22. 浜路が実の両親のことを知りたがる
■浜路が実の両親のことを知りたがる
蟇六と亀篠の計画は、まあまあ順調に進行中です。番作が村人のカンパで分けてもらった田んぼは、まんまと自分たちが手に入れました。村人の前ではああ言いましたが、浜路と信乃を結婚させるつもりなんか、全くありません。もっと自分たちの格を上げるような良縁を見つけて、そこに嫁がせるつもりです。信乃は、実はとっとと消してしまいたいというのが正直なところです。
しかし、信乃から宝刀村雨をなんとかして奪わないことには、計画は完成しません。この刀を関東管領にささげて、わが身を安泰にする必要があるからです。刀を奪うまでは、なんとかして信乃を油断させておく必要がありますので、蟇六たちは心に刃を研ぎつつも、上っ面だけは精一杯信乃に親切にしているのでした。
信乃のほうでもこのことは分かっていますので、表面的には素直な息子を演じつつ、刀だけは絶対に取られないよう、油断を欠かしません。普段も腰から離すことはありませんし、寝るときも必ず枕元に置いておきます。額蔵(信乃と仲が悪いフリ続行中)の協力もありましたので、簡単には蟇六たちに出し抜かれることはありません。こうして、村雨をかけた水面下での攻防は、長期戦になってきました。
あっという間に月日はたち、信乃は18歳になりました。もはやそこらへんの者では相手にならなさそうな、賢くて力強い男です。いよいよ簡単には刀を奪えそうになくなってきましたので、蟇六たちはかなり困りはじめました。さらに、浜路は16歳になって非常な美人になったのですが、約束どおりに早く信乃と結婚させるべきだ、と言う声が村人たちからしきりにあがってきて抑えきれない感じになりましたので、これも悩みのタネとなりました。浜路は信乃が好きで、秘かにワクワクしているようです。
蟇六「これ以上待っていれば、色々と手遅れになりそうだ。早く信乃を片付けないと…」
そんなころに、里の近くで合戦がありました。ながく栄えていた豊嶋と練馬の領主である平信盛が、関東管領の山内家と扇谷家に怨みを買って攻められるというものでした。信盛とその弟の倍盛はそれぞれ討ち死にし、一族は全滅してしまいました。
蟇六たちにとっては、この騒ぎはちょっとした猶予期間に思えました。
蟇六「今は世の中がちょっと物騒なので、あれだな、浜路たちの結婚は少なくとも来年以降にしよう」
ところで浜路は、自分が養子であることをこの歳になるまで知りませんでした。蟇六たちはこのことを隠していたのです。それが最近、ちょっとしたきっかけで、自分は練馬の領主筋の出身であることを知りました。しかも自分には兄弟か姉妹もいるらしいということでした。そして、それに続いて、最近あったという戦乱の噂が浜路の心に大きなダメージを与えます。
浜路「この前の合戦で練馬の人たちが全滅したっていうのは、私が知っているあの練馬のこと!? それじゃあ、私の実の親や兄弟姉妹は、みんな死んでしまったってことなのかしら。また会ったことさえなくて、名前さえ知らないのに!」
亀篠と蟇六が浜路をどう育てたかは大体想像がつくでしょうが、人目のあたるところだけで浜路のことを「これ見よがしに」可愛がるだけでした。それ以外はずいぶん詰まらないことで怒鳴ったり、つねったりされ、正直なところ浜路はあまり幸せではなかったのです。ですから、「実の両親」というものがどういう人たちなのか、強い憧れをもったのでした。
浜路「私の実の身内たちのことをどうしても知りたい… もし死んでいたのなら、せめてお墓に参りたい。でも、今のお父さんたちに聞くわけにはいかない… 私がいま相談できる人は、信乃さまだけだわ」
浜路は信乃の部屋に行き、勉強中の信乃に声をかけようとしました。
が、その瞬間に、誰かが近づいてくる足音がありましたので、ハッとおどろき、何もできずに逃げてしまいました。近づいてきたのは亀篠です。
亀篠「…あのコ、何をしていたのかしら? まあいいわ…」
亀篠が用があったのは信乃のほうです。
亀篠「信乃くん、いま、糠助が危篤なのよ。私にはどうでもいいことだけど、最期にあなたに会いたいって言ってるらしいので、行きたければ行ってやってもいいかもね」