椿説弓張月、読んだことある?

48. 鶴と亀、ちょろい

前:47. 三つの難題

■鶴と亀、ちょろい

さて、南風原(はえばる)でちょっと苦労している為朝(ためとも)のことはすこし置いといて、毛国鼎(もうこくてい)の息子たちである鶴と亀のことに話を移しましょう。彼らは小琉球で寧王女(ねいわんにょ)を守ろうとして戦いましたが、あえなく朦雲(もううん)たちの兵に捕らえられ、城の牢屋につながれてしまったのでした。

王宮の朦雲(もううん)は、戻った兵たちに小琉球で起こったことの顛末について報告をうけました。

朦雲(もううん)「フーン、敵側に加勢があって、王女(わんにょ)を逃がしてしまったとな。までが負けたか…」

朦雲(もううん)のもとには、これに媚びを売る三人の大臣がいます。が滅んだと知って、たいへん驚きました。

大臣たち「あれがいなければ、恐怖で民を縛ることができませんぞ。一大事だ」

朦雲(もううん)「まあ慌てるでない。結局のところ、あれはワシの術によって出現したものであって、形は滅んでもその『気』は死なん。ワシは今度、その『気』を別のものに宿らせて、引き続き利勇(りゆう)どもを苦しめてやるわ」

朦雲(もううん)「さて、王女(わんにょ)が逃げたのは、実際のところどうということはない。問題なのは、そいつを救ったという謎の勇士のことだ。ワシの千里眼の術をもってしても、そいつの正体を詳しく知ることができん。もしも利勇たちの軍にそいつが加われば、かなりの脅威になるかもしれん」

朦雲(もううん)「まあ、利勇は自分より優れた人物が嫌いだから、そいつとともに戦おうと考える見込みはないがな。さて、捕らえてきたという鶴と亀の処分を考えようか…」

朦雲(もううん)は、この翌日、牢屋から鶴と亀を出し、自分の前に据えさせました。二人は歯を食いしばって朦雲(もううん)をにらみつけています。

朦雲(もううん)「(部下たちに)何をしている、この二人の縄を解いてやれ。仮にも忠臣・毛国鼎(もうこくてい)の息子たちなのだぞ」

鶴・亀「?」

朦雲(もううん)「すまんのう、今日はいろいろと誤解を解くためにここに呼んだんじゃ。行き違いによって戦いが起こり、やむをえずお前たちは捕らわれの身になってしまったわけだが、それはワシの本意ではなかった」

鶴・亀「どういうことなんだ」

朦雲(もううん)「私がこの城を預かっている理由から、お前たちに説明しよう。そもそも、尚寧王(しょうねいおう)(しい)して国を奪おうとしていたのは、利勇(りゆう)なのだ。さきに、尚寧王(しょうねいおう)中婦君(ちゅうふぎみ)の子と称する赤ん坊を世継ぎと定めたようだが、あれは真っ赤なニセモノなんじゃ。利勇(りゆう)の悪知恵よ。ワシは利勇から城を守り、そして正統な王家の娘である寧王女(ねいわんにょ)を王位につけるためにここにとどまっていたのだよ」

鶴・亀「…」

朦雲(もううん)「お前たちを追って小琉球まで行った兵たちは、お前たちを利勇(りゆう)から守って、保護するためのものだったのだ。寧王女(ねいわんにょ)は、あのあとすぐに兵たちが保護し、今はこの城の後宮で休んでおられる」

鶴・亀「…そうだったのですか」

鶴と亀は、朦雲(もううん)の言うことはホントかも知れないと思いました。

朦雲(もううん)「さて、お前ら、母のカタキを討ちたくはないか」

鶴・亀「!!」

朦雲(もううん)「お前たちの母を殺した老女は、かつてここの巫女(みこ)の長だった、阿公(くまぎみ)じゃ。今は利勇とともに南風原(はえばる)の城にとどまっておる。母が持っていた短刀を凶器に使い、それを盗んでいったのも阿公じゃ。利勇(りゆう)阿公(くまぎみ)陶松壽(とうしょうじゅ)こそは、一味同心(いちみどうしん)の国賊どもなのだ」

鶴・亀「利勇… 阿公… 陶松壽…」

朦雲(もううん)「お前たち、父の忠義を継いで、彼らを討ってきなさい。我々は軍勢を辨嶽(べんがたけ)に潜ませ、お前たちがカタキを討ったそのタイミングで、城に突入する。城に火をつけて合図としなさい」

鶴と亀は、今や完全に朦雲(もううん)の言葉を信じています。母を失った悔しさが思い出されて、開いたままの目から涙がしたたり落ちます。「わかりました。父のため、母のため、王女(わんにょ)のため! 我々、命を捨てて不倶戴天(ふぐたいてん)のカタキを討ってきます」

朦雲(もううん)「勇ましい少年たちよ、武運をいのるぞ。出て行く前に一目だけ、王女(わんにょ)に見参させてあげよう。遠くからだけどな」

朦雲(もううん)は、庭につながるをすこし開けました。向こうのほうに、琴をかき鳴らす王女(わんにょ)の姿が、ぼんやりと見えました。(本物じゃありません。朦雲(もううん)の妖術ですよ。)鶴と亀はひざまづいてこの王女(わんにょ)の幻に黙礼して、そうして勇んで城を出て行きました。

朦雲(もううん)「よし、うまくいったな。…全廣(ぜんこう)よ、600人の軍をひそかに進めて、辨嶽(べんがだけ)川良(かわら)の間に潜め。鶴と亀が城に火を放ったら、一気に攻め込むのだ」

全廣(ぜんこう)「ははっ」


朦雲(もううん)から二振りの名剣をうけとり、その後旅して南風原(はえばる)についた鶴と亀は、まず城の中がどうなっているのかをよく知るのが重要だと考えました。鶴と亀は、商人に変装して、城を偵察することにしました。

二人は変装を終えると、(わし)の羽を仕入れて城をたずね、原価を下回る安値で売りさばきました。中では兵たちが戦の準備をしていましたから、矢の材料になる羽根は人気で、二人は色々なところに招き入れられました。少年でしたから、気安かったということもあります。偵察は大成功で、鶴と亀は、中の様子をしっかりと頭に叩き込みました。

次の日の夜は、月が隠れて暗かったので、いよいよ作戦決行のときです。城の裏手に回り、竹に登って中に潜入しようとします… が、兄は弟の行動を手で制しました。

鶴「亀よ、お前はひとまずここに残れ。安全なことが確認できたら、笛で呼ぶ」
亀「えっ、それはないでしょう、兄よ。私も一緒に行くに決まっています」
鶴「リスクを分散するのだ」
亀「万一のことがあって、私だけ生き残るようなことになったら、耐えられない。リスクが云々なんて知りません。一緒に行って、死ぬときにも一緒です」

鶴「ばか。オレ達は、父と母のカタキを討つために、軽々しく全滅の危険を冒してはいけないんだ。オレがもし死んだら、お前は逃げて、しばらくどこかに潜伏しろ。そしてオレの代わりに、次のカタキ討ちのチャンスを待て。耐え忍ぶんだ。これこそが孝行というものだ」

亀は声を殺して泣きました。そしてやっとのことで「分かりました、兄よ」と言いました。

鶴「よし。亀よ、オレが死んでも、ヤケになるなよ。必ず逃げるのだぞ。…じゃあな」

鶴は、亀に手伝わせて、近くの竹の先を引っ張ってしならせ、それが戻る力を使ってうまく塀の内側に潜入しました。

塀の中にも、さらに柵が何重にも張り巡らされています。鶴は、見回りの兵をうまくかわしつつ、それらを順々に超えていきました。

鶴「さあ、どこから屋敷に潜入するか… おっ、あそこがいい。典膳所(てんぜんしょ)(料理を用意するところ)だから、換気用の窓があるはずだ」

鶴は屋根に登り、この典膳所(てんぜんしょ)の前の庭に降りることにしました。そこには井戸があり、つるべのヒモを伝って地面に降りられるつもりでした。

しかし、そのヒモは古くなっており、鶴が体重をかけるとちぎれてしまいました。鶴はそのまま井戸に落ち、ドボンと大きな音を立てます。辛うじて井戸の壁に手がかりをみつけてすっかり沈むことだけは避けましたが、出るにも出られませんし、このままだと疲れて溺れてしまいます。

鶴「助けて、助けて!」

この叫び声と、さっきの水の音に驚いて、役人たちや兵がワラワラと寄ってきました。

兵「何だ、泥棒か! ふてえやつだ、殺してしまえ」

鶴、いきなりピンチです。つづきは次回。


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