28. 浜路の兄が名乗り出る
■浜路の兄が名乗り出る
浜路はサモジローの語る今までの事情を涙を流しながら聞いていました。なによりつらいのは、宝刀村雨がここにあるということです。つまり信乃が持っているのはニセモノということであり、このままでは彼がこれからピンチに陥ることは確実です。
浜路「信乃様ともあろう人が、みすみす大事な刀をすりかえられたなどとは信じられません。本当にそれは本物なのですか」
サモジロー「疑うのはもっともだな。確かに信乃は一筋縄ではいかなかったぜ。しかし、ほら、なんなら手にとって見てみろ。これは本物の村雨だ」
浜路「…」
浜路は刀を受け取るやいなや、意外な瞬発力でサモジローに突きを発しました。「オットのカタキ!」
サモジローが驚いて飛びのいても、さらに続いて切っ先を繰り出します。決死の攻撃ですので、なかなかあなどれません。サモジローはつい脇差を抜いてこれに応戦し、胸の下あたりを切り裂きました。さすがに浜路はあっと叫んで刀を落とします。それを踏みつけ、髪をつかんで
サモジロー「このアマ、やさしくしてりゃあつけあがりやがって! 思わず傷をつけちまった、もう売り飛ばすこともできねえな… ここまで来ても信乃ひと筋なのかよ、腹が立つ。トドメはさしてやらねえ。散々苦しんでから死ねよ」
浜路「無念… 約束した夫ともついに添うことはできず、練馬の家族にも会うことができなかった。大塚の養い親には今日までつらい目にあわされ、私の人生にはなにもいいことがなかったわ。これは前世のむくいなのかしら。私が死んだら水鳥に生まれ変わって、信乃さまに危機を知らせに行きたい…」
サモジロー「へっ、その傷で、長々とよくしゃべることだ。がんばったご褒美に、やっぱり今楽にしてやるよ。なんならこの村雨で殺してやろうか。大好きな信乃の刀だ」
浜路「本望だわ。そして、あなたもじきに同じ目にあうのよ」
サモジロー「死ねよ」
そのとき、消え残る火の中から手裏剣がとびだして、サモジローの左の胸の下に刺さり、それは背中まで貫きました。サモジローはあっと叫んで、のけぞり倒れます。
火の中からのっそり現れたのは、他ならぬ、寂寞道人です。さっきとは服装が違い、朱塗りの大刀をさげ、ゴテゴテとした防具を着込んだ、いよいよカブキなオッサンです。とはいえ、本当にオッサンかと思いきや、良く見れば20歳ほどの男です。善人か悪人かはちょっと見分けがつきません。
致命傷を負ってなお、最後の力を振り絞ってヨロヨロ立ったサモジローをビンタで張り倒し、刀を奪ってこれに見惚れました。
オッサン「これが村雨か… うわさに違わぬ、すごい刀だな。これが俺の手に入ったからには、復讐をとげる日も近づいたわ。それはそうと、おい、女、しっかりしろ」
寂寞道人は浜路に気付け薬を含ませました。浜路はすこし意識がはっきりしましたが、派手派手なごついオッサンに抱きとめられていることに気づくと、嫌がって身をよじってもがきました。
オッサン「おい、落ち着け。話をききなさい。この薬でも、長くはもたないのだ。俺はお前の兄だ。犬山道松忠与というのだ」
浜路「なんですって」
道松「まあ、今は、なんちゃら道人という適当な名前で、各地を渡り歩きながら、金を集めるための見世物をやっているのだがな。我が家に伝わる火遁の術の秘法を、こんなふうに民をだます目的で使うのは情けないところだが…」
道松「俺は、さきの戦で管領扇谷に滅ぼされた練馬の一族の生き残りだ。重臣だった父貞与もまた、この戦いで死んだ。カタキは、扇谷本人と、父を殺した竈門三宝平だ。俺はなんとしてもこいつらを殺す。そのためにどうしても軍資金を集める必要があるのだ。もっとも、こんな自殺ショーは今日でやめるつもりだ。本当だぞ」
道松「お前たちの会話は、たまたま聞こえた。しかし、練馬から養女にもらわれて、大塚の里で育ったと聞いたときは驚いた。父から聞いたところでは俺には腹違いの妹がいたらしいのだが、お前が言うことが、そいつのプロフィールそのままだったからだ。これが本当なら、お前の本当の名前は正月だ」
浜路「…では、あなたは本当に私のお兄様?」
道松「そうとも。お前が養女に出された理由を教えてやろう。ただし、すこしつらいぞ。父にはふたりの妾がいた。男を先に生んだほうを正妻にするという約束をしたのだが、これに勝ったのは、俺の母、阿是非のほうだ。お前の母だった黒白は、お前を生んだが男子には恵まれなかった」
道松「黒白はこれを妬み、阿是非に毒を盛り、俺を絞め殺した。母は死んだが、俺だけは幸運にも後に息を吹き返した。もっとも、死にかけたときに、肩にあったコブの上に、牡丹のような形のアザがついたようだがな」
道松「黒白はその犯行がばれて、斬首になった。そしてお前は、養女という形で家から追放されたのだ」
道松「俺とお前の母どうしは敵だった。しかし俺達が敵になる理由はない。さきに聞いた話によれば、お前は夫への操を守って戦う、実に立派な女だ。助けに入るのがもうすこし早ければと、残念でならない。こんなところで死ななくてはならないのは黒白の罪の報いなのかもしれないが、来世ではきっと幸せになることだろう。どうか安らかに逝くがよい」
浜路は、絶え絶えな意識で、この話にずっと聞き入っています。
実は、この話を隠れて聞いているものがあと一人います。額蔵です。信乃と別れた帰り道に、偶然ここを通りがかったのです。