18. 鬼ヶ島の為朝
■鬼ヶ島の為朝
為朝は、女だけが住む女護島に本土の文明を伝え、次に、男の島と呼ばれる男だけの島に渡りました。4人の部下を従えて半日ほど南に行くと、やや小さいながら、女護島と同様に岩に囲まれた島を見つけることができました。
船を岸につけるのは難しかったですが、例によって為朝が船を直接持ち上げて陸に上げるという荒技で、一同は無事に上陸することができました。
為朝「ここの住民たちは… なるほど、あそこの山腹をくりぬいて集落にしているのか。さすが、男手がたくさんあるということだね」
一同を見つけた住民達がワラワラと寄ってきて、その前に立ちはだかりました。髪は潮風に吹かれてボサボサで、眼光の鋭い男達です。その言葉は女護島の女たちが話すものと同じでした。
島の男「ここに外の国の人間が来るとは珍しい。ほとんどは船を泊めるのに失敗するか、または陸に立ちはだかる我々を見て怖気をふるって逃げ出すものだが。おまえらいい度胸じゃねえか、ん」
為朝「(ニコリ)われは清和天皇の末裔、源八郎為朝だ。この地もまた、帝に預かった領地であるから、私がキチンと仕切りにきたわけだ。今後怠りなく、貢ぎ物をしなさい。そうすれば島は栄えるぞ」
島の男たちはあざ笑います。「なにを寝言をぬかす。我々の島はどこにも従属はしない。そんなくだらん用事なら話にならん。打ちのめして、海に捨ててやろう」
為朝の部下たちはこの展開に怖れて顔色を真っ青にしましたが、為朝だけは自若としたものです。「なーるほどね。ところで聞きたいんだが、お前たちと、あそこに突き出ている岩は、どっちが硬いかな」
島の男「何を言っているのかわからんな。とうぜん岩が硬い。人間はいくら鍛えたって岩ほど硬くなることはできん」
為朝はそれを聞いて再びニッコリ笑い、手にしていた弓を岩のほうに向けて構えると、一本の矢をヒョウと放ってみせました。矢は岩をサックリと両断し、破壊された岩のかけらはガラガラと海に落ちました。この轟音は島中に響くようでした。
島の男「…す、スンマセンっした。何なりとおっしゃるとおりにいたします」
為朝「(ニコニコ)」
島の男たちの中に、四郎五郎と呼ばれる者がおり、この光景を見て、心当たりにうなずきました。「あなたが為朝さまか。女の島に日本の男が来ているというウワサは、この島にも届いていた。驚くべき剛力だ。私も力にはそれなりに自信がある。あなた様のその弓、どのくらいの強さなのかとても興味がある」
為朝「ああ、試してみなよ(弓をどっかり地面に突き刺す)」
四郎五郎は、この巨大な弓のツルを引いてみようとしました。目も口もひとつに寄ってしまうほど力を込めてこれを引っ張りましたが、少しでも弓がたわむ様子さえありません。ほかの男たちも四郎五郎の胴をつかんで加勢しましたが、それでもかぶは抜けません。いや間違い、それでも弓は引けません。
四郎五郎「お前ら引っ張りすぎるな、手がすりむける、腕が抜ける、ギャー」
四郎五郎はたまらず手を放しましたので、みなが将棋倒しに倒れました。あまりにあきれたので、為朝たちは爆笑してしまいました。
ここに、さらにひとりの大男が登場しました。
この男は島で一番力がありそうに見えました。体格と体毛はクマのよう、年は40くらい、顔は真っ赤で鬼のよう、それどころか額からツノのような出っ張りがふたつ、突き出ていました。数本のカツオと、エビの入ったカゴをぶらさげています。
四郎五郎「おお三郎、お前も弓を引いてみろ」
三郎と呼ばれたその男は、顔に似合わず分別があります。「おまえら… こんな偉い方に無礼をするのも大概にしなくてはならん。この方なんだろ、為朝さまという方は。オレはひとっ走りして、歓迎のための贈り物をこうして準備してきたところだ。(為朝のほうを向いて)どうぞ、これをまずはお納めくだされ。煮ても、焼いても、うまいですぞ」
為朝の部下たちがこれを受け取ると、あらためて三郎はヒザをついてアイサツしました。「東の七郎三郎と申す。我々によりよい生活をもたらしてくれる方、あなたをお待ちしていました」
為朝は感心しました。「なるほど、見た目は怖いが、できた男だ。お主が七郎三郎なのだな。女護島では長女に世話になった」
七郎三郎「それはなんという光栄!」
為朝「…っていうか、側室にもらった。子供もできた」
七郎三郎「うおおっ、いよいよ身に余る光栄!」
為朝は三郎の喜び具合に安心しました。その後、島で体験したいろいろのことを語り、さらに、男と女が一緒に住むことに、少なくとも女護島の女たちは全員が同意していることを伝えました。
為朝「それを証明するために、オレとにょこが一年間、一緒に住んで見せたのだ。海神の祟りなんてなかったぞ。お主らも、安心して妻や娘といっしょに暮らせ」
島の男たちはこの知らせを聞いて涙を流して喜び、為朝をヒーローと称えました。やっぱ、実は一緒に暮らしたかったんですね。
為朝「ところで、ここらに『鬼ヶ島』があるというウワサを聞いていたが… ここのことだったのかな。確かに島の男たちは、ちょっと鬼っぽいと言えなくもない」
三郎「うーん、もうご存じかとは思いますが、この島は、徐福が捨てていった男子たちが住みついたのが起源なんです。で、成人になっても服装を改めるという習慣がないんですな。で、デカい子供の島ということで、大兒が島と呼ばれていたことがあったらしいです」
為朝「なるほど、それっぽい話だ。たいへん勉強になったぞ。しかし、お前達はこれから、男も女も一緒に住むのだ。男の島とか、女護の島という呼び名は、これから適切じゃなくなってくるな」
三郎「それではどうしましょう」
為朝「この島は、太くて立派な芦がたくさん生えているな。だから、芦が島とでも名付けなおそう」
この島は、後に芦が島から転化して、青ヶ島と呼ばれるようになりました。興味のある方は、地図帳で確認してみるといいですよ。地図を見れば、女護の島は今の八丈島のことだったとも分かりますね。