14. 金碗大輔、玉を探す旅に出る
■金碗大輔、玉を探す旅に出る
伏姫は死んでしまいました。だれも止める間がありませんでした。みな呆然としている中、最初に口をひらいたのは金碗大輔です。
大輔「(伏姫が使った刀を手につかみ)私も死にますッ」
義実「罪を正しく償わずに、勝手に死ぬとは何事か。この山はかたく立入禁止としていたはず。違反者は打ち首である。切腹はゆるさぬ。覚悟はよいか」
大輔「願うところでございます」
里見義実の刀がひらめきました。
しかし、地面に落ちたのは、大輔の首ではなく、髻(髪を結った部分)のみです。
義実はすばやく涙をぬぐうと、
義実「みよ堀内、私みずから、罪人に刑をあたえたぞ。これでよいな」
義実「大輔よ、これはお前の亡き父への寸志である。お前はこれから僧となるがよい。姫のためにも、体を大切にし、学問を積めよ」
大輔は声をあげてむせび泣き、平伏しました。
大輔「私はこれから法名を丶大(ちゅだい)と名乗ることにします。「犬」をふたつに分けたものです。犬にも及ばぬわたくしですが、あの世の伏姫を弔い、義実さまご父子の武運を祈りながら、全国を巡礼することにいたします」
義実「よろしい。今思うと『八房』とは、『一』の『尸』が『八方』に散ると読めるのだな。さきほど、姫が死に、光る八つの玉が飛び散ったことと関係があると思わざるをえない。この数珠は、お前がもっていくがよい」
丶大こと大輔「ありがたき賜物。わたしはこれから、あの八つの玉の飛び去った先を探し、もとの108個の玉をつらねた数珠にもどすまでは戻らない覚悟です」
堀内「ところで、日が暮れてきたので、まずは山を降りましょうよ。夜はここは危険です。毒ヘビとかがいたらイヤですよ」
義実「ここは危険だ、などと、伏姫に恥ずかしくないのか。姫の魂はまだここらにいるはずだ。一晩ここにいようじゃないか」
そういうわけで、洞窟に姫と犬の死体を運び込み、近くの木の下で、三人で静かに夜明けをまつことにしました。 …しかし、そうしていると、風に乗って人の声が聞こえてきます。また、谷川の向こうに、たいまつの明かりもチラチラと見えます。
女性用のカゴと、それを担ぐ人々でした。その後、がんばって川も渡り、やがて三人のもとにカゴがつけられました。そこから出てきたのは、五十子夫人の付人の柏田。山の中をカゴに乗ってきたのでフラフラです。
柏田「五十子様は今朝からますます病状がわるく、義成様が、『父上がきっと姉上をつれて帰ってきますから』となぐさめたのです。それではじめて義実様の行き先を知ってビックリなさり、危ないし怖いから絶対に連れ戻してきて、と我々を使わされたのでございます」
義実「そうかー、わるかったなあ」
そういう話をしているそばから、さらにもうひとつ、カゴが向こう岸に見えました。さらにもうひとつ? 義実は非常に悪い予感を感じました。
次のカゴから出てきたのは、別の若い侍女で、梭織という女です。
梭織「五十子さまは、今日のお昼ごろに… ううっ!」
義実「死んだのか…」
梭織「義実さまはお忍びですので、騎馬ではなくこういう形でお知らせに参りました。義成さまからは、今夜のうちにお戻りくださいとの伝言です」
義実「五十子には気の毒だった。だが、私が帰るまで生きていてくれたとしても、そもそもどうやってなぐさめることができただろう。みな、あれを見てくれ」
柏田と梭織は、伏姫のなきがらを見つけると、ころがりまわって泣きまくりました。
義実「わたしと堀内は今から急いで帰る。残りはここに留まって、明日ここに伏姫と八房を埋葬してくれ。ここはたのむ、大輔」
富山の入山禁止は解除されました。翌日、大輔たちは、山のふもとで棺桶などを手配し、おこたりなく埋葬を終えました。姫の眠る場所に石碑は建てませんでしたが、古い二本松を目印にしたその場所は「義烈節婦の墓」、八房の埋められた場所は「犬塚」と呼ばれるようになりました。金碗大輔、またの名を丶大法師は、その後40日間あまり、そこにとどまって法華経をあげつづけました。
義実のもどった滝田では、五十子夫人の葬式があげられました。その後、四十九日の法事をとりおこなう日が近づいたので、義実が丶大を呼ぶために富山に連絡をとると、もう法師は旅に出たということがわかりました。
義実「いよいよ、玉をあつめる旅に出たのだ。この世でまた再会できるかは分からないな。達者でいてほしいものだ」
義実はあえて丶大を追いませんでした。また、のちに彼が無事に帰ってくることを祈念して、富山に観音堂を立てました。
そして、年月がたちました…