7. 金碗八郎、忠節を守って自害する
■ 金碗八郎、忠節を守って自害する
さて、里見軍が定包の城攻めをしている最中、留守番中の東条のほうはどうなっていたかにも触れましょう。
鈍平・妻立・玉梓が処刑された翌日、蜑崎十郎輝武という男が杉倉の使いとしてやってきて、義実に報告しました。その手には、驚いたことに、麻呂小五郎信時の首級をもっています。
まず、義実たちに兵糧が届けられなかったのは、安西と麻呂に陸海の通路をふさいで邪魔されたからなのでした。定包の密使がそそのかしたのですね。
杉倉がどうしようもなくて困っていると、今度は、思いがけず、安西景連が単独でこっそり話を持ちかけてきました。安西は、協力して今から麻呂を倒さないか、といいます。
安西「麻呂に無理やりつきあわされてこんなことをしているが、実はしたくない。あいつは力はあるが頭が悪い。この際、挟み撃ちにして一気に倒しちゃおうぜ。その後、力をあわせて定包も倒しに行けばいい」
最初は杉倉もウサン臭い話だと思ったのですが、何度も使いがくるのでついに説得され、ある五月雨の夜に麻呂の陣を奇襲しました。
麻呂の兵は混乱して逃げ回ります。やがて麻呂は、杉倉と一対一の戦いに追い込まれます。騎上での槍と長刀の勝負は、長刀をもった杉倉の技量が上。麻呂は負けてクビをとられました。…ここらへんまでが蜑崎のレポートです。
義実「なるほど手柄だった。しかし安西が何したのか、話に出てこないね」
蜑崎「そのとおり、この晩の戦いでは、安西たちは一本の矢も放つことはなかったのです」
義実「(扇で膝ポン!)やっぱりな。安西は定包が負けると読んでいた。もしそうなれば、我々と安西&麻呂の対立という構図ができあがり、自分たちは不利になると考えたんだ。安西は麻呂を、力があるだけのアホだと思っていたフシがある。これは予想だけど、安西は麻呂のいた平館の城をとりに行ったんじゃないかな」
杉倉からの続報を伝えるもうひとりの使いが来て、義実の予想を裏付ける報告をしました。城主不在の平館はあっけなく乗っ取られ、麻呂がおさめていた朝夷エリアはいまや安西のものということです。
金碗・堀内「まんまと出し抜かれた。こっちは大変な骨折り損だ。ちょっと許せないですよ、安西も攻めましょう」
義実「いや、これはこれでもうヨシとしよう。確かに安西はずるいやつだが、定包ほどの悪人じゃない。戦は民に迷惑をかけるから、よほどのとき以外はしないのだ。当面は安西とは和睦し、もし向こうが攻めてくるようなら反撃する、くらいの方針でいこう」
こういうわけで、義実が神余→定包の領地であった長狭と平郡、安西が朝夷と安房を押さえる形ができあがりました。
やがて、夏になりました。ある日、安西からの使いで、蕪戸訥平という男が贈り物をもって訪ねてきました。
安西の手紙「キミがこうやってビッグになることは、最初に会ったときから私にはわかっていたよ。いろいろ厳しいことも言ったけど、あれはキミをハッスルさせるための演技だったのだ。安房の国を二分して治めるもの同士、今後も仲良くやっていこうね」
堀内・金碗「うわあ、白々しい。鯉の件でだまして殺そうとしたのも『演技』かよ。使者なんか追い返しましょうよ」
義実「でも、形の上では確かに友好のあいさつだよ。断るのは不義になるよ」
ということで、こちらからも手紙と贈り物を返し、友好が成立。国全体に、平和で閑かな日々が戻ってきました…
ある星空の夜。義実は、杉倉、堀内、金碗だけを茶会にさそい、みなの今までの功績をつぶさに数えあげて、あらためて深く感謝を示しました。そして、杉倉と堀内にはそれぞれ五千貫の領地を、金碗には長狭の郡を半分あたえ、東条の城主とすることを伝えました。
金碗はこのオファーを丁寧に断ります。「私は主君の敵討ちがしたかっただけで、カネも名誉もいらないのです。もうすっかり満足なのです」
義実「どうしても受け取ってもらいたいのだ。たのむ」
金碗「わかりました。ここまで言われて受け取らないのでは、恩知らずとなってしまう。しかしこれを受け取るのは故主である神余さまへの不忠でもある。この板ばさみを解決する方法は… これです!」
金碗はおもむろに刀を取り出すと、自分の腹に突き立てました。あっと驚く三人。
義実「いかん、この深手では助からない。金碗、言いたいことがあるのだな。はやく言い残せ」
金碗は佶と見上げて息をつき、「神余さまが死んだと聞いたとき、すぐにこの腹を切るべきだったのです。生きのびたのは、どうしても敵討ちがしたかっただけ。それを遂げて恩賞をもらうのでは、主君の死が自分の幸いとなったことになります。朴平と無垢三のおこした事件も、知らなかったこととはいえ、あれらに武芸を教えたのは私。責任をとる必要があるのです。この楽しいひとときを汚してしまい、どうぞお許しを」
義実「お前はそこまでの忠臣だったのか。それを見抜けなかったこの私は一生の間違いをした。ゆるせ。最期にどうしても会わせたいものがいる、まだ死ぬな、死なないでくれ。あれを連れてこい」
合図をうけて、ひとりの老人が飛び込んできました。
一作老人「金碗さま、この子をみよ。あなたの子ですぞ。あなたと濃萩の子です。ようやく会わせたこの日に、なんで切腹してしまいなさる」
金碗「…一作か!」
杉倉「この前この老人が子をつれてウチを訪ね、金碗様の邸はどこか、と聞くのだ。よく聞くと、金碗の隠し子だという。これはめでたいと思い、今夜、サプライズ対面させるつもりだったのだ。それが、とんでもないことになってしまった」
金碗「…その昔、神余様のもとを去ったとき、しばらくお世話になった百姓がこの一作です。これも、もとは父の家来だった男。娘の濃萩とはつい恋仲になり、あまつさえ身重にしてしまった。千度悔いたがしかたがない。濃萩には子をおろすよう言いのこし、わたしは五年にわたる放浪の旅に出たのです。ここに帰ってきてからも、あれからどうなったかと、ずっと気にかかっていた。すまなかった」
一作「わたしどもは、娘がわが主金碗様のお子を宿したことを心からよろこんだのでございます。ですのにあなた様は放浪の旅に出てしまわれた。やがて男の子が産まれましたが、濃萩は物思いに弱っており、産後ほどなく死んでしまいました。やがて妻も死に、私とこの子だけの暮らしとなりました。このころの苦労は言い尽くせませんが、赤子はすこやかに育ちました。」
一作「さきの戦であなた様の武名は、隠れなく聞こえてきました。平和になるのを待ってから、やっと勇気を出してここまで来ましたのに、なんという宿命でしょう。さあ子どもよ、父の顔をよくおぼえておけ」
子供「おとうさま!」
金碗八郎孝吉はすこしだけ唇を動かしましたが、声にはなりませんでした。
義実「この子の名はまだないようだな。父はわたしをよく輔けてくれた。この子を、金碗大輔孝徳と名づけて、父がうけた恩賞をすべてこの子に引き継がせる。一作よ、ここにとどまって大輔の後見をしてくれ。八郎、これが私からの冥土へのみやげだ、聞こえたか」
金碗「…介錯をたのみますッ」
義実は金碗の介錯をしました。金碗の命が尽きたその瞬間、女のかたちをした影があらわれ、大輔のそばまでくると、フッとかき消えました。真夜中を告げる漏刻の音が響きました。