47. 道節、うちとける
■道節、うちとける
曳手がなかなか帰ってこないので、単節は結局、様子をみるために家の外をひととおり見てくることにしました。「お母さま、ちょっとだけまわりの様子を見てきます」
音音は、待っている間ずっと、キリギリスの音を聞きながら、ふたりの嫁の気の毒さをつくづくと思いやっていました。「ふたりとも実によいコだ。一晩の契りも交わすことができなかった夫と、その母である私を変わらず気遣ってくれる。ここに隠れ住むことになってからの1年半、グチひとつ言わず、慣れない労働で暮らしを支えてくれる…」
ふと、別の旅人が、家の外から呼びかけました。
「ごめんください、この近くに音音さんの家はありませんか」
音音「音音は私ですが…」
旅人は犬川荘助です。「ああよかった、ついに見つけた。我々は四人で旅をしているのですが、残りの三人がここに来ていたりしませんか。武蔵のある人から、音音さんへの手紙をあずかっているのです」
音音「いいえ、誰も来ていませんよ?」
荘助「じゃあ私だけ先についちゃったのかなあ。すいません、ちょっとの間、ここで休ませてもらうわけにはいきませんでしょうか」
音音「ええどうぞ、こちらに上がってください。お茶を出しましょう」
音音は、内心しぶしぶと客を迎え入れます。荘助のことをちょっと怪しいと思っているので、もしスパイか何かだったら、すこしの間一人にしてやったら、正体を表すかもしれないと考えました。練馬の生き残りとして隠れ住んでいますから、いつもスパイを気にしているのです。
音音「ちょっと私は家のものを迎えに行ってきます。留守番をお願いできますか」
荘助「えっ、私ひとりに家をまかせていいんですか」
音音「別に、盗むような財産があるわけでもないですよ。ではよろしく…(パタパタと、暗い中、出てゆく)」
荘助「いい人だ。こんなところに住んでいても、もとは何か身分のある人だったんじゃないかな」
荘助は、待っている間、蚊でもいぶそうと、縁側の刈り草をイロリに突っ込みましたが、ちょうどこのタイミングで、風が吹き込んで行燈の火が消えてしまいました。「あっ、しまった、どこで明かりをつけたらいいかわからない…」
このとき、さらに家の中にひとりの男がドスドスと上がってきました。「おい音音、帰ったぞ。いないのか。なんで暗くしているんだ。曳手、単節、おおい誰か」
荘助「ははあ、ここは盗賊の家だったのか。さっきの女の人も、ウソをいったのかな。ことによると、さっきの泥棒(仮)の住み家かもしれん。よし、今度こそやっつけてやろう」
こう思っていたとき、さっきイロリに突っ込んでおいた刈り草に埋火が燃え移り、にわかにパッと燃え上がって部屋全体を照らしました。
ふたりは同時にイロリの向こう側に曲者の姿をみとめ、これも同時に刀の柄に手をかけました。しかし、荘助のほうは、相手の顔に早く気づきました。
荘助「あっ。お前は犬山どのか」
道節「なんだお前は。どうして俺の名前を知っている」
荘助「(ニコリ)私は、お前に前世からの縁をもつ者。犬川荘助義任」
道節は思い出しました。
道節「その名前、円塚山で聞いたな。ああ、あの妙に強かったやつだ… そうだ、さっき墓参りしていたときに相撲をしかけてきたのもお前だな」
荘助「うん」
道節「じゃあ、あのとき杖をもって飛び込んできた男は?」
荘助「それは知らない。お前も知らないの?」
道節「フー、まあいい。お前とは二回戦ったわけだが、すばらしい力と武芸だな。お前みたいなやつと仲間になれれば実に頼もしいのだが… しかしやっぱり敵だ。なんだか気が合わん。第一、言っていることがアヤシイ。俺と前世から縁があるとか、適当なことを言いやがって」
荘助「証拠を見せるよ。でもその前に、ちょっと明かりをつけてくれないかな。さっきの枯草がもう燃えつきた」
道節「フン(行燈に火をつける)」
荘助「ほら、これが証拠」
荘助は、着物の袖を脱いで、背中のアザを道節に見せました。
道節「そのアザは!」
荘助「この牡丹型のアザ、お前にもあるんだろ。絶対あるはず」
道節「…ある。俺は肩にある。たしかに牡丹の形だ。一度死にかけたことがあるんだが、息を吹き返した時に、なぜかアザができていたんだ。おい、これは何なんだ」
荘助「もうひとつ。円塚山でお前と戦ったとき、肩のコブからこんな玉が出てきたんだ。知ってた?」
道節「いや、知らなかった。俺の肩にはコブがあったんだが、それがなくなったなあとは思っていた。そんな玉が入っていたのか」
荘助「で、私のお守り袋がちぎれて、お前が持っていってしまったんだけど」
道節「ああ、気づいてたよ。この前、中を見てみた。…玉が入っていたよ。それと、全くおんなじやつが」
荘助「でも、浮かんでいる字だけは違うんだ。お前のは、『忠』」
道節「…お前のは、『義』」
荘助「玉は、全部で8コあるらしいんだ。今までに6コ見つかっている。そして『孝』『信』『悌』の玉の持ち主は、今ここに向かっている。お前と力をあわせるためだ」
道節「スゴイ!」
荘助「もっと聞きたい?」
道節「聞きたい!」
荘助は、自分が知っている「玉」と「アザ」の秘密を、そして犬士たちが体験してきた事件をすべて道節に話しました。
道節「うおお、激しくナットクした。俺とお前は、前世からの因縁で結ばれた仲だ!」
荘助「(打ち解けてみると、こいつちょっと面白いな)」
道節「村雨をあのときお前に返さなかったせいで、ずいぶんトラブルがあったのだな。マジで済まなかった…」
荘助「まあ、今考えれば、そのおかげで犬士たちに会えたようなところがあるから、結果オーライなんだよね。全部運命なんだと思う」
道節「お前の話の中に出てきた、矠平・力二郎・尺八の三人な。あれらは俺の内輪なんだよ」
荘助「えっ」
道節「この家は、俺の乳母だった音音という女の隠れ家だ。力二と尺八は、矠平と音音の子だ。正式に結婚した二人ではないんだが、まあ色々あってな」
道節「矠平たちは、ずっと前から俺と連絡を取り合っていた。武蔵に忍び住んで、扇谷との復讐戦に力をあわせてくれそうな豪傑を見つけてスカウトするよう俺が命じていたのだ」
道節「彼らが、命をかけて俺にお前たち四人(まだ三人には会ってないけど)を会わせてくれたのだな。お前の話だと、矠平たちは死んだ可能性が強いな。不憫な…」
音音は、荘助の正体を見極めるために、こっそり家の外で中の話を聞いていました。「玉」と「アザ」の話には腰が抜けるほど驚きましたが、今聞いた、矠平(世四郎)の話にはもっと驚きました。
音音「では、さっき家を訪れた世四郎さまは、幽霊だったに違いない。そんなことも知らず、あんなに冷たく追い払ってしまった…(声を殺して涙を流す)」
道節「あと、お前たちがさっき巻き込まれた戦いは、あれは俺が起こしたのだ。スマン。村雨をもって、管領扇谷定正を討ちに行ったのだ。管領本人を殺すことはできなかったんだが、何人かのカタキはやっつけた」
道節「そこで、何やら俺に関係ない四人組が、戦いに巻き込まれてしまったのを見たので、俺が策を使って助け出したのだが… あれはお前らだったのか」
荘助「ああ、あそこで俺たちのピンチを救ってくれたのは、道節どの、お前だったのか」
道節「救ったも何も、俺が迷惑をかけてしまったんだからな… ところでお前以外の三人、ちょっとここに着くのが遅いみたいだな」
荘助「探しに行ってみようか」
道節「おう」
ここで、音音が家の中に入ってきました。
音音「話はみんな外で聞いていました。驚くべき話ばかりで、何をどう言っていいのか」
道節「うん、俺もだ。いろいろと音音に話したいことがある。でもまず、道に迷ってるかもしれない三人の犬士(玉の持ち主を犬士っていうんだぞ、カッコイイだろ)を探して連れてくる。きっと朝までには戻るよ」
音音「お気をつけて」
道節と荘助が出ていきました。音音は再び家の中にひとりになりました。
音音「世四郎さまと、力二郎、尺八の消息を、こんな形で知ることになるなんて… 世四郎さま、お痛ましい… 力二郎と尺八が無事でありますように。出て行ったままの曳手と単節のことも心配だわ… ナムアミダブツ」
次に家の外に現れたのは、村の役人たちでした。
役人「やあ。緊急のお触れがあるので、伝えに来ました。練馬倍盛の家臣、犬山道策の息子、犬山道節忠与という男が、恐れ多くも管領の命を狙ったということで、指名手配になったのです。他にも、四人ほどの仲間がいるらしく、そいつらも同様です」
音音「はあ。それはご苦労さま」
役人「当然ですが、彼らをかくまえば同罪ですからな。見つけたら必ず通報してください」