライラしました。
その後やっと穂北の屋敷を出て、一同は千住の河原に急ぎ、来たときと同じ早船に乗り込みました。穂北の人々は、まだ定正の捜索を警戒しているので、あまりたくさんは見送りに来られませんでした。
丶大「さあみなさん、いよいよ安房へ」