6. 呪いの言葉とともに、玉梓死す
■呪いの言葉とともに、玉梓死す
定包のいた滝田城の兵士らは、里見軍から届いた檄文に感動し、よろこんで投降することになりました。その証しに、定包本人とその側近をじぶんたちでやっつけ、首級を里見側にささげるつもりだったのですが、狙っていた二人の側近が、堂々と城の内側から出てきました。
鈍平・妻立「われら逆賊定包を誅伐せり!」
みんな「あれっ」
鈍平・妻立「ほらほら、降参するんだろ。これが定包のクビだ。いざ、門をひらいて里見殿を迎え入れるのだ」
みんな「(先を越された…)」
あきらかに、鈍平たちは自分たちが殺されそうなことを察知し、こうすることで危機をまんまと逃れるつもりなのだとわかりましたが、これ以上どうしようもありません。言われるままに門はあけられ、ついにこの滝田の城も東条と同様、里見義実の手に落ちたのです。
両軍の兵たち「いくさが終わった、ばんざーい、ばんざーい」
義実一行が城の中の様子を見てまわると、中は豪華な内装や装飾品であふれかえっていました。倉には米や財宝がぎっしり詰まっており、どれほど民を搾り取ったのかがイヤでもわかります。義実は、自分たちはこれらに一切手をつけず、すべて領内の百姓に分け与えてしまうことにしました。
堀内「いや、まだきっと、麻呂と安西との戦いが残っていますよ。ちょっとは取っておいたほうが…」
義実「これでいい。民が富むことがわたしの富だ。敵を防いでくれるのも民なのだ。俺たちだけでできることじゃないんだよ」
堀内「あんたカッコよすぎるよ…」
次の日は鈍平と妻立の尋問タイムです。
金碗「なんで自分の主君のクビ持ってきたのさ、教えてよ」
ふたり「定包は悪人と知っていました。でも、自分たちだけでは倒せないから、イヤイヤ従いながら今回みたいなチャンスを待っていたんです」
金碗「ふーん、聞いたウワサでは、おまえらも定包の同類みたいなもんで、今回の投降で殺される候補だったって話なんだけど。保身のために定包殺したんじゃないの」
鈍平「それは妻立のことですよ。あいつは玉梓を前々から狙っていて、そいつを奪うためにやったんです」
妻立「あっずるいぞ。鈍平のほうこそ、神余様の暗殺を手伝った悪人なんだ。それで今回、自分が罪に問われないように、先回りして定包を殺したんだ。こいつは二代の主人をふたりとも殺したんだ」
金碗「はっはっは、ふたりとも救いようのない極悪人だね。もちろん死刑だよ」(ぴょーん)(ぴょーん)←首をはねられる音
さて、次は玉梓の番です。しおれた花のような恰好で、金碗の前に出されても顔をあげることもできません。
金碗「おまえは愛人として主君神余を骨抜きにし、贅沢三昧にふけり、政治にまで干渉して忠臣を遠ざけてしまった。さらに定包と密通し、やつが領主の座を奪ったあとはその妻になって恥じることもなかった。ほんっと悪い女だね」
玉梓「めそめそ、玉梓意味わかんない。女はだれかに頼らなくちゃ生きていけないの。神余さまが亡くなって、ワタシどこにも行くとこがなくって、山下さまが好きだといってくれたからそれにすがりついただけなの、悪い? 神余さまと山下さまの両方にお仕えしたのが悪いってことなら、ほかの家来のみんなだってそうじゃない。玉梓だけが悪いんじゃないもん。あなたなんかさ、神余さまにお仕えしたあと、今度は全然関係ない里見さまにお仕えして、もとの主君のいるところと戦争してるじゃない。自分の栄利のためにそういうことしてさ、ぜんぜんそっちのほうが悪いじゃない」
金碗「都合のいい詭弁を申すな。私が行ったのは、神余さまの敵討ちだ。自分の利益のためにやってはおらん。自分の利益のために悪に従った酷六や鈍平はみな死んだぞ」
玉梓「エーン、よくわかんないけどごめんなさあい、玉梓が悪かったワ。里見さまは仁君だから、女まで死刑にはしないわよね。こんなに謝ってるワタシですもの、命だけは助けてくれますよね。ゆるしてくれたら、わたしはおとなしく故郷に帰ります。ね、金碗さまも、もとは同じ神余さまに仕えた間柄じゃない、おねがい、うわーん」
義実「どうしよう、このコは死刑はかわいそうかな…」
玉梓「おねがい(クネクネ)」
金碗「よく考えてください、この女は定包に次ぐ悪人です。神余の暗殺も、この女が協力しなかったら成功しなかったはずです。これを許せば、民の心は離れますぞ」
義実「うんそうだ、ごめん、やっぱ死刑」
玉梓「…おのれ金碗、余計なことを! (形相変わる)うらめしきかな金碗八郎、お前は近く刀のサビになるであろう。そしてその家は長く断絶するのだ。また義実きさまも、罪を許すといったそばから許さぬといい、人の命をもてあそぶ愚将よ」
玉梓「わらわは許さぬぞ。殺さば殺せ。おまえらとその子孫まで、畜生道にみちびきて、煩悩の犬としてくれる! 犬に、犬にしてやる!!」
義実・金碗「うわなんだこいつ、怖っ、こっわー。はやく首はねて」
玉梓「ぐおおおおお(狂ったように辺りをののしり、もがきまくる。それを四五人の雑兵が押さえつけ、ついに首をはねる)」
義実・金碗「いやー、たいへんだったね…」
この玉梓の怨念は、強い意志力をもった義実や金碗に直接とりつくことはできませんでした。でも、その子供たちにずっとまつわり続けることになるのです。