17. 女護島のにょこ
■女護島のにょこ
為朝は、南の果ての島である女護島で、日本語を話す「にょこ」という女に会いました。
にょこ「正しくは、おのしまのひがしのしっちょうさぼりのにょこ、っていうんだけどね」
為朝「まったくわからん」
にょこ「男の島の、東の、七郎三郎の長女。にょこは長女ってこと。それ以外の呼び方は、普通は持たないの」
為朝「なるほどな。父がいるのか。まあ当たり前か。女だけの世界があるはずがない。伝説では、女護島の女は南の風をうけて妊娠するということだったが、オレはそもそも信じていなかった。しかし、男たちはどこにいるんだ」
にょこ「ここから船で半日くらいのところに、男の島があるの。男はみんなそっちにいるわ。男と女は一緒に住んではいけない決まりなの。これを破ると、海神の祟りがあるのよ。男と女が会うのは、一年に一日だけ、特別な南風が吹いたときだけなの。女たちはその間、夫の無事を祈って、岸辺に草履を並べておくのよ」
為朝「なるほどね、いろいろツジツマがあった。しかし、男と女が別の島に住むとは、変な決まりだ。私の土地では、家族はみんな一緒に住んでいるぞ」
にょこ「代々伝えられているところでは、私たちの先祖は、中国の徐福がここに連れてきたんですって。始皇帝にいいつけられて不老不死の薬を探しに来たんだけど、どうしても薬が見つからないから、罰を怖れて、中国に帰るのをやめちゃったの。ついでに、植民用に連れてきた子供たちを、この島に捨てたんですって。男の子と女の子は別々の船に乗せて運んでいたから、それで島ごとに男か女しかいないの」
為朝「ふーん、中国か。それで、ちょっと日本離れした不思議な文化を持っているってわけだ。実に勉強になった。しかしなあ、男と女が離れて住むのは不便なだけだ。この風習は改めたほうがいいと思うぞ」
こんな話をしていると、怖れて逃げていった女たちが戻ってきて、為朝のまわりにワイワイと集まりました。為朝が思ったより怖くなさそうで、安心した模様です。
にょこ「てこも、ぐすも、戻ってきたわ」
為朝「それがこの者たちの名前か」
にょこ「女は、生まれた順に、長女、次女、三女、四女、五女、六女って呼ぶの。それ以降はみんな大ぐす」
為朝「じゃあ男は」
にょこ「一郎、二郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎、八郎、九郎」
為朝「おれははっちょうか! 面白い、ハハハ」
それから為朝はすっかり打ち解けて、にょこにいろいろと土地の言葉を教わりました。やがて島の女たちともコミュニケーションがとれる程度に上達しました。女たちが作ってくれた家庭料理に舌鼓を打ち、そして次の日には島の周りをぐるりと回って土地の植物のことを色々と教えてもらいました。
また、この島の文化である、独特の織物のことも教えてもらいました。なんと絹糸を使い、非常に丈夫でキレイに染めた布地を作るのでした。これも中国伝来なのでしょう。また、自分たちのためだけにつくる品ですから、気取らず、それでいて素材を贅沢に使ったものができるのでした。
為朝「平和で美しい、いいところだな」
為朝は改めて、男と女は同居すべきだと主張しました。島の女たちはそのアイデアを聞くだけでおびえるのですが、にょこは興味があるようです。
にょこ「私も前からそう思ってるのよね。野良仕事とか、漁とかが楽になっていいじゃない」
為朝「おまえはけっこう進歩的な性格だな」
この話に、島の老女が入ってきました。「そう、にょこは何かと人と違うんじゃ。頭がよく、そして勇敢な娘でのう」
為朝「詳しく聞かせてほしいな」
老女は、にょこの勇敢さを物語るあるエピソードを語りました。
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この島では、子を産むときと月のさわりのときは、女は一人で山奥の小屋に籠もるというルールがある。これはなかなか過酷なもので、女は、ときにはその場で病気にかかり、命を落とすこともあるんじゃ。
にょこのイトコが子を産んだとき、にょこは、産褥の見舞いに、コッソリその小屋へ行っていろいろ手伝ってやろうとした。しかし、小屋についてみると、そのイトコが泣いているのだと。「赤子がいなくなった」と泣いておる。
事情を聞くと、こうじゃ。すなわち、前の晩に、そのイトコの母(つまり、にょこの叔母)が見舞いに訪ねてきてくれたのだと。そうしてイトコは安心して眠って目を覚ますと、赤子も母もいなくなっておったのだと。
にょこは、これは妖怪の仕業ではないかと気づいた。さらに、小屋の入り口ちかくに新しい血の跡があるのを見て、おそらく赤子は喰われてしまったのだろうと見当をつけた。しかしそれをイトコには話さず、今晩は一緒に小屋に泊まってあげると言ってなぐさめた。イトコは泣き疲れて眠ってしまったが、にょこは目を開いて、妖怪が再び現れるのを待った。
そこにやがて顔を見せたのは、昨日来たという叔母に似た何かだった… が、目の輝きが異常じゃ。口の裂けた様子もとても人間ではない。やはり、この妖怪が赤子をさらって喰ったのじゃ。
にょこはこの場で、カゴに入れておいたネズミを二、三匹と放った。妖怪はこれを追おうとして四つん這いになりかけた。そこをにょこは、持ってきた短刀で脇腹を一刺しにしたんじゃ。
妖怪はギャッと叫んで逃げていったが、この傷は致命傷じゃった。翌日、下界から女をたくさん呼んできて逃げた妖怪の血痕を追うと、洞穴から、瀕死の巨大なヤマネコがよろめいて出てきた。ついににょこはイトコの赤子を喰ったカタキを退治することができたんじゃ。
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老女「こういうワケで、にょこは皆に一目置かれているんじゃよ」
にょこ「あらやだ、変な話を聞かせちゃ」
為朝「ふーん、痛快な話じゃないか。気に入った。…なあにょこよ、お前に夫はあるか」
にょこ「まだないわ」
為朝「決してスケベな気持ちから言うのではないが… お前、ここでオレと仮に結婚をせんか。そうしてこの島に一緒に住んでみせ、海神の祟りなど起こらないことを皆に示してやるのだ。そうすれば島に男が戻り、生活は豊かになる」
にょこはパッと嬉しそうな顔になりましたが、すぐに尻込みして「…あなたは神のようなお方。私なんかが、いいのかしら」
為朝「いいとも」
一年後、にょこは為朝の子を産みました。双子の男児で、太郎丸、二郎丸と名付けられました。この夫婦と子供が非常に幸せそうに毎日を送るのを見た女たちは、今までの風習は迷信だったのだと気づき、男の島にいる父や夫を島に呼びたがりました。
為朝「よし、みんな納得したな。じゃあ私は、今から男の島に渡って、このニュースを伝えてやろう。たぶん、鬼ヶ島って呼ばれていたのは、その島のことなんだろうな。鬼なんていうものも、どうせ迷信だ。さっそく行ってくる」