24. 左母二郎、刀をすりかえる
■ 左母二郎、刀をすりかえる
陣代の簸上宮六は、蟇六の屋敷で接待をうけたときの浜路の美しさが忘れられず、気もそぞろで仕事に身が入りません。これを手下の軍木五倍二が見とがめます。軍木も先日の宴会に陪席していました。
軍木「あの浜路という娘が気になるのですね。そんなら、結婚すればいいではないですか。わたしが世話しますよ。あなたのご身分なら、蟇六も喜ぶでしょう」
宮六「いや、あのコは婚約済だしさ」
軍木「蟇六はあなたの配下ですぞ。そんなのは無理を通せばいいのです。まあ任せてくださいよ」
軍木は陣代にゴマをすりたいので、こんな約束をしたのち、すぐに蟇六を訪ねてこの旨を伝えました。
蟇六「まことにありがたい話です。ですが、まず信乃との婚約を正式に解消する必要がありますので、しばしお待ちくださいませ」
軍木「そんな悠長な話を持って帰れるか。今すぐ承知の返事をせよ。その後で、必要なことを考えればよい。よいな、なんとかするのだぞ」
蟇六「(青ざめて)ははあっ。承知でございます。なんとかします」
軍木「この話はまだ内密にな。ではまた」
軍木は、結婚の約束に山ほど贈り物を置いていきました。
亀篠「すごい結納だわ。よくある品々はともかく、さらに銀が20枚。あっ、この布は綾どころじゃない、錦だわ。お宝よ、お宝。ヒャッホウ」
蟇六「誰にも見られるな。隠せ、隠せ」
その晩…
亀篠「キタわ、玉の輿よ。これで私たちも、陣代の身内よ。セレブよ」
亀篠「実は左母二郎と結婚させるのもアリかなと思ってたんだけど、格が違うわね。そもそもあいつ、扇谷様に召し返される予定って言ってはいるけど、考えてみたら本当かどうかもわかんないんだし」
蟇六「しかし、浜路は思ったより固い娘のようだぞ。信乃に操を立てているようにも見えるが」
亀篠「ああ、そうかもねえ。っていうかあいつら、デキている気配もあるわ。(以前、浜路が信乃の部屋から逃げていったのを目撃したことがありますが、亀篠の脳内ではこう解釈されています)」
蟇六・亀篠「なにせ、このビッグウェーブに乗るしかない。そのためには、とっとと信乃を消さないと…」
こんなわけで、ふたりは緊急の作戦を練りました。信乃から宝刀村雨を奪い、その上で殺してしまうための作戦です。この作戦には左母二郎を利用することが必要です。
亀篠「左母二郎が、利用されたあげくに浜路と結婚できないと知ったら怒って何するか分かんないわよ」
蟇六「問題ないさ。そんときゃ、簸上さまにチクって逮捕してもらうまでよ」
翌日の午後、亀篠は左母二郎の屋敷を訪ねました。
左母二郎「どうされました、奥様みずから」
亀篠「立ち入った相談なのよ。誰かに聞かれたら困るの」
左母二郎は心得て、さっそく部屋をスダレで締め切りました。ここで亀篠が語ったことを箇条書きにしましょう。
○ 浜路と結婚させてあげる
○ でもその前に信乃との婚約を切る必要がある。実は自分たちはもともと乗り気でなかった。あいつはそもそも敵の息子だ
○ 信乃を追い出すつもり。これは別に作戦がある
○ しかし追い出す前に、婚約記念にあげた家宝の刀だけは取り返したい
○ ついては、刀を取り戻す作戦に協力してほしい
左母二郎「なるほど、いいですね。でも拙者は浜路どのに嫌われているみたいですが…」
亀篠「左母二郎ともあろう男が、いやあね。女なんて、手に入れてしまえば、あとはなんとでもなるものじゃない…」
左母二郎「…ようございます。命にかえてもやりとげてみせましょう」
こんなふうに、亀篠のほうはうまくいきました。次は蟇六の番です。信乃を居室に呼ぶと、こう語りだしました。ここも箇条書きにしましょう。
○ 去年、近隣の豊嶋家と練馬家が滅亡する戦があったので、お前たちの結婚を先延ばしにしていた
○ 足利成氏様は許我を逃れて千葉にいらっしゃったが、最近幕府との和解がなり、ふたたび許我に戻ってきた
○ お前の持っている宝刀村雨を成氏さまに献上するチャンスは今だ
○ そこで身を立て、許我に住むがよい。そのときは浜路を妻として送ってやる
○ なんならここに帰ってきてもよい。それならお前は私の後継ぎで村長となる。いや、お前なら陣代くらいまで出世できるかも
信乃は、簸上宮六が浜路に結婚を申し込んだことを知っています。(額蔵がいろいろ立ち聞きしてくれているおかげです。)だから、このために、婚約者である自分を遠ざけたいんだろうなあ、という推測はできました。そのくらいのことなら、まあ、いっか。
信乃「わかりました。善は急げです。さっそく明日、出発します」
蟇六「それがよい。しかし、旅の準備を考えれば、あさってがよいだろう。私たちも手伝おう」
信乃は、部屋に退いて、庭先の額蔵とコッソリ相談します。
額蔵「まあ、浜路さんと陣代を結婚させるため、ということで間違いないでしょうね。今回の出発は、言ってみれば浜路さんを振ることになるわけですが、そこだけは気の毒ですね」
信乃「自分も悪いなあと思う。でも刀の献上を優先しよう。仕方がないよ。彼女はいっとき悲しむだろうけど、こういうのは時間が解決すると思うし」
こんなわけで、蟇六のほうでも、信乃を旅に出す作戦がなかば成功しました。あとは一番の難所である「刀をうばう」ところです。
翌日の午後、亀篠は信乃を呼び止めて言いました。
亀篠「明日は出発ね。今のうちに、ご両親のお墓にお参りしてはいかがかしら」
信乃「そういえばそうですね。行ってきます」
そして墓参りの帰り道に、今度は蟇六に出会いました。
蟇六「やあ信乃くん、奇遇だな(本当はわざと待ち受けてるんですが)」
信乃「やあ伯父上、こんな時間に漁ですか」
蟇六「明日の朝に、君の出発を祝して宴をするのだ。そこによい魚がぜひ必要なのだが、買えなかった。だから今から獲るのだ。夜になってしまうまでになんとかしたい。信乃君も手伝ってくれないか」
信乃「はあ…」
蟇六といっしょにいたメンバーは、手下の背介と、例の左母二郎です。この一行で、近くの川に行き、船と船頭を雇いました。船頭は土太郎といって、じつはこいつも蟇六とグルです。
やがて船を出す段になって、蟇六は「弁当を忘れた」と騒ぎ、それを取らせに、背介を家に帰しました。つまり、船の上にいるのは、蟇六、左母二郎、土太郎、そして信乃です。
蟇六「よーしやるぞー、トリャー」
網を投げました。しかし、体がよろけて、川に落ちてしまいました。
蟇六「ワーオ、助けてくれー、ガボガボ(沈むフリ)」
信乃が蟇六を助けに飛び込みました。まあ、信乃なら当然やるでしょう。これは蟇六の計画どおりです。蟇六は「助けてガボガボー」とわざと大騒ぎして、信乃にしがみついて、却って沈めてやろうとします。蟇六は実はそこそこ泳ぎがうまいのです。
さらに、土太郎が飛び込んで加勢しました。これもあらかじめ蟇六と示し合わせており、助けているように見せながら、あからさまに信乃をおぼれさせようとします。
信乃はこれを切り抜けます。まず土太郎を力いっぱい蹴り離して、次に右手で蟇六を締め付けて身動きできなくしてから、船に戻ろうとしました。しかし船は離れた場所に流されているので、岸に上がって近くの小屋に蟇六を運び、介抱しました。
信乃「(どうも、わざと自分を溺れさせようとしたみたいだな… まったく、油断ができないことだ。でもこんな危険も明日までだな)」
信乃は、蟇六の最後の陰謀を乗り切ったと思いました。しかしこちらはフェイクです。本当のたくらみは、船に残った左母二郎に託されています。左母二郎は、このドサクサに紛れて、蟇六の刀と信乃の刀の刀身部分だけを入替えるという仕事をしていました。
左母二郎「ちょろいもんだな」
しかし、左母二郎は信乃の刀を抜いて驚愕します。刃は冷気を放ち、そこから水がボタボタとたれてきます。見ているだけで鳥肌が立ちます。
左母二郎「これは、ウワサに聞く源氏の宝刀、村雨に違いない。オレにはわかる。…蟇六め、これがてめえの刀だと? うそをつけ、むしろこいつを信乃から奪おうとしていたのだろう」
左母二郎「オレがこの刀を管領の扇谷さまに捧げれば、再び召し返されること疑いなしだ。…どうせ蟇六には刀の見分けなんかつかねえ。こうしてやるぜ」
こんなことを一瞬の間に考え、左母二郎は一世一代の早業で
○ 自分の刀の刀身を、蟇六の刀につけかえました。
○ 蟇六の刀の刀身を、信乃の刀につけかえました。
○ 信乃の刀(つまり村雨)の刀身を、自分の刀につけかえました。
(刀から刀身をはずすには、目釘っていう部品を引き抜けばいいだけですので、まあ、やろうと思えばやれるのです)
さいわい、どの刀もそれぞれのサヤにぴったり納まるようで、これなら簡単に疑われる心配はなさそうです。ついでに、左母二郎は、蟇六の刀のサヤには川の水を入れておきました。
左母二郎「刀から水が出るってことだけは知ってるだろうからな。あんなヤツ、これでごまかせるだろ」
そうしてからやっと、船を岸につけたのでした。
その夜は、こんなハプニングもありましたし、たいした魚が取れないままに解散となりました。信乃は、蟇六が二重のワナをしかけていたことには思いもよらず、つい、刀の中身を確かめることを怠ってしまいました…