里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

17. 女装のスーパー男子、犬塚信乃

前:16. 番作と手束の結婚、ビッチ亀篠

■女装のスーパー男子、犬塚(いぬつか)信乃(しの)

犬塚(いぬつか)番作(ばんさく)手束(たつか)との間に生まれた男の子は信乃(しの)と名付けられました。ちょっと女の子っぽい名前ですが、これは理由があります。

手束(たつか)「今まで三人男の子が生まれたけど、みんな早くに死んでしまったわ。この子も男の子だから同じことになりそうで怖い。だから15歳までは女の子のように育てたいのだけど、どうかしら」
番作「そういうのは迷信だと思うけど、お前がそう思うならそうしてみよう。名前は『しの』としようか。古語で、長いという意味だ。長生きしてほしいからな」

こういうわけで、信乃(しの)は女の子のように育てられることになったのです。女の子のような服を着せ、(くし)やかんざしを挿させましたから、知らない人は本当に女の子だと思い込んだほどです。

蟇六(ひきろく)亀篠(かめささ)はこれを見て大いにバカにしました。「なんだ、前の(いくさ)に死ぬほどこりて、男子を育てるのもイヤになったんだな。頭がおかしいぜ。大笑いだ」

しかし信乃(しの)は、村人にはとてもかわいがられました。がんばってバカにしようとしたのはおおむねこの二人だけです。だんだんこの二人は悔しくなってきました。実は亀篠(かめささ)にも子はいません。

番作たちに負けたくないので、蟇六(ひきろく)は養子をとることに決めました。探すとなかなか可愛い女の子がみつかりましたので、実親とは生涯不通の証文を交わしたのち、家に連れてこさせました。子供が泣くのもかまわず体中を調べまわして、向かいの信乃(しの)より(たぶん)ずっと上等な子だとわかると、二人は大満足しました。浜路(はまじ)と名付けると、キレイなおべべを着せて、お菓子をたべさせ、人様に見せびらかすようにして育てました。なかなか美人になってきましたので、いよいよ鼻高々です。世間は「トンビが(たか)を生むこともあるんだねえ」とウワサしますが、二人はその皮肉にも気づきません。「こんな美人なら、良家に玉の輿(こし)のワンチャンあるで」と他愛なく喜びました。

さて、やがて信乃(しの)は9歳になり、同世代よりもひとまわり大きな、体格のよい男の子に育ってきました。これで服だけが女物なので、ちょっと異様です。文武どちらにも才能があるようで、教えることを次々と吸収し、番作自身もときどき舌を巻くほどです。あまりに才能に恵まれた人間は早死にするような予感さえして、親のほうで「勉強や訓練もほどほどにしておきなさい」と言ってしまうこともありました。

それでも、信乃(しの)が毎日竹刀(しない)を手にとらない日はありません。また、一緒に育った愛犬(与四朗(よしろう)と名前がついていました)がやたらデカくなっていますので、これにまたがって乗馬ゴッコもします。誰も教えていないのに、これが不思議と乗馬の定法(ルール)にかなっていて、見る人に「この子はタダモノではない」と思わせました。村の子供には、信乃(しの)をオカマと呼んではやし立てるものもいましたが、信乃(しの)は一向に気にしません。…いや、本当は少し気にしているのですが、「自分は武士の子だ。あいつらとは違うんだ」と自分に言い聞かせていたのです。

ある秋、手束(たつか)は病気になって床につきました。薬をのませても良くならず、番作も信乃(しの)も毎日心が休まりません。とくに信乃(しの)は、母の看病をしながらいろいろと雑談をして慰めようとするものの、ときどきうっかり涙目になってしまいます。

やがて冬になったある朝、信乃(しの)はいつものように薬屋まで薬をとりに家を出ましたが、家を離れるまえに両親が会話する声が聞こえ、つい立ち聞きしてしまいました。

手束(たつか)「わたしはたぶん助からないわ。いつも弁才天に祈っていたの。私の命と引きかえでもいいから、今度の子だけは長生きさせてほしいって。だからこれで本望なの」
番作「そういうのは思い込みだから。しっかりしようよ」

その後、なかなか信乃(しの)は帰ってきません。番作が家の外を見てみると、薬は縁側に置かれていました。「お使いは終わったのに、それからどこに行ったんだ?」日が沈むころになっても信乃(しの)は帰ってこず、さすがに心配になってきましたので、番作は不自由な足をおして、杖をついて探しに出ようとしました。そこで、百姓の糠助(ぬかすけ)がちょうど訪ねてくるところに会いました。なんと信乃(しの)を連れています。

糠助(ぬかすけ)「この子が滝に打たれているところを、わしが釣りに行ったときに発見したんじゃ。体が冷え切っており、もうすこし見つけるのが遅かったら死んでおったところじゃ。あわてて近くの寺の中に運び、しばらく温めているとやっと意識をとりもどした。そこで聞くと、母の大病平癒(へいゆ)を祈願したのだという。このコは賢く、またたいした孝行息子じゃ。それではな」

手束(たつか)信乃(しの)を近くに座らせると、

手束(たつか)「こんな無茶をして、もしものことがあったら、親孝行か親不孝かわからないじゃない」
信乃(しの)「すみません。さっき家の外で、母上たちの会話を聞いてしまったんです。自分の命と引き換えに信乃(しの)の命を長らえさせてくれているのだと。だったら自分の願い事も神仏に通じるのではないかと思って、あんなことをしてみたのです。あそこで死ねれば、自分の命を母上にお返しできたかもしれない。ここにまだ生きているということは、自分の祈願は受け入れられなかったのでしょうか…」

番作「…信乃(しの)よ、その根性はあっぱれだ。しかし考えてみよ。そんな願いに効力があるのなら、世の中の孝行息子たちの親はみな死んでいないはずではないか。自分の命はひとつしかないのだ、大事にしてくれ」

そうして番作は、手束(たつか)が天女に出会ったときの物語を信乃(しの)にはじめて伝えました。弁才天に子宝を祈願したこと、玉をとりこぼして、犬を拾ったところ… 信乃(しの)は神から授かった子なのです。信乃(しの)は限りなく感動しましたが、秘かにこんなことも心に浮かべたのでした。

信乃(しの)「(玉はなくしてしまったのか。もしそれが見つかれば、ことによっては母上は回復するのでは?)」


そうはいっても、玉を探す手がかりなどありません。母は回復せず、それから10日ほど後に亡くなりました。43歳でした。番作の嘆きもひととおりではありませんが、信乃(しの)は地に伏し、天を仰いで、声の限りに泣きました。

それに次いで葬式も行われましたが、信乃(しの)は女の服を着たままこれに参列します。いつも信乃(しの)をオカマとからかう連中にとってはこのシーンもおもしろい見世物で、終始ヒソヒソと陰口を言いあっていました。

葬式が終わって父と二人きりになると、信乃(しの)は珍しく父に怒りをぶつけました。「自分はどうしてこんな女の服を着せられるのか、もういいかげん説明してください。自分が笑われるのは平気でも、親のことまで笑われるのは我慢がなりません」

番作「これはお前の母の願いだったのだよ。今まで生まれた男の子がみな早死にしたので、ジンクスを気にして、お前には女のフリをさせたのだ。16歳になればお前は男に戻れる。それまで世間のウワサなど気にしないで堂々としているがいい」

信乃(しの)はふたたび、母の愛を感じて泣きました。


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