46. 荘助 vs. 道節(ラウンド2)
■荘助 vs. 道節(ラウンド2)
信乃、荘助、現八、小文吾の四人は、さきに犬山道節が起こした騒ぎに巻き込まれて危機に陥りましたが、鉄壁のような敵の包囲を、それぞれがなんとか破って落ちのびました。
荘助は、つい先日命を助けられた恩を返すため、しんがりをつとめて最後まで敵と戦いました。そのため皆とはぐれ、月夜の中、これからどうしたものかと迷いました。
荘助「まあ、荒芽山を目指すべきなんだろうな。もともとそこに行く予定だったのだから。そこで待っていれば合流できるだろう」
とはいえ、どっちに行けば荒芽山なのか知りませんから、さしあたって当てずっぽうに走りました。非常に疲れています。進んだ先は茫々たる野原で、どこか休ませてくれそうな家もなさそうです。
荘助「水だけでも飲ませてくれるところがあるといいんだけど… あっ、あれは」
目の前に光がチラつきました。人家かと思ったのですが、近づいてみると、壊れかけたお堂の中に地蔵が一体まつってあり、外には石塔が数本立っているだけでした。地蔵には、モチと桃が供えてあります。
荘助「おお、餓鬼道の衆生を救うお地蔵さま、腹ペコの私を憐れみたまえ。そのお供え、荘助が食べちゃうのを許したまえ!」
荘助はそれらをガツガツ食べると、やっと人心地がついて、堂の内側の壁にもたれて、そのままウトウトしかけました。
少し時間がたったでしょうか。荘助は、堂の外に誰かの足音を聞いて目が覚めました。誰でしょう。明かりも持たずに、こんな夜更けにウロウロする人といえば…
荘助「追いはぎとか、泥棒かな」
その泥棒(仮)は、肩にかけていた二包みのフロシキを石塔の前におろして供えると、うやうやしく頭をついて礼をし、ブツブツと祈りのようなものを唱え始めました。
荘助「追いはぎなのに、なにやら自分勝手な幸せを邪神に祈っている気配。図々しいな。懲らしめてやろうか。しかしその前に、まず死ぬほど怖がらせてやろう…」
荘助は、こっそり泥棒(仮)の祈っている石塔の向こう側に忍び入ると、そこから手を伸ばして、フロシキ包みを奪おうとしました。
荘助が泥棒と思い込んでいたこの男は、実は犬山道節です。さっき討ち取った主君のカタキと父のカタキの首級をそれぞれ石塔に供え、主君と父の霊に報告していたところだったのです。そこに、謎の曲者が手を伸ばしてきて、大事な首級を奪おうとしたのです。
道節「なんだっ」
道節は荘助の手をつかみました。相手は驚いて手を引こうとしますが、道節は離しません。そのうちどちらも全力を込めて相手を引き倒しにかかりますが、まるで巨木が根を張っているようにビクとも動きません。完全に互角なのです。
双方「フンガー」
二人を隔てていた石塔が、グラリとゆれて倒れました。これで、両方とも存分に相撲がとれる状態になりました。ふたりは取っ組み合います。道節が帯をつかんで内股から荘助を倒そうとすると、荘助はすかさず腰をひねってこれを外すなど、互いに奥義をつくして戦うのですが、なお決着はつきません。こんなところで、観客もなしに繰り広げるにはあまりに惜しい、とんでもない相撲です。
双方「フンガーッ!」
いや、実は観客がひとりいました。この男はさっきから道節をつけていたのですが、こんな騒動が始まってしまい、ハラハラしています。ついにたまりかねて、この男は、二人の戦いをやめさせようと、その場に飛び込んで、杖を突き入れてふたりを離そうとしました。
双方「フガッ!?」
荘助と道節が一瞬ひるみました。この隙に、男はふたりの間に割って入ろうとします。しかしそれほど力が強いわけではないので、なんなく荘助たちに突きのけられてしまいました。
この男は、たまたま、道節とおなじようにふたつのフロシキ包みを持っていました。あわてて落としかけたこのフロシキ包みを拾いなおしたのですが、ここで拾ったフロシキ包みは、道節が持ってきたほうの包みでした。
道節も、自分の荷物と思い込んでこの男の荷物を手にひっつかみます。
荘助は、勝負がつかないのに苛立ち、ついに刀を抜きました。目をこらして相手の場所を探すと、そこをめがけて刀を振り下ろしました。刀は道節でなく近くの石塔にあたりましたので、角が削り取られて、パッと火花があがりました。
道節にとっては、この火花は、火遁の術を使うのに十分でした。火花が消えると同時に、道節の姿もすっかり見当たらなくなってしまいました。
謎の「男」のほうは、道節がどこに逃げていくのかを知っているかのように、パタパタ走り出しました。荘助は、この足音が「さっき戦った泥棒(仮)」のものだと思い込み、これを追いました。そうして荘助は走り… 夜は更けましたが、いつのまにか自分は荒芽山のふもとに着いているらしいことに気づきました。
時間を少しだけさかのぼりますが、荒芽山の里に住む、音音という女の話に移ります。年齢は50歳を少し過ぎたくらいで、内職仕事で細々と生計をたてており、近所づきあいもほとんどありません。ふたりの息子がいるのですが、豊嶋と練馬が滅ぶことになったさきの戦以来、全く消息は不明です。息子たちの嫁、曳手と単節のふたりが同居しており、彼女たちの気立てがよいのが音音にとっての慰めです。
音音「のう単節。曳手がなかなか帰ってこないねえ。今回の雑役の仕事は大変なのかしらね」
単節「もうすぐ帰ってくるとは思いますが、もうすっかり暗いし、心配ですね。私が迎えにいってきましょうか」
音音「いいや、待ちましょう。豊嶋と練馬が滅んで管領の支配になって以来、女まで雑役に駆り出される規則ができて、本当に住みにくくなったわね…」
単節「…そうですね…」
音音は、かつて犬山家の侍女として仕えていました。しかし、姥雪世四郎という若いサムライと過ちで深い仲になってしまい、尺八と力二郎の双子をを生みました。
二人はこれによって死刑になる定めでしたが、主人の犬山道策に待望の男子ができたタイミングだったので、恩赦で刑を免除されました。姥雪は勘当として家を追放、音音は実の子を別に預け、道策の子の乳母になることで決着しました。ところで、この子とは他ならぬ犬山道節です。つまり音音は道節の乳母というわけです。
あるとき、道節と彼を生んだ阿是非が、別の側女に殺害される事件が起こりました。音音は夜通し水垢離をして道節の無事を祈願し、(そのせいか)一旦死んだと思われた道節が生き返りました。
道策はそのことで音音に感謝し、音音の実の子である尺八と力二郎を、道節の勉強・武芸の相手として取り立ててくれたり、成人したあとは豊嶋の家から嫁をあてがってくれたりしました。その嫁というのが、曳手と単節です。
二組の結婚式があったその翌日、例の戦乱が起こり、豊嶋と練馬の両家は滅びました。そして音音たちは荒芽山に逃げ、今のような世をしのぶ暮らしをはじめたのでした…
音音は、寂しい夜にはこの話を何度もふたりの嫁に話しますので、嫁たちはもはや大体のスジを暗記しています。「今夜も、この話がはじまるかしら?」
ふと、家の外に物音がしました。
音音「きっと曳手が帰ってきたんだわ。こんなに遅くなってかわいそうに」
ふたりは外に出ました。そこにいたのは曳手ではなく、休息を求める旅人でした。
旅人「こんな晩に恐縮でござる。賊に追われて走りどおしで、非常に疲れています。水を一杯いただきたい」
音音「おやそれは大変なことで。どうぞ上がってお休みなさい」
旅人「…あれっ、その声は。音音じゃないか!」
音音「えっ」
旅人「わたしだ、矠平、いや、世四郎だ。覚えているだろう」
音音「!」
音音は昔の愛人が目の前にあらわれて、喜ぶどころか、強い怒りを感じました。黙って家に引っ込むと、戸をバタンと閉めてしまいました。
矠平「おい、どうしたんだよ」
音音「あなたのことなんか、身内と思ってはいません。なんですか今さら。他の土地で舟貸しとして安穏と暮らし、お家が滅ぶ危機があったときでさえ、なんの音沙汰も寄こさなかったではないですか。主君の恩を忘れるような人に休ませる家はありません。どこかほかをあたったらいいでしょう」
単節は、この剣幕にどう対応していいかわからず、矠平の目の前でオロオロしています。
矠平「うん、無理もないよな。許してもらおうと思って来たんじゃない。犬山の若ダンナ(道節)に伝えておきたい情報があるんだ。また、我々の子供のことについても言わなくちゃいけないことがある。開けてくれよ…」
音音「単節、その人に心を許してはいけないよ。もしかするとスパイかも知れないんだからね!(ドスドスと家の奥に入っていく音)」
矠平「ハァ…」
単節「(小声で)お父さま、私が、尺八さまの嫁、単節でございます。初めてお目にかかります」
矠平「おお、あなたが」
単節「お母さまも、しばらくすれば落ち着いてくれるかもしれません。少しの間、窮屈で申し訳ないのですが、あちらの柴小屋でお休みください。その荷物、重そうですね。預かりますよ」
矠平「かたじけない…」
曳手はまだ帰ってきません。