32. 相撲バカのプロフィール
■相撲バカのプロフィール
死んだと思っていた犬飼見八がよみがえり、信乃と文五兵衛は驚きました。
文五兵衛「もうダメかと思っていたんですぞ。よかった。体は大丈夫ですか」
見八「いやあ、ちょっと前に気がついていたんだけど、犬塚どのの話の腰を折りたくなかったので、そのまま聞かせてもらっていたんだ。かなりの高さから落ちたはずだから、自分でもよく無事でいるなって思うよ」
見八「俺の実のオヤジの話まで出てきたから、ほんとうに驚いた。さらに聞いていたら、俺を殺した詫びに今から自殺するっていうんで、さすがに止めたんだよ。犬塚どの、あんたはいいヤツだ。さっきの戦いで取り返しのつかないことにならなくて、本当によかった。俺は生きてるから、もちろん自殺なんてやめてくれるよな」
信乃「ああもちろんだ。さっき話した自分のことは、どのくらい聞いていた?」
見八「あんたのことは大体聞いたと思う。俺のことは文五兵衛さんがある程度話してくれたようだが、あらためて自己紹介させてもらいたい」
見八「俺は犬飼見八、俺の育ての親は、犬飼見兵衛とその妻だ。小さいときに、俺がもらい子なことを隠さず教えてくれて、俺が安房の糠助の子で玄吉という名前だったことを知った。俺は育ての親に恩を返すため、また、貧しかった実の親の無念さを晴らすため、学問と武芸にガムシャラに励んだもんだ」
見八「俺が子供のころから、オヤジの見兵衛は、仕事の見習いとして俺を従者に使ってくれた。それで、オヤジが去年死んだときに(つらかったなあ)、後継ぎとして許我の成氏さまに引き続き使ってもらえることになったんだ。しかし、そこで任命された仕事は、獄舎長だった」
見八「そこで悩んだんだよ。成氏さまの重臣、横堀在村は、実力者なんだけど心がねじけているっていうか… それで、罪もなく投獄される人がいっぱいいるんだ。俺はそんな人たちの拷問をしたり、死刑を執行したりするのがどうしてもイヤで、いっそ辞職してしまうことにしたんだ。旅をして、実の親にも会ってみたかったしな」
見八「それで、横堀さまに辞表を提出したら、むちゃくちゃ怒ってさ。お上をないがしろにする罪だといって、俺を投獄したんだよ」
見八「100日くらい牢屋に入っていたかな。そしたらあるとき突然、曲者を捕らえれば罪を許して辞職もさせてやる、って言われてさ。その曲者ってのが、犬塚どの、あんたのことな。それからのことは、お互い知っているとおりだ」
信乃「よくわかった。糠助さんも、自分の子がこんなに立派になったと知ればさぞや喜んだろう。さっきも言ったが、彼は去年の○月○日明け方に、武蔵の大塚で亡くなったよ。奥さんが亡くなった1年後くらいだったか。ボクトツとした、心のやさしい方だった」
信乃「あなたが安房で生まれたとき、鯛の中から玉が出てきたという話は、たぶんお守り袋の中のメモに書いてあったから知っていると思うんだけど。それは今でも持っているかい」
見八は、ああこれのことか、と、手のひらに「玉」をのせて信乃に見せました。
見八「オヤジ(見兵衛)は、この玉に浮かんでいる「信」って文字と自分の名前(隆道)をあわせて、俺の名前を犬飼見八信道とつけてくれたんだ」
信乃は、見八の「信」の玉をつくづく眺めるとこれを返し、自分の守り袋から「孝」の玉を見せました。また、腕をまくると、牡丹型のアザも見せました。
信乃「自分があなたを探していた理由は、糠助さんのためだけじゃない。あなたがこの『玉』と『あざ』を持っていると聞いたからでもあるんだ。まだよく分からないんだが、自分たちには兄弟のような深い縁があるようなのだ。友人に犬川荘助という男がいるのだが、彼も玉とアザを持っている。彼の玉は『義』だ」
見八は「なんと不思議なことだ」と驚嘆しました。そして、直感的に、自分は信乃たちとまさに兄弟であり、生死をともにする運命を担っているのだと感じました。
文五兵衛は、今までこの二人の会話を横から聞いていましたが、
文五兵衛「玉とアザだって? それなら、私の息子の小文吾にもあるんだが…」
信乃・見八「なんだって!?」
文五兵衛「小文吾が赤子のとき、食い初めの行事をしたんだが、そのときなぜか、山盛にしたメシの中から玉が出てきてな。『悌』という字が中に浮かんでいた」
信乃・見八「で、アザもあるの?」
文五兵衛「あいつは小さいころから相撲をとるのが異常に好きでな。8歳のとき、15歳の相手を投げ飛ばしたことがあった。ただし、そのとき石の上に尻もちをついて、牡丹のような形のアザが今でも尻にあるんじゃよ。見八どのは彼の幼馴染だが、このことは多分知らなかっただろう」
信乃「それが本当なら、いきなり『玉』の持ち主が4人に増えてしまった。すごいことになってきたぞ。(※信乃はまだ、5人目の犬山道節のことは知りません。)もっとその小文吾さんのことを聞かせてください。きっと、相撲以外にもすごいところがあるんでしょう」
文五兵衛「どうだろう、あいつは基本的にただの相撲バカですぞ。ただし、本気になったらどれくらい強いのか、実はワシにも想像がつかんが」
文五兵衛「ワシは実は、安房の国の神余光弘に仕えていた、那古七郎の弟なんです。そのときはまだ18歳で、病弱でもあったので、実際に主君に仕えたわけではないですが。息子の小文吾が自然に武芸(主に相撲)に熱中するようになったのは、そういう血筋の関係ですかな」
文五兵衛「モガリの犬太という凶暴な不良がちょっと前にここらにおりましてな。小文吾はそいつをやっつけたことがあった」
文五兵衛「犬太は、道をふさいで、『ここを通りたければ、ケンカして俺に勝つか、金を出すかどちらかだ』という嫌がらせをして皆を困らせた。小文吾はそいつに平然と戦いをいどみ、キックとパンチだけで軽く殺してしまったのだ。それ以来、あいつの通称は『犬太殺しの小文吾』、のちに『犬田小文吾』になった」
信乃・見八「すげえな」
文五兵衛「わしは小文吾に説教して、もうケンカをしないと約束させたから、あれ以来ケンカらしいケンカはしておらん。ここは奴の良いところだな」
文五兵衛「しかし、そういえば、ちょっと前にもうひとつあったなあ。ある山伏の兄弟がいたんじゃが、そいつらが、親の遺産を巡ってひどく争ったことがあった。裁判をしても決め切れん。それで、それぞれが強い力士をゲットしてきて、賭け相撲で決着をつけようとしたんじゃ」
ポケモンバトルのノリですね。
文五兵衛「片方がスカウトしたのは、小文吾じゃ。もう片方は、山林房八郎(ふさはち)という男をスカウトした。実は房八は、ワシの娘婿にあたる。小文吾の妹が沼藺で、その夫が房八じゃ。あいつも相当に強い」
念玉(山伏)「いけっ、コブンゴ!」
感得(山伏)「いけっ、フサハチ!」
文五兵衛「あの相撲は、伝説に残る名試合じゃった。観客は総立ちで、歓声が止まなんだ。まあ、勝ったのは小文吾のほうじゃ。あれ以来房八は、義理の兄弟である小文吾をひどく憎むようになってしまった。だから、たとえこんな形でも、人と争うのはやめるべきだったのに。ワシはそういったのに」
信乃「(なんだかんだ言って、息子が強いのがうれしそうだな)」
文五兵衛「犬塚どのを最初見たとき、誰かに似ているなと思ったんじゃが、そういえば房八はちょっとあなたに似た顔の男じゃ。まあそこはどうでもいいんじゃが」
文五兵衛「おっ、すまん、お二人とも疲れているだろうに、ついワシの話でエキサイトしてしまった。そろそろ暗くなってきたので、ワシの宿屋に案内しましょう」
そこに、一人の男が、水草を掻き分けてシルエットを現しました。
???「おまえら、許我から逃げている立場なのに、こんなところで放談するとは大した度胸だな。ここは千葉家の領地だが、ここが安全だとでも思っているのか?」