8. 伏姫誕生、八房登場、スケベ安西
■伏姫誕生、八房登場、スケベ安西
里見義実に、婚姻の話はたくさんもちかけられました。ストイックなイケメンですので、大変モテたのです。いっぱいいる候補から、上総の真里谷家の娘で五十子ちゃんという才色兼備なコを選んで結婚しました。やがて女の子をひとり、ついで男の子をひとりもうけました。女の子の名前は伏姫、男の子は次郎太郎(元服後は義成)です。
伏姫は、幼いころから輝くような美人でしたが、普段から泣き止まない子で、また、三歳になるのに、まったく言葉をしゃべりはじめる気配がありません。お祓いみたいなこともやってもらうのですが、効き目はありません。須崎ってところにある、伝説の修験者である役行者ゆかりの神社にもしょっちゅうお参りをつかわしますが、これもいまひとつです。
五十子「例の神社、伏姫を直接つれてったらもっと効き目がないかしら」
義実「あそこは領地の外だからちょっと危ないんだよなあ。でも、効くかもしれないと思うなら、やってみようか」
ということで、姫とたくさんの従者で、お参りツアーが組まれました。伏姫はいつものように泣きまくりますが、いちおうつつがなく七日間のお参りスケジュールも終え、一行は帰路につきました。里見の領地に入る直前で、一行はナゾの老人に出会います。
老人「お、そこを行くのは、里見の姫君じゃないか。お参りの帰りかな」
従者「なんでわかるんスか」
老人「このジジイからも、ご利益を念じてさしあげよう。ムニャムニャ… うーん、このコ、祟られておるよ」
従者「えーっ、祓って、お祓いしてくださいよー」
この老人、タダモノではないと見て、従者は今までのいきさつを詳しく説明しました。
老人「なるほどね。このコに霊のたたりがついておる。でも、大丈夫じゃよ。どんな呪いも、徳のパワーがあれば、災い転じて福となすことができるものなんじゃ。これから色々あるじゃろうが、喜ぶべからず、悲しむべからず。一人の子をたとえ失うとしても、後にたくさんの助けが得られるなら、これは禍ではない… うん、これをあげよう。お守りじゃ」
老人は、伏姫の首まわりに、ちょっと不思議な数珠をかけてあげました。水晶の数珠で、そのなかの八個には「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」と彫ってあります。いい感じです。
従者「意味深な言いかたしないで、その祟りについて、もっと具体的に教えてくださいよ」
老人「天運というのは、ネタバレ禁止なものなんじゃ。でもヒントはあげよう。『伏姫』という名前の秘密をよく考えることじゃ。義実夫婦にもそう伝えなさい。それではな。」
そういうと、老人は須崎の方向にテクテク歩いて去りました。歩いているくせに、すごいスピードで、たちまち見えなくなりました。
気がつくと、姫はもう泣いていません。ニコニコしています。また、この日を境に、言葉もどんどんしゃべりはじめるようになりました。
義実「それはきっと役行者本人だったんだろう。やったあ、すごいぞ」
伏姫はすくすく育ち、やがて12歳になりました。世にもまれなる美人で、さらに毎日の勉学も欠かしません。親を敬い、下をあわれみ、一挙一動に品位がただよいます。簡単に言うと、パーフェクトガールってことです。例の爺さんにもらった数珠を、お守りとしていつも首にかけています。父も母もデレデレで、目にいれても痛くないというのはこんな感じなのでしょう。
そのころ、義実の耳に、不思議な犬のウワサが入ってきました。狸が育てた犬だそうです。
技平っていう一人暮らしの百姓が飼っていた犬が、仔犬を一匹生みました。母犬は狼に殺されてしまったのだけど、仔犬は無事でした。でも乳をあたえる母犬がいないのでは、死ぬのは時間の問題です。百姓仕事があるからロクに仔犬もかまってやれず、わりと放っておいたのですが、意外と死なない。気になって見張ってみると、狸が仔犬のもとに通って乳をやっていた… こんな話です。
義実「その犬ほしいな!」
杉倉「なんでです」
義実「狸が育てたってところがいいんだ。ほら、狸には『里』って字が入っている。里見の犬ってことなんだよ」
杉倉「(この人の教養はあいかわらずハンパない… のか?)」
犬を実際にみせてもらうと、大きくてかわいい、申し分のない犬でした。もともと義実は伏姫のために犬を飼っていたのですが(姫が夢でうなされることが多いので、魔よけのつもりだったのです)、さっそくこの犬に変えることにしました。白地に黒の八つのブチ模様があるので、八房と名づけました。黒いブチは、すべて牡丹のような形でした。とても姫になつきました。
そうこうするうちに、姫は16歳になりました。匂ひこぼるる初花に、いざよふ月を掛けたる如し… 言葉の意味はよく分かりませんが、とにかくとんでもない美人ってことです。
さて、義実はいつかの戦がおわって以来、長年、安西景連と領地を接していました。あるとき、安西の使いの蕪戸訥平が来て、ヘルプのお願いだといいます。
訥平「今年は凶作で困っています。里見の領地は豊作だったと聞いていますが、米を5000俵くらい貸してもらえませんでしょうか。また、安西さまは子がなく、最近、世継ぎのことを心配しています。つきましては養女をひとりいただきたいのです。そのコに一族から婿を選んで世継ぎとしたい」
義実「困ったときはお互い様です。米は貸します。養女や養子については… うちは一男一女のみだから、これはちょっと勘弁してください。(安西は子もないし妻もなかったはず。一族? 誰かいたっけ)」
金碗大輔「えーっと、義実さま…」
金碗八郎の息子、大輔が横から口出ししてきました。今は20歳の立派な若者です。一作老人は最近死にましたが、それの介護も人任せにしなかった感心なやつです。
大輔「安西って昔の敵らしいじゃないスか。今だって、困ったときだけ都合よくこんな話をしてくるだけですよね。向こうが弱ってるってことは、今って、一気に攻めちゃうチャンスじゃないスか?」
義実「若輩者が知ったようなことをいうな! たとえ敵でも、凶事に乗じて攻めるということが許されようか。そんな戦に民はついてこない。大体、今は安西は敵ではない!」
大輔「…スンマセンっした…」
ということで、結局、5000俵の米を安西に贈ったのでした。その翌年… 今度は安西の領地が大豊作で、逆に義実の領地がひどい凶作になりました。
大輔「安西に言って、去年の5000俵返してもらいましょうよ。大体、言わなくても返してくれていいでしょうに、割と冷たい奴らだと思いますよオレは」
義実「そうだな、じゃあ大輔が使いに行ってくれ。でも、返せとかなんとか、恩着せがましい言い方しちゃだめだぞ」
義実は、ふだんから大輔に何か手柄をたてさせたいと思っているのでした。父である八郎との約束で、大輔には東条の城主になって領地を与える予定ではありますが、それなりにキッカケというものが要るのです。今回使いにやったのはこんな事情がありました。
大輔は10人くらいの従者をつれて安西のいる真野を訪ねました。対応してくれた訥平に、5000俵の米を貸してほしいことを丁寧に頼みました。訥平は、ボスに取り次ぐわ、と言ったまま、なかなか戻ってきません。夜になってやっと帰ってきたと思ったら、「ボスは風邪をひいてるので、ここに滞在しながらちょっと待っててよ」という返事です。
なんだかんだで、一週間ちかく経ちました。もう訥平も滅多に会ってくれません。これって何かおかしくないか? 大輔があらためて周りを観察すると、これって、もしかして戦の準備の気配じゃないか。
大輔「わかった、ウチが弱ってるのに乗じて、里見の城を攻める気なんだ。大変だ、逃げ帰ってボスに伝えないと」
危機一髪で、大輔は安西のもとを脱出しました。しかしそれを追ってくるものがいます。蕪戸訥平の小隊です。「やあやあ逃げるな卑怯者! お前の帰る場所はもうないぞ。今頃はわれらの軍が『卑怯者』義実のいる滝田を攻めていることだろう。おとなしく降参しろ」
訥平はさらに、里見義実の「卑怯ぶり」をトウトウと言いたてます。
○ 浮浪者同然だったのに、愚民をだましてまんまと領地をせしめる卑怯者
○ 安西の助けで麻呂を倒したのに、恩をしらない卑怯者
○ 5000俵ぽっちの米の貸し借りをグダグダいう卑怯者
○ 伏姫を安西の側室に置いてやろうというのに、それを断る卑怯者
大輔「勝手な言い分もここまで言えれば立派なもんだ… あと安西はスケベ野郎だな。ちくしょう、お前らなんかに負けはしない」
バトルが始まります。必死の応戦で敵を30騎は倒したものの、多勢に無勢、7人いた里見側の従者はすべて倒れ、ついに大輔ひとりになってしまいました。絶体絶命の大ピンチ!