37. タイトルコール『里見八犬伝』
■タイトルコール『里見八犬伝』(別に最終回とかじゃないです)
房八「そ、そうか。俺と沼藺の血で、信乃を助けられるというのか。それはいい。早く取ってくれ。沼藺もまだ、体温は残っているだろう。血はとれる」
小文吾は、血を取る器を探しましたが、2リットル近くの液体が入れられそうな容器がちょっとすぐには見つかりません。
小文吾「早くしないと… おっ、このほら貝ならいけるか」
山伏の念玉が置き忘れていったほら貝は大きく、余裕で血が入りそうです。これを手にしながら、沼藺の傷あとを見るために少し引き起こしました。その瞬間から出血が激しくなりましたので、小文吾はそこにほら貝を押し当てながら、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えました。
沼藺「うっ」
小文吾「沼藺よ、意識がまだあるのか。おい、おい」
沼藺「…先ほどの話は、大体聞いていました。夫の真意がわかった今、死ぬことに迷いはありません。ただ、大八…」
房八「沼藺よ、ゆるせ。俺たちの血は、すぐれた男の命となって引き継がれるぞ。大八のことだけは、すまなかった。…さあアニキ、俺の止血も外して、血を取ってくれ」
そこに、玄関から妙真が泣きむせびながら駆け込んできました。今夜の房八の覚悟を知っていましたので、帰るフリだけして、宿の中を見守っていたのです。
妙真「こんな悲しいことがあろうか。子と嫁と孫、三人とも一度に失ってしまうなんて。たった一晩で私はひとりぼっちになった。私が余計なことをしなければ、沼藺と大八が死ぬことはなかったのに。許して、許して」
房八「オフクロ、嘆かないでくれ。これで親父の遺訓を果たすことができたんじゃねえか。先祖の名誉を取り戻すことができたんだよ。さあ小文吾、血を取れ」
小文吾は止血の布を外すと、ほら貝に血を受けはじめました。妙真も小文吾にあわせて阿弥陀仏の称名を一心に唱えました。
さて、これでほら貝の中には十分な量の血がたまりました。房八はもう声も出すのも大変ですが、アゴで「ほら早くいけ」と急かしましたので、小文吾はこれを両手に抱えて奥の小座敷に向かいました。
しかし、暗い中、何かにつまずいて転んでしまいました!
ドッバー
「あっ」
これを見ていた全員が息を呑みます。空気が凍り付きました。
「こぼした…」「血、取り直し?」
小文吾がつまづいた物体は、他ならぬ犬塚信乃でした。
信乃はさっきまでの騒ぎを聞いて、体は弱りはてていましたが、這うようにして近くまで様子を見に来ていたのでした。男女の血を絞って自分の薬にするということを聞いたので、そんなものを受けられない、人の命を奪ってまで自分の命を長らえたくはない、と断ろうとしていたところでした。
しかし問答無用に、信乃の全身には血の薬がぶっかけられました。信乃は「うおっ」と叫んで、気を失いました。
…
信乃の目が開きました。さっきまでの苦痛がウソのようです。体に元気がみなぎり、信乃はスックと起き上がりました。そして胸いっぱいに大きく息をつきました。
小文吾「治った…」
信乃「治った… 房八どの、沼藺どの、あなたたちが命を捧げてくれたおかげで、自分の病気が治りました。しかし、自分にはあなたたちを救うことができない。なんという運命だ。どうやって恩義に報いればいい。あなたも生きていれば大変な勇士として活躍しただろうに」
信乃は滂沱と涙を流します。(以下、わざわざ書きませんが、みんな基本的に泣いていると思ってください)
房八「…へへ、信乃どの、そのお言葉で十分だ。うまくいってよかったぜ。あとは俺のクビを取れ。これを新織に渡せば、全部計画どおりだ。小文吾、介錯をしてくれよ」
小文吾「うむ、しかし、一つだけ気がかりがあるので、それが済んでからだ。さっきからここに泊まっている念玉という男が、どうも気になっている。何も知らないようなら放っておけばいいが、万一敵のスパイなら、片付けてしまわなければいかん。信乃さん、なにか気づいたことはありませんか」
信乃「ああ、あの尺八の人か。そういえばさっきから音が止んでいる。そして、どうも誰かとヒソヒソ話しているような気配があったよ」
小文吾「やっぱりそうか。密告される前にやっつけてしまわないと、すべてが台無しだ」
そのとき、念玉のいる離れへ向かう障子の向こうから、声がしました。
???「まて、その疑いを解こう。我々は、安房の国主、里見義実朝臣の功臣なりし、金碗八郎孝吉の息子、金碗大輔孝則、またの名を丶大坊。そして、伏姫の従者、蜑岬十郎照武の長男、蜑岬十一郎照文である」
念玉は、丶大法師の変装した姿でした。同様に、感得は蜑岬照文の変装した姿だったのです。丶大はしずしずと上座にすわり、照文はその横に座りました。
みんな「ポカーン」
丶大「いや、まあ、いろいろと訳わからないよね。順番に話すから」
丶大「私は、わけあって、八つの玉を探す旅をしているのだ。日本全国を歩き回って二十年くらい探したんだけど、ひとつも見つからないので、いいかげん泣きそうな感じだった」
丶大「やっとつかんだ手がかりは、ここ行徳の地にいるという、尻に牡丹のアザのある、めちゃめちゃ強い相撲取りのウワサだった。牡丹の形のアザ、というのが、心当たりがあって引っかかった」
丶大「そこで、その小文吾という相撲取りの実力を見たくて、我々は二人の山伏に化け、賭け相撲のイベントを開いて目の前で確かめたのだ。小文吾くんの力は申し分がなかった。ついでながら、房八の力もバツグンだったぞ」
丶大「きっとこいつが『玉』ゆかりの勇士だと思った。あとは、人徳を確かめる必要があった。いくらパワーがあっても、アホではしょうがない。そこで、しばらくこの宿に滞在させてもらい、様子を見ていたのだ」
丶大「実は、私が留守にしていた昨日の晩も、たまたま気づいてお前たちの密談を勝手口から聞かせてもらった。そこでいきなり、玉の持ち主が四人も揃ったことを知ったのだ。話の内容からも、君たちの人徳は疑いなしだった。いやー、うれしかったぞ」
丶大「今回の皆のピンチに、何も手出しができなくて申し訳なかった。我々に手伝えそうなことは何もなく、ただ運命の成り行きを見守ることしかできなかったのだ。亡くなった三人のことは、本当に痛恨だよ。坊主として、かれらの冥福を祈らせてもらいたい」
信乃・小文吾「おっしゃるところ、なんとなくわかりました。しかし、まだ何か、夢を見ているような感じです。丶大様は、なぜ八つの玉を探しておいでなのです。なぜ、牡丹型のアザにこだわりがあるのです」
丶大「もちろん説明しよう。それは…」
丶大法師は、この「まとめてみる」の第14話目までくらいの話を、かいつまんで説明しました。(忘れた人は、読み直してね!)
丶大「伏姫の徳のパワーが、玉梓の呪いの力を逆転させて、八人のヒーローを生み、それを全国に散らばらせた。私はその者たちを探し出し、伏姫の父である、名君・里見義実の家臣として迎え入れることをライフワークと決めたのだ。犬の八房の八つのブチ模様がすべて牡丹の形だったこと、そして、この数珠から離れた八つの玉が手がかりだった。この数珠を見よ」
丶大は懐から、108個のうち8個の玉が欠けた数珠を取り出して見せました。皆の驚きがいっそう高まります。
丶大「玉の持ち主は、すべて『犬』を名前の一部に持っているようではないか。犬塚、犬川、犬飼、犬田… これは運命のなせるわざで、偶然ではない。また、玉とアザも共通点として備えている」
丶大「お前たちは、いわばすべて、伏姫の霊的な息子、里見義実の孫なのだ。私はお前たちを『犬士』と呼びたい。八つの徳を備えた、里見の八犬士が全員集う日は、きっと近いぞ」
里見の八犬士!
その場の全員は、感激に震えあがりました。
房八は、息も絶え絶えですが、まだ辛うじて意識があります。
房八「いいねえ… 里見の八犬士か。俺も仲間に入れたらよかったなァ」
丶大「房八よ、私の父は、杣木朴平の武芸の師であった。朴平が誤ってなしたことは確かに許されるものではないが、もとは佞臣山下を討つための忠臣の心からであった。今回のおぬしの行いに免じ、私の父に代わって、朴平の罪を許す。安心して成仏せよ」
房八「ありがとよ… これであの世の親父とじいさんに合わせる顔ができたってもんだ」
丶大「それにしても、この大八君が死んだことは残念だったな… まだ血色もよく、まるでまだ生きているようじゃないか」
丶大が大八のなきがらを抱き上げ、左手の脈を診ようとすると…
大八がにわかによみがえり、大声で泣き始めました!
また、生まれてから一度も開いたことのない左手を、ぱっと開きました。
そこから転がり出たものは、あの「玉」です。信乃たちが持っているのと同じで、中には「仁」の文字が浮かんでいます。
それだけではありません。房八が蹴った大八のわき腹には、牡丹の形のアザが浮き出ました。
日照りに雨が降ったように、皆がよろこびにわき立ちました。中でも一番感激したのは妙真です。「房八! 沼藺! 大八が生き返ったわよ! 見なさい、ほら!」
房八「…おう、でかしたぞ大八… …玉と、アザ… …俺の息子が、犬士だったのか… …上出来だ。沼藺、お前はいい子を産んだぞ…」
沼藺は、にっこり笑い、そしてこと切れました。
丶大は、今さらながら、房八の字をひっくり返すと「八房」となり、沼藺をひっくり返すと「いぬ」であることに気づきました。彼らもまた、八犬士の誕生にかかわる運命を持っていたのです。