27. 左母二郎、浜路をさらう
■左母二郎、浜路をさらう
網乾左母二郎(以後、めんどいのでサモジロー)は、蟇六と一緒に信乃の刀をすりかえる作戦に協力したあの晩以来、風邪で寝込んでいました。そろそろよくなってきたかな、というころ、家の外を背介が大根を抱えてあわただしく走っているのを見かけました。
サモジロー「やあ背介どの、ずいぶん忙しそうですな。蟇六さんのところは何をそんなにあわてていらっしゃる」
背介「いや、私も今日いきなり知らされたんですが、急に今晩婿入りがあるとかで。やることが多すぎて目が回りますよ」
サモジロー「えっ、それは浜路どのと信乃の結婚ということか。信乃は旅に出たと聞いたが」
背介「違いますよ、浜路さまと、陣代の簸上宮六さまだそうで。いつの間にか、結納の品も受け取られていたようなのです。何が何やら。信乃さまが実にかわいそうですよねえ。ともあれ、サモジロー様も、晩になったらいらっしゃいませ」
サモジローは背介を見送り、そして心を落ち着かせるために、湯呑みに入った水を一口飲みました。しかし、湯呑みの中身は、怒りで煮え返るような気がします。
サモジロー「亀篠さまの約束は何だったのか。オレに浜路をくれるのではなかったのか。信乃と結婚するならまだしも、なんで陣代なんかと?」
サモジロー「たぶん、これは前から決まっていたことだ。つまり、信乃の刀を奪うためだけに、オレは利用されたのだろう。…許せねえ」
サモジローは蟇六夫婦への復讐方法を考えました。
(1) 婿入りの現場に乱入して、蟇六たちの悪事を暴露してやるか
→これはボツ。村雨をオレが持っていることがバレたら逮捕される
→大体、訴訟沙汰になったら、裁くのは陣代じゃねえか。オレが不利だ
(2) 婿入りの現場に乱入して、関係者をミナゴロシにするか
→オレそんなに強くなかった。多勢に無勢、間違いなく死ぬな。ボツ
(3) 浜路をさらって逃げてやるか
→この案はいいな…
サモジロー「よし、(3)だ。今夜浜路をさらってやる。信乃もいないことだし、ことによると、イヤな結婚をせずにすんだことで、浜路はオレになびいてくれるかも知れん。もしそうじゃなければ…それならそれで、売り飛ばしてやる」
サモジロー「村雨がオレの手にあるのも好都合だ。こいつを持って…そうだな、室町将軍に直接献上して身を立てようか。扇谷さまに献上しようと思っていたが、ここから近すぎる。あとで訴えられても面倒だ」
サモジロー「よし、暗くなるまでに準備しよう…」
そして、夕闇も深くなってきたころ。
浜路はこっそり自殺の場所を探していました。すすんで髪上げをしている姿を亀篠が見て、その気になっていると勘違いしていたので、安心して目を離していたのです。実際には、死ぬときに見苦しくないように髪を上げたのでしたが。
準備のために大わらわな人たちを避けてウロウロしていましたが、やがて、納屋の裏庭あたりが、真っ暗だしちょうどいい感じだと思えました。松の枝に、準備した帯をドッコイショとひっかけて、いよいよ決行です。信乃さまゴメンナサイ、先に逝っております。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…
この現場を偶然、浜路の部屋への侵入経路を探していたサモジローが見つけました。思わず後ろから抱きとめます。
サモジロー「声を立てないでくだされ、サモジローでござる。わたしへの操を守って死のうとしたのですな。もう安心でござる、一緒に逃げましょう」
浜路「な… どうしてアンタなんかに。勘違いして、バカじゃないの! 黙って死なせてよ!」
サモジロー「(冷笑して)…じゃあ思いの相手は信乃なのですな。それならなお、死なせてはやれん。イヤでも連れて行く」
浜路は悲鳴を上げて助けを呼ぼうとしましたが、しかし呼んだところでどうなるのか。そうだ、逃げる場所はもうないのだ。進退きわまって、浜路は声を殺してボロボロ泣きました。サモジローは浜路にすばやく猿ぐつわを噛ませました。そして、彼女を腕に抱えたまま、浜路がひっかけた帯を手がかりに松の木に登るとそこから垣根の外に飛び降り、家の外に走り去りました…
浜路がいなくなったことに最初に気づいたのは亀篠です。そろそろ衣装を着替えさせる時間だ、ということで部屋に入ったのですが、部屋の中はもちろん、その近くにも、トイレにも浴室にもいません。蟇六と一緒に血眼になって屋敷内を探すと、納屋の裏庭から垣根を越えて逃げた足跡をみつけました。
蟇六と亀篠の顔面から、血の気がすっかり消えました。
蟇六「だれの手引だ。信乃か? いや、それは難しいはず。…怪しいのはサモジローだ。だれかサモジローの家に行って確かめてこい! すぐにだ!」
手下のひとりがダッシュで飛び出し、やがて息をきらして帰ってきました。サモジローの家はもぬけのからとのこと。これで犯人は確定です。
亀篠は頭を抱えています。「油断したわ…」
蟇六「まだ遠くには行っていないはずだ、追え! 見つけた奴にはたっぷり褒美をやる! 明かりはつけるなよ、相手に感づかれるからな。なんとしても、陣代が来るまでに浜路を連れて帰れ。さもないと、何もかもおしまいだ…」
そこにフラリと、土太郎が小遣いをせびりに来ました。前に、信乃を川で殺す作戦(失敗)に使ったヤツです。土太郎は今回の騒ぎを蟇六から聞くと、ちょっと心当たりがあるようでした。
土太郎「さっき、近くで、カゴに誰かが乗るのを見かけたんでさ。ずいぶん揉めているようだった。オレはあれが怪しいと思うね。よし、追いかけて捕まえてやるよ」
蟇六「よろしくたのむ。相手は一応武士のはしくれだ。刀を貸そう。持っていけ…」
ところで、話はちょっと変わって、寂寞道人肩柳と名乗るいかついオッサンのことを説明しなくてはいけません。このオッサンが焼け死んだ場所が、サモジローたちがこれから行く円塚山という場所だからです。
このオッサンは、どこの出身かもわからない怪しいやつなのですが、占いをすればよく当たる、祈祷には効き目があるというので、最近になって急に人々の尊敬を集めだした人です。全国の霊山を渡り歩いて、不死の術を身につけたというウワサもありました。見た目はそこそこ若いのに、百年前のことを聞いてもよく知っているからです。
オッサンの左の肩にはコブがあります。人がこれのことを聞くと、「ここには仏サマが宿っているのよ、ガハハ」とうそぶいたりしていました。
さて、この寂寞道人、きたる何月何日に、この世の無常を説き示すために、みなの前で火定に入ると宣言しました。見た目だけなら、つまり焼身自殺です。その際、お金を喜捨すればするほど自分たちも極楽成仏に近づけるぞ、と宣伝しました。そしてその日に人がたくさん集まると、念仏を長々と唱えた後、業火の中に本当に身を投げて、骨も残さず灰になりました。
みんな感動して、お金がジャンジャン喜捨箱に投げ入れられました。
そんなショーが終わって人々がちりぢりに帰ったころ、この場所にサモジローを乗せたカゴが通りかかりました。近くではまだ火がくすぶっています。
カゴ屋「ダンナ、ここは中継所ですんで、我々はここまでです、降りてください」
サモジロー「こんな中継所があるもんか。担ぐのがイヤになったんなら、もういいよ。カネをやるからどこにでも行っちまえよ」
カゴ屋「これっぽっちじゃ足りませんなあ」
サモジロー「なんだと」
カゴ屋「そのお連れ、さっきは狂女だとかいってたけど、本当はさらってきたんだろう。お前だけいい目に会おうとはずるいじゃねえか。女も有り金もみんないただくぜ。最近人気上昇中の追い剥ぎコンビ、加太郎と井太郎の目にとまったのが運のつきよ」
サモジロー「ヤブ蚊どもめ!」
サモジローが先に刀を抜きました。出し抜けの一撃で、加太郎がまず肩を斬られてのけぞりました。次に、井太郎が繰り出す攻撃をかわして二三合。ここで加太郎も体勢を立て直します。
さすがにサモジローの刀の扱いは慣れています。さらに得物は宝刀村雨で、ステータス補正も入りますから強力です。加太郎は、ひるんで逃げようとするところを後ろ袈裟に切られて倒れました。さらにサモジローは、井太郎の攻撃をかわすと足払いで倒し、首を斬り落としました。
土太郎はこの場面に追いついて、後ろからサモジローに切りかかりましたがよけられました。
サモジロー「なんだ、もう一人いるのか」
土太郎「我らは、無法者で知られた豊嶋の三太郎。そのうちの二人を倒したな。カタキを討ってやる。女を返せ」
ふたりの剣の腕前は互角です。サモジローのほうが疲れている分、村雨を持っていても若干不利なようです。サモジローは逃げるフリをしました。そして、追う土太郎の顔面に、石を投げつけます。これで倒れたところを、胸を地面に刀で縫い付け、ついにトドメをさしました。
サモジロー「フー… この刀の使い心地はすばらしい。そして全く血がついていない。まさしく本物の村雨だ。オレの運も開けてきたぞ」
サモジローは恐怖に震える浜路を、かごから助け出しました。
サモジロー「ほら、お前のために三人殺したぞ。もう一蓮托生だ。オレについてこいよ」
サモジロー「聞かせてやろう、これが宝刀村雨だ。蟇六に頼まれて、はじめは信乃のと蟇六のとをすりかえる予定だったのよ。刀を『取り返したい』といわれて協力したのだ。そうすればお前を妻にくれるといわれたからな。他でもない、俺はお前のためにやったのだ」
サモジロー「しかし、この刀のことを知れば、信乃から『奪おうとしていた』ことは明らか。だからオレは蟇六をだまして刀をいったん自分のものにし、様子を見ていたのだ」
サモジロー「すると、お前をオレでなく、陣代の嫁にやるというではないか。オレはだまされていた。だからお前をさらうことで復讐をしてやったのだ」
サモジロー「お前をさらったのは、オレを想っていてくれるのかを確かめるためでもある。この刀があれば、これから楽にくらせるぞ。お前がやさしい返事をしてくれれば、これから幸せな日々が待っているのだ。どうだ、俺と一緒に来てくれるか…(背中ナデナデ)」