15. 大塚番作が三つの首を持って逃げる
■大塚番作が三つの首を持って逃げる
ここでいったん、里見義実、伏姫、そしてヽ大法師こと金碗大輔のお話は一区切りとして、舞台はもういちど結城合戦に戻ります。
長年の籠城戦のかいなく結城の城がついに落城し、義実の父親である里見季基は戦死し、義実がふたりの臣下をともなって戦場を落ち延びたまさにこの日、別の一組の親子が同じような会話をしていました。
大塚匠作と、その息子番作(16)です。匠作は足利持氏の臣下で、持氏が鎌倉で死んだときに、その息子の春王と安王を連れて逃げ出し、ここの結城氏のもとにつれて来た当人なのでした。(結城合戦ってのは、この「反逆者」持氏の肩を持って息子達をかばおうとした勢力を、将軍側がフルボッコにするというそういう戦でした)
匠作「そろそろ死ぬときが来たな。しかしおまえ(番作)は逃げるがよい」
ここらへん、里見義実のときと大体同じですね。
匠作「逃げたあとは、母と姉をたよって武蔵の大塚の里に行け。大塚ったって、昔はウチの家系の荘園だったというだけで、今はべつに俺たちの持ち物じゃないけどな」
匠作「だからこそ、母と姉をだれかが養ってやらなきゃいかん。お前がやれ」
番作「はい」
匠作「あと、この刀を持って逃げろ。これはオレが春王様から預かっているもので、村雨というものだ。こいつは、いつも水に濡れているから血もつかないし、振れば水が飛び出るという、水属性のスーパーレアアイテムだ。持氏様のご子息のうち、春王さまか安王さまが生き残るようなら、その方にお返ししといてくれ。そうでなければ形見にしろ」
番作「はい」
匠作「春王さまも安王さまも捕まってしまった。彼らは京都の将軍のもとに護送されるようだ。仮にもお偉方の子息だから、めったな扱いはしないだろう。オレは今から敵軍にまぎれこんで旅をし、スキがあったらお二人を奪還してみようと思う。お前はちゃんと逃げろよ」
番作「はい」
匠作「(自分も一緒にやるって言ってゴネるかと思ったけど、なかなか素直だな)」
やがてまた二人は乱戦にまきこまれ、互いにはぐれてしまいました。匠作はその後、うまく敵の手下になりすまして、春王たちをつれた護送軍に紛れ込むことができました。この一行を仕切る警固使は、長尾因幡介です。
しかし、なかなか匠作が春王と安王を奪還するチャンスはきません。やがて一行が美濃のあたりについたころ、長尾は京都の将軍からの手紙を受け取ります。
将軍「両公達を今さらに、都へは入れたてまつるな。路地にてはやく誅しまいらせ、おん首級をのぼせよ」
つまり、道中こっそり殺しちゃえってことです。
一行は金蓮寺で休息をし、そして長尾本人からこの兄弟に説明します。
長尾「すいません、ここで死んでもらいます」
春王・安王「ああいいよ、仕方がない。せめてふたりいっしょに殺してくれ」
手下が刀を構えます。長尾も手下も、気の毒で涙ぐみました。そりゃあ、敵の親族とはいえ、ただの子供ですからね。
匠作もこのシーンを柵の外側から見守っています。泉のごとく涙はほとばしり、胸はつぶれ、腸はちぎれる思いですが、どう考えてもこの状況からふたりを救い出すのはもう無理です。
匠作「ちくしょう。せめて当座の敵である長尾を殺すか… でもそこまでもたどり着けそうにないな。もうちょっと手前にいる、手下の牡蠣崎と錦織ってヤツだけでも殺して、黄泉の旅にムリヤリ付きあわせたろう」
刀がひらめき、春王と安王の首が落ちました。
その瞬間、匠作は、まわりの武士を押しのけながら「両公達のかしづき、大塚匠作の恨みの刃を受けよ」と叫んで、まずは錦織頓二を斬りたおしました。ついで牡蠣崎小二郎にも斬りかかりましたが、これは避けられ、逆に腕を斬りおとされます。ついで自分自身の首もすっぱり斬りおとされてしまいました。
次の瞬間、さらにもうひとりの雑兵が飛び出しました。そしてすばやく春王と安王の首をひっつかみ、さらに大塚匠作の首もつかむと、その髪を口にくわえました。そして、刀を抜くとも見えないうちに、牡蠣崎をから竹割りに斬りたおしました。
「持氏朝臣恩顧の近臣、大塚匠作三戍が一子、番作一戍十六歳、親のカタキ討ち取ったり!」
じつは番作も、結城の合戦を逃れたあと、思い直してこの護送軍にまぎれ潜んでいたのでした。
雑兵はあれよあれよとうろたえています。番作は幾多の刀傷をうけながらも、血路を開いてついに陣から逃れ出ることができました。番作が持っていた宝刀村雨は、殺気をもって刀を振ると、切っ先から水がバシャバシャと飛び出しますから、かがり火を消しまくって敵を混乱させることができたのです。その夜は幸い月も出ていませんから、火が消えてしまうと如法暗夜のまっくら闇です。
長尾「とり逃がした。めっちゃおこられる…」
長尾は、将軍に「ふたりとも殺したんだけど、首をとられました」という手紙を書きました。
将軍の返事「しかたねえな。まあ大勢には影響ないし、許す。曲者の捜索はちゃんとしとけよ」
長尾「ほっ…」
長尾のお話はここまでで、これ以降は登場しません。
番作は、3つの首をかかえ、どこかもわからない山道を一晩中走りまくりました。次の日も、朝から夕方まで走りました。そこでようやくペースを落とし、改めて体を見ると、刀傷だらけでズキズキするし、服は血だらけ。飲まず食わずですし、もうそろそろ限界です。そのとき、目の前に小さな寺を見つけました。
ここで休ませてもらおうと思いましたが、その前に、ここには墓地もあるようでしたので、番作は、まずは何より先に、持っていた三つの首を勝手に埋めさせてもらうことにしました。ここの主人に、足利持氏の子のクビですって言ったら、たぶんビビって許してもらえないでしょうから。さいわい、新しい墓があって土が掘りやすかったので、その付近に三つの首を埋めました。これで一安心です。あらためて番作は玄関にまわります。
番作「ご主人いませんか。一晩休ませてほしいのです」
主人ではなく、女の子が出てきました。あきらかに番作を見て恐がっています。
番作「いや、強盗とかじゃないよ。ちょっと敵討ちしてきたんだよ。ヘトヘトなんです、なんかメシをください」
女子「ごめんなさい、ここ私のウチじゃないんです。ここの主人に、今日の昼から無理に留守番をたのまれているだけで。わたしは親の墓参りに来ただけなんです。食べ物はたぶん何かあると思いますけど、勝手に食べたらダメですよね…」
番作「オレがあとで主人に謝るから、お願いだからなんか食わせて! 死ぬ!」
女の子は、おそるおそる麦を炊き、ミソをおかずに差し出しました。番作はめしびつ一杯たべて、大満足でゴロ寝します。
女子「男女が同じ部屋で寝るのはダメでしょう。よくない噂になるわ。もう出てってよ」
番作「もう動けない。どうせ何もできないよ。お願い、寝るだけ、追い出さないで」
女子「じゃあせめて、あなただけ仏堂で寝てください」
番作「オッケーオッケー」
ということで、番作だけが離れた仏堂に行き、そこで眠りについたのでした。