9. 忠義に死ぬ者たち
■忠義に死ぬ者たち
崇徳上皇の起こした乱は、実にあっけなく鎮圧されてしまいました。主なメンバーは行方が分からなくなりましたが、朝廷がもっとも生死を知りたがったのは為朝です。
公卿たち「あいつが九州に逃げ帰って復活するのが一番こわい。菊池・原田に命じて、やつの親族をみな捕らえなくてはいかん。急げ」
九州の太宰府では、忠國や白縫らがあいかわらず為朝の無事を祈り続けていました。しかし、やがて、京で起こったことのウワサが少しづつ流れてきます。
忠國「一院(鳥羽上皇のこと)が崩御し、新院(崇徳上皇のこと)がクーデターをくわだてただと… そして為朝さまが新院側につき、そして敗れて行方不明だと…」
家来「信じがたいことです」
忠國「うむ。しかしこんなウワサがある以上、菊池・原田がこの機会に我々を攻めることは想像にかたくない。吉田、高間、防戦の準備をしろ」
こうして準備をはじめたのですが、それが整うか整わないかのうちに、本当に敵が押し寄せてきました。吉田たちは物見櫓にのぼり、そこから敵の先鋒とおぼしい者に大声で問いただしました。
吉田「鳥羽上皇が崩御したというこの非常時に、あえて戦をしかけようとする愚か者は誰だ!」
先鋒にいたのは、菊池と原田の家臣です。「新院のクーデーターに加担した源為朝は罪人だ。これにより、その親族をみな捕らえてこいという宣旨をこうむった。大義は我々にある。武器を捨てて降伏しろ」
吉田はこれ以上言わせずに相手をヒョウと射殺しました。
これを合図に、城の門をバンと開いて、忠國率いる隊が、大声をあげながら敵の真正面にぶつかっていきました。これに吉田と高間も加わります。めぼしい家臣は為朝と一緒に京に行きましたので、こちらは全部でせいぜい150騎ほどです。しかし、必死の勢いで敵を切りたて、切り崩し、息もつかずに暴れまくりましたから、敵軍はこの気迫に驚き、隊形を乱して後退しました。忠國たちはこれを深追いせず、再び門の内側に戻って防御の態勢をとりました。
忠國「こちらの損害は」
吉田「深手を負ったのが30騎、討たれたのが23騎」
ここに、白縫が駆け出てきました。ハチマキをし、女性用の武具に身をかため、長刀を手ばさんでいます。バックには、同様に武装した八代と腰元たちが控えています。
白縫「私たちも加わります! 父上は下がっていてください」
忠國は首を振ります。「やめろ。お前は逃げて為朝どのに会え。あいつは戦に負けても、簡単に死ぬような男ではない。命があれば、きっとめぐり会える。そして我々の最後を彼に伝えてくれ」
白縫「(涙目で)早くに母を失って、私の親はずっと父上だけでした。これを見捨ててどこに逃げられるものですか。せめて一緒に戦い、死なせてください」
忠國「私に育てられた恩を感じるならば、なおのこと、私の言うとおりにしろ。私は武士だ。武士が戦って死ぬのは当たり前のことなのだ。お前は違う。生き延びなければいかん」
門の付近の戦闘が激しくなりました。忠國と白縫がいるところに、高間四郎が体中に矢をうけた状態で戦況を報告に来ました。黒い縅が鮮血に染まっています。
高間「もうすぐ門が破られます」
忠國「(ニコリ)そうか、そろそろ最後の一戦をするときがきたな。いざ!」
忠國が手近な馬にヒラリと乗って出て行こうとするところに、白縫も追いすがろうとしました。それを八代が抱きついて止めます。
八代「ここは大殿を安心させてあげるべきです! いったんここを離れて、それから改めて、必要なら戦うなり何なりすればよいのです。行きましょう、お願いです!」
八代は、なお抵抗する白縫を無理に馬上に押し上げ、それを引っ張って、腰元たちとともに裏口から出て行きました。
忠國は、最後の力を振り絞って奮戦し、体中に傷を受けながらも、寄せ手の敵を再び外側の門の向こうに追い払いました。そしてもといた場所にフラフラと戻ってきました。「…よし、白縫は行ってくれたようだな。それでよい、それで」
忠國「高間ッ」
高間「はい」
忠國「私のクビを敵に取られないよう、介錯をしたらすぐに城に火を放て」
高間「はい」
忠國はこの場で諸肌を脱いで腹を一文字に掻き切りました。高間はそれの介錯をすると、屋敷に火を放って、主のクビを持ったままそこに飛び込みました。
こちらは、闇夜の中、西に向かって落ち行こうとする白縫と八代、そして20数人の腰元たちです。敵は裏門が開いたことに気づき、すぐに追っ手の一隊が迫ってきました。
最初に門から飛び出したのは、オオカミの野風です。驚く敵兵たちに飛びつき、噛みつき、おそるべき凶暴さ・俊敏さで敵を混乱させます。これでスキができたところを、白縫たちは門から飛び出しました。浮き足だっている敵兵たちを、白縫と八代もまた、長刀を存分に振り回してなぎ倒していきます。ついに血路を切り開いて、そこから東南方向に一行は脱出することができました。
野風は、主の安全をより確かにするために、いよいよこの場で猛り狂って暴れます。猛烈なフットワークで飛び回り、次々を敵を噛み倒します。刀も矢も怖れませんが、それでもだんだん、体には矢が突き立っていきました。体毛を血で染めつつも、野風は力が続く限り動き続けます。そしてついに、体中に矢が刺さったハリネズミのような格好のまま、最後に悲しく一声叫んで、野風は立ったまま死にました。
(後日談ですが、敵の大将である菊池肥後守は、このオオカミが最後まで主人に尽くした忠義のことを聞いて感動し、この皮をはいで陣太鼓に仕立てさせました。この陣太鼓は代々の宝として伝えられ、これを用いた者は多くの武功を立てたということです)
白縫たちはさらに逃げます。月が昇って、小雨が降ってきました。10騎ほどの武者に追われながら行くうちに、腰元たちはだんだんとはぐれて脱落していきました。今では、馬に乗った白縫と、これを引く八代だけです。その八代も、追っ手を防いでいるうちに、後ろのほうに見えなくなっていました。
白縫は八代の様子を見るために後ろを向きますが、そのとき、屋敷のあった方角から火があがっているのに気づきました。「ああ、父上たちも死んだのだ! もう私には生きている甲斐はひとつもない。最後まで戦って死ぬのみだ」
そうして八代のいるところまで馬を走らせました。八代はここで単身、白縫を逃がすために立ち止まって敵と戦っていました。三人に深手を負わせ、そして二人を討ち取り、目覚ましい動きです。
しかし、彼女の命運はここまででした。白縫が追いつこうとすると、それに気づいて一瞬集中力を欠いた八代のノドに敵の放った矢が刺さりました。矢はうなじまで抜け、そして全身から力が抜けて倒れました。
白縫「八代ッ!」
白縫は、八代のクビをとらせまいと、騎馬のままここに飛び込み、猛烈な勢いで長刀を振り回しはじめました。どこからこれほどの力が出るのか、敵達も驚くほどの獅子奮迅ぶりです。たちまち5人ほどが深手を負って倒れました。
白縫「来いやあッ」
敵たち「いかん、直接あたるな。離れて矢を放て」
敵兵は白縫を囲んで距離を取り、矢をあびせました。このうち数本は馬にあたり、白縫は馬ごと地面に倒れました。
万事休すです。倒れてうめく白縫のもとに、3人の敵兵たちが、白刃を光らせて駆け寄りました。
この3人が、ほとんど同時に、額に石のツブテをうけて倒れました。残った敵たちは、伏兵がいると思って全員が逃げていきました。
白縫、ヨロヨロと立ち上がって「逃がさないわ、あいつら…」
笠をかぶった男が目の前に立って、「白縫さま、ご無事で」といい、笠を脱ぎました。八町ツブテの紀平治です。この姿を見た白縫の両目から涙が堰をきったようにあふれ出しました。
白縫「おお、紀平治! 無事ですか、夫は。為朝どのは… いや、それより、八代が…」
紀平治は八代の死体を抱き起こしました。死んでも手放さなかった長刀は、すっかり刃こぼれして、ほとんどノコギリのようでした。
紀平治は涙をこらえ、「うむ、よく私に代わって主を守り、戦い抜いてくれた」と死人にねぎらいの声をかけました。
紀平治は改めて白縫のほうを向き、京でのできごとを詳しく語りました。また、白縫も、さきの戦の様子を紀平治に語りました。
紀平治「そうですか、野風が… あいつは、こんなことが起こるのを分かっていたのかも知れません。為朝さまは、あの戦でもかすり傷ひとつ負いはしませんでした。必ず生きて会わせてさしあげます。逃げましょう、白縫さま」
紀平治は、八代を道ばたで火葬しました。そのころになると、はぐれていた腰元たちも一人、また一人と集まってきました。この一同は、明け方の筑紫を、船に乗って四国の方向に落ち延びていきました。