26. 蟇六たちが浜路に結婚を承諾させる
■蟇六たちが浜路に結婚を承諾させる
さて、前の日に話しあったとおり、信乃は引き続き許我に向かい、額蔵は大塚の里に帰ることになりました。
額蔵「日が完全に昇るまでは、一緒に許我方向まで送りますよ」
信乃「いやいや自分こそ、日が完全に昇るまでは、一緒に大塚方向まで送るよ」
なかなかふたりとも名残惜しいのです。でもそうこうしているうちに完全に明るくなったので、結局はここでお別れです。
額蔵「それではいよいよお別れですが、私の知っていることをあとひとつだけ。許我の足利成氏さまの臣下に横堀在村という男がいますが、こいつが一番の実力者でキーパーソンですが、ちょっと性格にクセがあるらしいです。知っておくといいと思います」
信乃「ありがとう。なににせよ、まず刀だけは間違いなく献上して、その後どうなるかは成り行き次第だと思っているよ。ずるい奴がいっぱい取り巻いているような場所なら、別に成氏さまにこだわる理由はない。別の天地を求めて去るということもあると思う」
額蔵「わかりました。連絡してくださいね。じゃ!」
場面は浜路のいるところに移ります。信乃が出て行って以来、浜路はすっかり寝込んでやつれてしまいました。亀篠と蟇六は心配しています。わが子の健康が心配ということではなく、陣代の簸上宮六への嫁入りが遅れ気味になっていることがです。手下の軍木五倍二が毎日のように手紙をよこして、準備はまだかとせっつくのです。
蟇六「信乃と額蔵の件はほぼ片付いたも同然だが、浜路の病気のことだけが問題だ。軍木様は、こちらの準備が遅れていることにいかにも不機嫌な様子だ。今からちょっと軍木様の滞在する宿まで行って、現状を報告してくることにする」
そういうと蟇六は礼服に着替えて出てゆき、やがて夕方に帰ってきました。そこでどんな相談が行われたかというと…
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軍木「ふーん、事情はわかった。浜路どのの病気は、それほど重くはないのだろう。どうするのがよいか、ちょっと簸上様にメッセ送ってみる。待っておれ」
ぬるで
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浜路がちょっと風邪
気味らしいんですが
どうします?
待ちますか?
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ひかみ
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ウチに来てもらって
から治してもいいん
じゃない?
オレ看病しちゃう
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ぬるで
/ )
| ̄|/ └┐
| | :
|_|―、_ノ
イイネ!
ひかみ
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明日が吉日なので、
明日の夜に迎えに
いくよ!
嫁入り道具はいらな
いよ。体ひとつで
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軍木「そういうことだ。嫁入りは明日の夜な。いろいろ事情もあるので、あまり派手にはしない。こっそり迎えに来るから。嫁入り道具はいらないらしいから、お前にも得だろう。よろしくな」
軍木「これで失敗すると、まあお互い切腹はまぬかれないだろうな。心して準備しろよ」
蟇六「ははあっ」
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蟇六「…というわけだ。今から、意地でも浜路を説得するぞ。一応、作戦はある。失敗すれば破滅だからな」
亀篠「(…ごくり)」
こんな覚悟で、ふたりは浜路の部屋に向かいます。
亀篠「浜路ちゃん、元気ぃ? 欲しいものはないかしら? なんでも買ってあげるわよ。なんならお酒とか飲んでみる? オホホ。それにしてもずいぶん顔色がよくなったわねえ、もう病気なんか治っちゃってるかもよ?」
浜路「…」
亀篠「実は私は分かっちゃってるのよ、あなたが落ち込んでるのは信乃のことでしょ? 悪いことは言わないわ、忘れちゃいなさいよあんな男。あなたには黙ってたけどね、実は信乃はここから逃げたのよ。その前の日に、お父さん(蟇六)を川に突き落として殺そうとしたの。それがうまくいかなくて、ヤケになって逃げちゃったのよね。ホント、養子として育てたのに、恩をあだで返すってのはあれのことよね」
浜路「…」
亀篠「だから、あんなやつに操を立てる必要はないの。婚約のことなんて忘れちゃいなさいよ。なんとね、別にお前を貰いたいっていってくれてる人がいるのよ。信乃なんかより百倍いい相手よ。超エリートなの」
浜路「!」
亀篠「だれだと思う? この前屋敷に来てくれた、陣代の簸上宮六さまよ! こんないい相手は二度とないわよ。たいへんな親孝行。ぜひ承知すべきだわ」
浜路「…い、いやです」
浜路は勇気を振り絞ります。
浜路「信乃さまがどんな方かは、私がよく知っています。お母さまたちは信乃さまが嫌いでウソを言っているのでしょう。私たちの婚約は、村の人たちの前でお父さまが宣言したことです。私たちは、共寝こそしていなくても、みなが認めた夫婦なのです。わたしは、信乃さまが自ら私に離縁状を渡すのでない限り、今回のような話には絶対に従いません」
亀篠「うっ」
そこに、蟇六も現れました。
蟇六「それ以上いうな浜路、私が悪かった!」
浜路「お父さま」
蟇六「お前の言うとおりだ。お前の気持ちも考えず、いっときの欲に駆られて今回の縁談を受けた私がバカだった。信乃がマトモな男でさえあったらこんな気の迷いもなく済んだろう、だが今はそんなことはいうまい、とにかく私が間違っていたのだ」
亀篠「おお、あなた」
蟇六「だがこれだけは分かってくれ浜路。陣代みずからが望んできたこの縁談、断ればどんな目にあったかわからん。長いものには巻かれろという。信乃という婚約者もすでにおらず、私には断る言い訳がなかったのだ」
蟇六「ともあれ、この縁談は断ることにするが、いったんは受けてしまったことだ、まず責めは免れない。ことによると一族全滅になるだろう。私はそれをわが身ひとつに受け、たった今切腹することにする」
浜路「なんですって、そんなことやめてください」
蟇六「止めるでない。いまやこれしか方法はないのだ。皆のもの、さらばだ(諸肌を脱いで刀を構える。おなかチクッ、チクッ)」
亀篠「あなた、やめて! 浜路、お前はこれでいいのかい? 何か言うことはないのかい?」
浜路「やめて! やめてください、お願いです! 私は結婚しますから、やめてください」
蟇六「(チラッ)…本当に?」
浜路「はい」
蟇六「あとでやっぱりイヤとか言わない?」
浜路「言いません(うつむく)」
蟇六と亀篠は顔を見合わせてニンマリしました。
蟇六「わかってくれればよい。では、よろしくな(スタスタ)」
そんな感じに浜路は結婚を承諾させられてしまい、やがて翌日の朝になりました。屋敷の中の雰囲気が、妙にあわただしいことに浜路は気づきました。
浜路「何があるのかしら、まるで偉い方でもいらっしゃるように… あっ、わかった。今日、迎えにくるんだ! お母さんたちはギリギリまで黙っていたんだ。私をだまし討ち同然に嫁にやるんだ」
浜路は、そのとき、死ぬ覚悟をしました。
浜路「これ以上耐えられない。死のう。迎えが来る前に自殺しよう」
そして、平静を装って、鏡台の前で髪を上げ始めました。その姿をこっそり覗き見た亀篠は、「なんだ、けっこうノリノリじゃない。案ずるより生むがやすしね」と勝手に一人合点して安心しました。