10. 為朝、親族たちの消息を知る
■為朝、親族たちの消息を知る
崇徳上皇の起こした乱に加担して破れ、為朝は単身、琵琶湖沿いの道を馬に乗って北上しました。まだ昼間はジリジリと暑いですが、夜は肌寒くなりました。深夜には、北濱のあたりにつきました。
為朝「ここらには、今晩借りられるような宿もないよな… あの古そうな神社を借りるか。どうせ無人だろうし」
為朝は社壇に腰掛け、乗ってきた馬をねぎらって声をかけました。「お前も気の毒だよな。落ち武者の馬なんて、うまいものももらえないし、立派な馬具もつけてもらえん。お前はけっこうな名馬なんだから、今からどこにでも行って、いい主人を見つけなおしなよ」
そうして為朝は馬を逃がしてしまいました。そうして自分は、神社の床の上にゴロ寝しました。しかし、いろいろな考えが去来して、あまり深くは眠れません。
「父や仲間たちはあれからどうなった… 九州に残してきた白縫や忠國どのはこれからどうなるだろう…」
時々軒下にチラつく蛍は死んだ誰かの魂のようですし、湖の波音は敵軍が迫る音のようにも聞こえます。そんな不安な気持ちのままウツラウツラしていると、やがて空が明るくなってきました。
そこで為朝が建物の外に聞いたのは、馬のくつわの音です。目が覚めました。
為朝「あれっ、馬が戻ってきちゃったのかな」
外に出て確かめると、馬はたしかに昨晩放ったものでしたが、これをひとりの老人が牽いています。「…あなた様は、もしや、為義さまのご子息、八郎為朝さまでは?」
為朝は、見たことのある顔だと思ったので正直に認めました。「うん、そうだが」
男「なんとお懐かしい… いや、あなた様はあまり覚えておりますまい。わたしは10年ほど前まで、為義さまのそばで馬飼いの仕事をしておりました。藤市と申します」
為朝「ああ、そうだった。見たことがあったはずだ、覚えていたよ」
藤市「実にご立派になられました… いや、私は引退後、ここから北にある荒川というところで猟師をしておったのですが、トシでそれも難しくなり、今は他の猟師が持ってきた皮を都に運ぶ、仲買人をしておるのですよ」
為朝「うん」
藤市「昨日のうちに、新院さま(崇徳上皇)が乱を企てて敗れなさったというウワサはここらにも届きました。そして為義さまがそちらについていたとも。私は心配で一晩中眠れませんでした」
藤市「明け方、私の家の門に、一頭の馬が迷い込みました。見ると、見慣れた鞍が置かれている。私はこれを見て、必ず近くに為義さまかそのご親族がおられるはずだと思い、馬が進む方向にまかせてここらまで来たのです。あなた様が生きて見つかったのは本当にうれしゅうございます(泣き出す)」
為義もこの話を聞いてよろこび、その忠義の心をほめました。藤市がしきりにすすめるので、為朝はしばらく彼の住居に身を寄せることに決めました。
この神社から去るまぎわに、為朝は何気なく振り返って、「ここは何をまつってある神社かな」と確かめました。額には「八幡宮」の三文字が記されており、為朝は自分がまだ源氏の氏神に守られていることを強く実感しました。(この馬は、藤市がのちに石清水八幡宮に寄贈しました)
さて、それから為朝は、藤市の家を拠点として、いろいろと世の風聞を探っていました。とはいえ彼は追われる身ですから、もっぱら動いたのは藤市です。大津や坂本に出向いてはウワサ話を集めていましたが、ある時、藤市は息を切らして為朝のいる家に帰ってきました。
為朝「何か分かった?」
藤市「おお… 為朝さま! おいたわしい! おおお(涙ドバドバ)」
為朝は驚いて、「どうした、父上は捕まったのか」と聞きましたが、藤市はしばらく何も話し出すことができませんでした。
藤市「…私が人に聞いたところを、そのままお伝えします。まず左大臣頼道公。あのかたは、戦のあった晩に、流れ矢がクビの後ろに刺さってそのまま亡くなったそうです」
藤市「そして新院(崇徳)さま。あの方は如意山に逃れ、そこで髪を剃って身をお隠しになりましたが、それも見つけられ、…讃岐の松山に流されたそうでございます」
上皇が流刑になるなどとは、相当なことです。
為朝「で、父上はどうなったのだ。知っているのだろう。聞かせてくれ」
藤市「為義さまと五人の子息たちは、乱ののち、東国に落ちようとされたようですが、為義さまは急な病で動けなくなり、やむなく京に帰って降伏しました。訪ねた相手は、ご長男の義朝さまでした」
為朝「なるほど、兄ならよしなに取りなしてくれたことだろう」
藤市「しかし少納言信西入道は、彼らの降伏を許さず、義朝さまにこの6人を斬るよう仰せられました」
為朝「…まさか!」
藤市「平清盛さまは、新院側についた叔父の忠正のクビをを自らおはねになったそうでございます。この前例がありましたので、義朝さまはついに信西さまの命令に逆らうことはできませんでした」
為朝「!!」
つまり、長男の義朝によって、父・為義と五人の兄弟はみな斬首されたというのです。また、さらにいた3人の幼い兄弟も同様にクビを切られました。母は、このことを知ったショックで、桂川に身を投げて死んだそうです。
為朝「…みな、オレの家族はみな死んでしまったというのか!」
為朝は滝のように涙を流し、やがて遠くを見据えた憤怒の表情になりました。
為朝「クソ兄貴の義朝を、オレは許さん。オレは先の戦で、さすがに実の兄を射殺しては人として失格だと思い、カブトの星を削っただけで済ましたのだ。いっそあのときぶっ殺しておけばよかった。いますぐ京に行って、あの畜生どもの義朝と信西のクビを引っこ抜いて踏み潰してやる」
為朝が今すぐにも家を出て行こうとするのを、藤市は必死でいさめました。「為朝さま、冷静を欠くのはあなた様らしくもありません。無茶をしてはいけません!」
為朝「フー… そうだな。お主の話もっともだ。しかし、私はどちらにせよ、早いうちに太宰府に戻るべきだな。そして再び九州をしたがえ、讃岐に流されたという崇徳上皇を救い出そう。そして改めて京へ攻め上り、再びあの方に皇位についてもらうのだ。これが私の今後の生きがいとなるだろう」
しかし、少し日がたったのち、今度は九州で起こったことのウワサが為朝のもとに聞こえてきました。すなわち、太宰府の城は菊池・原田に攻め滅ぼされ、忠國は討ち死にし、白縫は焼け死んだということです。
為朝「…今やオレは、両腕を失ったような気持ちだ。これからどうすればいい…」